準備の準備
そこから一通りフィルのスキルツリーを見させて貰いつつ、当のフィルへと魂従士の戦い方を教えてやった。
「ありがとう。強くなった……と思う」
「まぁ、昨日よりはだいぶ強くなっただろうよ」
今までのフィルは、自分の職業の持ち味を、全く理解して扱えていなかった訳だからな。
「次はレベッカ、お前の番だ」
「うむ。頼む」
レベッカへの指南は、結構簡単だった。
フィルとは反対に、自分の職業の持つスキルに対する理解もあったし、何よりレベッカの職業である、双銃士自体のやる事は比較的シンプルなのが助かった。
銃を扱う職業だから、まず銃へのリロードは必須。
そしてリロードしたら、相手に向けて撃つ。
言葉にするのもそれを実行するにしても、たったこれだけの事だからな。
リロードには錬成石か、専用の弾丸を使用する。
錬成石を使う場合は、その錬成石のランクによって、威力と装填数が変動するらしい。
錬成石に属性が付いていれば、その属性での攻撃も可能だ。
専用の弾丸を使用する場合は、【リロード】のスキルをコールするだけで、所持している弾丸がフル装填されるらしいが、威力は錬成石を使った時よりもだいぶ落ちるみたいだ。
弾丸はスキルで作成する事が出来て、一回のスキルで作成出来る弾丸の数は十発分。
スキルのクールタイムは三分で、一応はどこに居ても弾丸を作成出来るそうだ。
「だが距離感が難しいのだ。小僧、ちょっと的になれ」
……明らかに年上の俺を、小僧呼ばわりするのか。
しかもその直後の頼み事が、「的になれ」では、なんだか悲しくもなるぜ。
「……ほいよ」
その場に両腕を広げ、俺はレベッカの的になってやる。
「この距離での威力が一番高くて、それより近かったり、遠かったりすると、威力が落ちてしまうのだ」
レベッカは説明しながら、俺へと銃を三度ぶっ放した。
チクショウ。なんか切ない気持ちになるぞ。
「なるほどな。中距離専用って感じか」
今レベッカの説明した通り、最初に撃った五メートル程の距離が一番威力が高く、それよりも近寄ったり、遠退いたりした時の威力は、少しだけ落ちていた。
……それでも、たった三発で俺のHPを三割近くも削ったから、火力としては充分なんだけどな。
因みにだが、ゼロ距離では銃弾によるダメージはほとんど入らなかった。
近過ぎてもダメ、遠過ぎてもダメという、ちょっと扱いの難しい職業だと俺は感じた。
「確かに距離感を掴むのは難しいけど、銃の威力自体はかなり高い。
自分の中である程度の感覚も掴めているようだし、後は戦闘経験を積んでいくだけだな」
「天才の私にかかれば、この程度は朝飯前なのだ」
まぁただ、双銃士の持つ弱点は明白だ。
中距離以外では、戦闘力が全くと言っていい程に無くなってしまうという点。
恐らく、その辺りは今後スキルで補っていくんだろうが、現段階では致命的な弱点と言わざるを得ない。
「よし。それじゃあ今から一人ずつ、俺と実際に戦ってみよう。
先に相手のHPを半分まで削った方の勝ちだ。
五人はパーティを組んで、HPをしっかり見ておくようにな!」
このルールだと、レベッカ相手だと俺は負けるかもしれないが、ひとまずは全力で戦ってみてどうかって所だな。
「まずは私から」
「お、やる気だな。フィル」
最初に名乗りを上げたのはフィルだった。
だが、フィルが握る武器の形態は、槍の形態。
「手斧で来ないのか?」
「作戦がある」
「なるほど。その作戦とやら、見せて貰うぜ?」
チュートリアルリッパーと宝雷剣・バルサを抜き、フィルと打ち合う準備をする。
「うんっ……!」
俺が武器を抜いたのを確認したフィルは、手にした槍を構えて一直線に突撃して来た。
相変わらず距離を詰めるスピードはかなりのものだが、武器の形態が違う位で、ここまでは昨日と同じ流れだ。
さて。ここからどう動いて来るか。
「はっ!」
「甘いなフィル! 隙だらけ――」
馬鹿正直な程、真っ直ぐ伸びてきた槍の穂先を跳ね退け、そのまま一気に距離を詰めた。
昨日と同じく、間合いは一瞬の内に俺のものとなった。……なった筈だった。
「昨日と同じようには、いかない」
真っ白な槍だった筈の得物は、真っ黒な大鎌へと変化し、その大きな刃が俺の左肩から右脇腹へと伸びていた。
フィルは器用に柄の位置を調整し、大鎌の刃で俺の体を絡め取っている。
フィルはそのまま柄を刃とは逆方向にスライドさせるように引く事で、大鎌の刃は俺の右脇腹から左肩までを切り刻んだ。
だからといって、胴体が真っ二つにされるなんて事は無いんだけどな。
とはいえ、受けたダメージは二割に届きそうな程だ。一撃でと考えると、結構デカいな。
「やるじゃねぇかフィル! 今の一撃はセンスあるぜ!」
今のは完全に俺の初手を読み、一撃目を捨て、二撃目に全てを懸けた。そんな動きだった。
「ヒントは椿。普通に戦っても勝てない」
「その通りだ。戦う相手が自分と同じ力、もしくはそれ以上の力を持っている時、普通に戦っても絶対に勝てない。
相手の裏をかき、これならば絶対に読まれないだろうという攻撃に全てを懸ける。
今フィルがやった攻撃は、それを完璧に実現した一撃だよ。
正直、今の一撃で俺の負けだと言い切っても良いくらいだ」
「最後までやる。今のは、言ってしまえば猫だまし。二回目は通用しない。そうでしょ?」
「よくわかってるな。……フィル」
フィルの大鎌を押さえ込み、俺はフィルへと頭の中にあった、疑問を投げ掛ける事にした。
「?」
「お前の事、リクから聞いた」
「……そっか」
「悪い意味で言う訳じゃないが、ここで時間を使っちまってて良いのか?ゲームの中でさ」
「私は、本当ならもう一人じゃ歩けない。
……でもこの世界でなら、私は友達と一緒に駆け回れる。
もう決めたの。私は最後の瞬間まで、自分の足で歩いていたい。
大切な友達と、残り少ない時間で、沢山の思い出を作るって」
「……悪かった。そこまでの覚悟が出来てるなら、俺はもう何も言わないよ」
「……頼みがある。銀水晶に」
「俺に出来る事なら、何だってやってやるよ」
リクには、フィルの事を託されている。
ならば俺は、兄妹の頼みを全力で叶えてやるだけだ。
「思い出を作る手伝いをして欲しい。リク兄ぃには出来ない事」
「何を手伝って欲しいんだ?」
「……レコード」
「……わかった。明日もこの時間にログイン出来るか?」
「うん」
「そうか。明日俺も来たら連絡する。準備して待っといてくれ」
「わかった」
フィルと明日の約束を取り付けた俺は、フィルから距離を取って声を上げる。
「悪い皆、ちょっと用事が出来ちまった。続きは明日にしよう!」
「なんだとぉ!? きさま負けるのが怖いのかぁ!?」
と、レベッカが噛み付いて来た。
まぁ、レベッカの性格上、噛み付いて来るだろうという予想はしてたけど。
「そういう訳じゃないって。明日ちゃんと相手をしてやるから、今日は許せ」
『今から会えるか? 噴水広場で待ってる。相談したい事があるんだ。』
文句を垂れるレベッカを振り切り、刀導禅へとメッセージを送った俺は、バリトンの噴水広場へと向かって行った。
『椿、悪いんだけどちょっと待っといてくんね?』
『わかったわ。皆は一度落ちるみたいだから、私は宿で待ってる。』
噴水広場へと着いた俺は、椿にもメッセージを回しておいた。
ディンとミリーとレベッカには、多分フィルの方から何かしら言ってくれる事を期待しよう。
よし。後は、刀導禅からの返信を待つだけだな。
 




