いつでも来い
フィルの横には、黒髪の盾持ち剣士職の男プレイヤーが立っていた。
パッと見では、男プレイヤーの方は『カラミティグランド』始めたてのように感じるな。
フィルも防具らしきものは身に付けて居ないが、白いフリルシャツに薄手の黒いワンピースという、特徴的な格好をしている。
……黒の大鎌が映えるというか、良く似合って見えるな。
「……フィル。この男は?」
男プレイヤーは抜いた剣を俺に差し向けながら、こうフィルへと尋ねた。
明らかに俺を敵視してるな。コイツ。
「フレンド……になる人」
(……え、そういう感じなの?)
そう言ってフィルはメニューを操作し出すと、俺へとフレンド申請を飛ばして来た。
本当に俺とフレンドになる気らしいな。ありがたい事ではあるが。
「よろしく」
「あぁ、うん。宜しくな」
……待てよ? イマイチ状況が掴めねぇ。
「じゃあ、また」
フィルはそう言い残すと、そそくさとログアウトして行ってしまった。
「……フィルと喧嘩をしていた訳では無いんだな?」
残された男プレイヤーが、同じくフィルに残された俺へと、静かな声でこう聞いて来た。
「あぁ。力を見たいだとかなんとかで、私と戦ってと、突然フィルに言われてな。
俺の名前はソウキだ。そっちは?」
「リクだ。それじゃあな」
それだけ言うと、リクも剣を鞘へと納めてログアウトして行ってしまった。何なんだ二人して。
「……よくわかんねぇけど、とりあえずフィルとはフレンドになれたし、まぁいっか」
気を取り直して、俺は狩りを再開した。
少しモンスターを倒しては少し休んでを繰り返している内に、気付けば朝の五時を回っていた。
「そろそろ帰って寝るか」
再度生成された雑魚モンスターを狩りながら、安全エリアを目指した。
「さて。明日はどーすっかな……。んま、起きてから決めるか」
俺、なかなかハマってるよな。このゲームに。
そんな事を考えながら、ログアウトした。
「早いな。テュリオ――だいだい」
……駄目だな。向こうでの呼び癖が付いちまってる。
UPCから身体を起こすと、そこには既に身支度を済ませただいだいの姿があった。
といっても、昨日の最後に見た格好と変わらぬ、スーツ姿だったが。
「ふっ。どうだ? 『カラミティグランド』は?」
「うん。面白ぇ」
ディランが居ればもっと面白いだろうな。と言おうと思ったが、やめておいた。
「そう言ってくれると、誘った甲斐があったというものだ」
「とりあえず今から帰って寝るけど、昼間はここに居るか?」
「昼間は居ないな。あぁそうだ、これを渡しておく」
ソファから立ち上がり、俺のすぐ傍までやって来ただいだいは、上着のポケットから一本の鍵を取り出し、俺へと手渡した。
「……これは?」
「ここの鍵だ。いつでも来い。この部屋への道はわかるな?」
この家は、俺とディランにとっては基地そのものだった。
だいだいの部屋までの道のり位なら、よく覚えている。
「それはわかるけど……。いいのか?」
「問題無い。それに……」
「それに?」
「……いや、なんでもない。
とにかく、来たい時はいつでも来てくれていい。その際の連絡も要らないからな。
何か揃えておいて欲しい物があれば、書き置きでもしておいてくれれば、調達はしておく」
「なら、甘い飲み物を常備しておいてくれ。変わり種じゃなきゃ何でもいいぜ」
「わかった」
「そんじゃ、もう行くよ」
「あぁ。外までは送っていこう」
ソファの付近に設置された机の上に置かれた、ノートパソコンをぱたりと閉じると、だいだいは家の外まで先導してくれた。
「またな、だいだい」
「あぁ。またな、柏木」
だいだいはあぁ言ってるけど、それだと家族はどうなんだろうか。
当人にとっては気の置ける友人でも、だいだいの父親や母親からすれば、俺は他人以外の何者でも無い。
そんな奴が自分の家の鍵を持っていて、自由に出入り出来る。
それって、結構ストレスにならないかな。
「家族に会う事があれば、報告くらいはしておくか」
それくらいはやっておかないと、ひどく警戒されちまうだろうしな。
「うし、付いたな」
色々と思考を巡らしてはみたものの、何だかんだ車の中で、キーホルダーにだいだい宅の鍵を括っている自分に苦笑しながら、俺は車を走らせた。




