「姫」と名前に入っているやつは大概ロクなのが居ない。―2
「赤い……ちょっと派手か?」
両腕を伸ばし、装備した赤竜鱗の籠手を見る。
HPがレッドゾーンへと入り、全身の鱗が赤くなったリザードサイスの腕をイメージしてデザインされたであろう籠手。
手首から肘へと伸びた返しが、特徴的だった奴の長く発達した攻撃的な爪を彷彿とさせる。
まぁ、せっかく時間と苦労を掛けて倒したトカゲが落としてくれた防具だ。しばらくは役に立ってもらおう。
狙えるのならば、シリーズを揃えて一体どんなボーナスが得られるのか知りたいんだけどな。
「暇だねぇ……。土曜日だよ? 今日」
なんて嘆きながら、次々と魚を釣っていく。
この魚には使い道はあるのかという疑問にはお答えしませんよ。きっと使い道はないだろうしな……。
釣れる魚は三種類。釣り餌を用意すればもっと沢山の種類が釣れるのかもしれないが、今のところは釣り餌もどこで手に入れるのやらという状態なのだ。
「さぁて。今日は残りのマップでも埋めに行く……」
そう言い掛けながら後ろを振り返る。
……振り返ったそこには、見知らぬ女の顔。
正直、凄くビビった。ヘンな声出ちゃうかと思った。
「……何よ」
びっくりし過ぎて動けずにいた俺に対し女はぶっきらぼうな声でそう言いつつ、俺を睨む。
あ、こんな設定も出来るんだ。と感心するほどの長い耳が最初に目を引く。
青い髪はスラりと肩口まで伸びている。後ろ髪はもっと長くまで伸びてそうだ。
女の格好はというと……踊り子? のような、中華ドレスに似た華見で薄い生地の服だ。
ヒラヒラと揺れるスリットの入ったスカート部からは、太腿から下が大胆にも顔を覗かせている。そんな派手目な衣装に身を包んでいる。
パッと見では一体どんな戦い方をするとか、どんな武器を使うとかは全くわからなかった。
「いや……。居るんなら声掛けてくれよ。と思って」
「別にいいじゃない? 文句あんの?」
なんだこいつ。取っ付きにくい性格だな。
「ねぇけど。……俺はソウキ。そっちは?」
「なーんで名乗んなきゃいけないのよ」
くっそコイツぅ!! そりゃねぇってモンだぜ。
「ここら一帯はプレイヤーの数が極端に少ないんだ。しばらくはずっとその状態は続くし、その状態が終わるまではここからは出られない。
せっかくなら、顔見知りになっておきたいと思ってな」
ふーんと、値踏みでもするように中華ドレス女は、腕を組んで薄目で俺を睨んでいる。
……さっきから何で睨んでんだよ。
「……椿。そう呼んで」
結局名乗んのかよ。まぁいいや。
「そうか。宜しくな、椿。俺は結晶士っていう職業を引き当てた。
椿はどんな職業を引いたんだ?」
自己紹介も手慣れたものだ。ジェスチャーも交えて、椿へと喋るタイミングを明け渡す。
「あたしは……支援系。ねぇ、ちょっとあたしパーティ組んでよ」
職業名は言わないのか。まぁいいや。
なんにせよ支援系に特化された職業がユニーク種にあるってことは、コットのようなヒーラーは間違いなく、相当に貴重な存在であることは言うまでもなくなった。
「いいぜ。丁度誰か来ないかと待ってたとこだ。お互い、どんな事が出来るか見せ合うのも面白そうだよな」
椿へとパーティ招待を飛ばす。そうすると……。
「椿……、なんて読むんだ?」
「……椿埜姫……。あんまりあたしの名前をじろじろ見るなっ!」
お互いに名乗り合ったとしても、パーティを組むまではそいつの名前をちゃんと知ることは出来ない。
椿の頭上に浮かぶ[椿埜姫]の文字をボーッと眺めていると、椿は恥じらいながら怒って来る。
「なんだ? 自分でつけた名前だろ? 別にヘンな名前でもないし。椿埜姫って呼ぼうか?」
つい最近出会った奴では、「お宝3ッ939¥¥」なんて超絶頭の悪そうなプレイヤーネームの奴とか居るしな。
「い、いや! 椿っ。椿って呼べ!」
本人が椿と呼んで欲しいなら、そう呼ぶしかないね。
「おし、んじゃ椿。行くぞー」
「おっ、おい!」
「なんだよ」
「あっ、あの……。だな……」
やけに歯切れの悪い椿は、ゆっくりと口を開いた。
……そして俺は、どエラいモンを聞いた。いや聴いた。そして見た。
椿の職業、その名も「歌姫」。姫と名ついたプレイヤーは、姫という職業に選ばれたのだ。
俺が椿とパーティを組んで驚いたのは、その支援効果の高さ。
これがまた『カラミティグランド』内のパワーバランスが崩れそうな程、攻撃力が上がったんだよ。
チュートリアルリッパーでも雑魚モンスターを簡単に葬ることが出来た程、その効果の大きさはっきりとわかるものだった。
錬成石を消費せずに錬成武器と同じ位の火力で戦えるというのはありがたい反面、区域が違え敵として椿のパーティと対面した時、椿によって底上げされた敵パーティの、圧倒的火力に押し潰されてしまうという恐ろしさを秘めている。
そしてもう一つ驚いたのは椿の歌の上手さ。性格に似合わず、とても綺麗な声で柔らかに、しっとりと歌うのだ。
俺はこの辺りよく知らないのだが、かなり前に流行ったという歌を歌ってくれた。
その歌を歌う歌手が好きなのだと言う。
「いや、上手いもんだな。もっと歌ってくれよ」
「う、うるさい。戦闘に集中しろ!」
褒めてもこんな返答しかしてくれない椿ではあったものの、ゲームの中での話はしっかり受け答えしてくれる。
聞き進めていくと、椿は平日が忙しい身らしく土日しかイン出来ないとの事なのだが、実は俺やコットよりもずっと早く『カラミティグランド』の世界へとやって来ていた。
だが単身での戦闘能力が低く、自分自身に支援をかけて戦うことで雑魚モンスターを何とか倒すことは出来るが、当然リザードサイスには勝てない。
「そうだ椿。後でそのお前の勝てなかったトカゲと戦いに行かないか?」
もう一人くらい、まともにダメージを与えられる人員が欲しい所ではあるが、それでも椿が居るか居ないかの違いで、リザードサイスとの連戦もかなり現実的なものとなるだろう。
「勝てるの?」
「俺ともう一人との二人で、昨日リザードサイスを倒してるんだよ。危なげだったけどな。三人なら余裕で行けると思う」
椿は一人で、何度かリザードサイスと戦っているらしいから、名前くらいの情報は知っているだろう。
「そういうことなら……。あたしもアイツから取れるアイテムにも興味あるし」
「おし、じゃあ決まりだな。時間を潰してりゃじきにログインしてくるだろ。
それまで俺は集めたいアイテムがあるからそれを探しに行くけど、一緒に来るか?」
コクリと頷きを返してきたので、俺は椿を引き連れて戦闘ボットを探しに行くことに。
因みに戦闘ボットは図鑑に名前がやっと登録された。オートボットという敵らしい。まんまだな。
道中、椿にも戦闘をしてもらった。一応、椿は短刃剣と長剣が装備できるらしい。
(長剣が装備できるなら、ブルーウルフサーベルを狙うのもアリか)
「ここら一帯の狼と、ロボットを狩る。行くぞ」
こうして、椿の装備を確保する為にブルーウルフと、俺が必要とする錬成石を手に入れる為オートボットをメインに狩ることになった。
小熊もなんか落としてくれりゃあいいのにな。




