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俺をキルしろ

 

「っへへ。いい緊張感じゃねぇか。なぁ? 須藤」


 ……俺は今、エヴリデイと剣を交えている真っ最中だ。

 右手のチュートリアルリッパーで拳を受け止め、左手のチュートリアルリッパーでエヴリデイの剣を押さえている。


 アスティやワタルのように、『in world』での俺達の事を知る連中も居るかも知れない。


 こういう鍔迫り合いの時でしか、あの時代の会話は出来ないからな。

 まぁ、そういう風にわざわざ仕向けた部分はある。


 アスティとワタルの二人もそうだが、二人の連れてきてくれた『硯音(すずりね)』の連中は、俺が須藤のペースに乗せられない為のストッパー役でもある。


 これだけの人間を前にしたら、流石の須藤も『in world』時代の話を声を大にして喚く事は出来ないだろうからな。


「柏木……! 何故俺達の前から姿を消すように、突然に引退したっ……!?」


「さぁ。どうしてだろうな」


「ディランなのか?」


 なんだか、不思議な気分だ。


 ――あの日、ディランが入院していた病院から出た瞬間、間違いなく俺の『in world』での全ては終わったと思った。


 だけど、いざこうして他者から俺が『リオスト』から身を引く事となった引き金が、ディランの再起不能を知った事なのかと訊かれると、俺自身「本当にそれが理由だったのか?」となるのは、何でなんだろうな。


「……全く関係が無いと言えば嘘になるが、ディランが引退の決め手になったかと言われれば、それは違ぇな」


「ならっ……!」


「お前達は、何の為に『in world』のプロ選手としてやっていたんだ?」


「何だって?」


「プロ選手としてその身を『リオスト』に置きながら、お前達は『リオスト』の為に勝利を掲げる事が、一体何度出来た?」


「それは……」


「別に俺は構わないさそれでも。勝つのは俺とディランだった訳だからな。

 だが、俺達二人の勝利に甘い蜜を吸い続けたお前達を見ていた他クラブの連中は、一体何を思っていただろうな?」


 チームクラブ『リオスト』は、『in world』のプロリーグで争い、競い合っていた数あるクラブの中では弱小な部類だった。


 それでも、人気なクラブであった事は間違いないのは断言出来る。

 だが、それは俺とディランが″常勝″を重ね続け、築き上げた結果に他ならない。


『リオスト』というチームクラブの集客力というのは、俺とディランで成り立っていたようなものなんだ。


「……」


「俺達はチームのようでチームでは無かった。

 これは他のクラブの選手から見えた、俺達の姿らしいぜ。

 まぁ、シングルスのブロック争いで常に上位を潰し合っていたのは、俺とディランと、他のチームの選手だったしな」


「そう……、だけど」


 合わせていたエヴリデイの剣に込められた力が、少し抜けたような気がした。


「おっと、やる気を落とすんじゃねぇぞ。

 別にお前達を責めたい訳じゃないんだ。U(アンダー)23の、俺達と同期のプロ選手は総じてレベルが高いと言われていた。

 それに『リオスト』を運営していく上では、商業的な活動もある。強さだけが全てじゃない。

 ……須藤、少し斬り合うぞ」


「えっ? あ、あぁ」


 あんまりダラダラと長く鍔迫り合いしてても、ギャラリーしてるプレイヤーが不自然に思うだけだな。


 恐らくだが、俺がこうして須藤との決闘に臨んだ時点で、須藤の目的の半分くらいは達成されている筈だ。

 ならば、後は残りの部分を埋めてやれば良いだけの事。


 俺は暫くの間、適当にエヴリデイと斬り合っていた。

 適当と言っても、攻撃自体はお互いに相手へと当てるつもりな本気のものだ。


 加えて言えば、エヴリデイを動かしているプレイヤー、須藤は競技戦闘の元プロ選手。

 攻撃の筋だけで言うなれば、アスティよりもずっと鋭い。油断してると攻撃を貰っちまいそうだぜ。


「っと。こんなもんだな」


 再度エヴリデイの剣と拳に両手のチュートリアルリッパーを絡ませ、須藤との話し合いを再開する。


「……まぁなんだ。お前が俺を怒りたい気持ちもわかる。

『リオスト』の一員として見れば、あの時の俺は何一つ考えちゃあいなかったよ。

 だけどな? 俺はディランが事故に遭うずっと前から、選手としてやっていく意味を見失っていたんだ」


「……どういう事だ?」


「言葉通りだよ。さっきお前に、投げ掛けた質問の意味も含めてな。

 俺は元々、親の手術代を稼ぐ為……。金の為だけに『in world』をやっていた」


「金の為……」


 須藤からは、何とも言えない声が上がった。


「失望したか? でも、それだけが俺の全てだった。一度たりとも負けられなかったんだ。

 勝つ為に俺は何でもやった。俺よりもずっと早く動ける奴や、体格の違う世界の選手を相手に、どう戦えば負けないかを無い知恵搾って必死に探した。

 ……それで勝ち続けても、結果としては目的の金には届かず、手術は出来ずに親は死んだよ。

 今にして考えりゃあ、助かる手段はもっとあったが、当時の俺にはそんな上等な頭は持ち合わせていなかった。

 そうして俺の手元に残った物は、行き場を失った俺には必要のない額面の金と、それを稼ぎ、積み上げてきた『in world』の全てだ」


「……それじゃあ、親御さんが亡くなってからずっと、お前は変わらぬ平静を保ちながら、戦って勝ち続けていたってのか……?」


「別に平静を保っていた訳じゃないさ」


 交えている剣を、己の身ごと引こうとするエヴリデイを、剣にチュートリアルリッパーを絡ませて引き留める。


「だから、戦意を失うなっつーの。

 ……須藤。お前の中にある、俺への怒りはわかる。だがその怒りを持つ時、『リオスト』の戦力になる為のエネルギーとして欲しかったなって話な」


「……悪かった」


「謝る必要はねぇだろ? ……なぁ須藤、一つ頼みごとしても良いか?」


「俺に出来る事なら、何でも」


「俺をキルしろ」


「……何を言って……?」


「まぁ、しろとは言わん。するつもりで戦闘の続きをやろう。

 ……何か、色々と思い出しちまってさ。気を紛らす為にも、ちっと一つ引き受けてくれるか?」


「…………わかった。全力で行くぞ?」


「っへへ。頼むわ」


 俺達は一度お互いに距離を取り、エヴリデイは武器を構えた。

 俺もそれに合わせて、チュートリアルリッパーの刃をエヴリデイへと向ける。


 過去の話をしていく内、須藤の中にあったであろう怒りを俺は感じなくなっていた。

 昔話もたまには悪くねぇってモンだな。


 須藤があの時から何をしてきたか、どう生きてきたかを俺は知らない。それを俺から聞く事もない。


 だけど、今須藤の中にある全てと、エヴリデイというアバターの持つ全てを駆使して全力で俺に挑んでくれる事を、俺は嬉しく思う。


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