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イチカと二つの組織

「疲れましたぁ~」


 光の魔法に照らされた本を眺めていると、心底うんざりしたような声を出しながら私の向かいの席に伏せる元女子高生がやって来た。高田たかだ 市花いちかが彼女の元の世界での名前であり、今は苗字を伏せ、イチカと名乗っている。

こちらの世界の人々は基本的に苗字を持たない。そのため苗字を持つ異世界人は苗字か名前、どちらかを伏せる事が多い。私自身も八木やぎ 明日香あすかのどちらかを名乗る事になったため、こちらではアスカとだけ名乗っている。


「おかえりなさい。今日の会議も長引いたようね、お疲れ様」

「先生もこんな時間までお疲れ様です」


 そういえばハシミさんがお茶を用意してくれていた事を思い出し、読書を中断してイチカへと入れてあげた。受け取りゆっくりと飲む彼女を見ていると、ここが異世界である事を少しの時間忘れられた。宙に浮くのが光の魔法による光球でなければ、天文部の活動をしていた頃の様子と大差なかった。


「それで先生、何か分かりましたか?」

「全然ね。神話を探せばこの世界がどういう世界なのか、異世界人が元の世界に戻ったらしき記述があるかとも思ったんだけどね。やっぱり口伝に語り継がれてる物だから、はっきりと分からない事が多いわね」


 それを聞いて「やっぱりそうですよねぇ……」とため息まじりに呟いた。

 この世界は私達の世界とは異なり、文字や絵、図などを保存する方法が極端に少ない。図書館はあるものの、その中の本を読める人はごく限られており、同じく書ける人も少ない。それは魔力の存在が関与しているのだが、私は適性が高かったため、本を読むのも文や図を書く事ができた。

 そういった事情があり、この図書館の本は基本的に口伝の神話や物語を、適性を持つ人が本に綴ったものがほとんどだ。そのため情報の正確性には少し……いえ、結構問題があるものが多かった。

それでも情報収集ができるのは、私達には有利だった。なぜならイチカにはここに眠る本たちを正確に解読する事はできなかったし、私自身も適性がなければ何のヒントも得られぬまま元の世界に帰る方法を探す事になっていただろうからだ。

 その代わり私は魔法に関しては、生活を少し便利にする程度の魔法しか使えず、幼い頃憧れた魔法少女にはなれなかったので少しがっかりしたものだった。


「イチカさんはどうだった?」

「今回も話はまとまりませんでしたよ。というよりも双方聞く耳を持たずって感じで、いったい前任者は何をやっていたのかと問いただしたいですよ」


 イチカは私と一緒にこの世界にやってきて、とある人の助けを借りてこの村へやって来た。けれど私と違ってイチカは魔法の適正が高かったことや、ある事件がきっかけで村の重役を任されることになったのだ。

それは”国分くにわけつかさ”と呼ばれる役職で、村に存在する2大派閥の調停役というものだった。


「えっと、二大派閥が”魔導”と”科学”で分かれている、っていうのは前に話してましたよね?」

「えぇ。確か魔導がヤマト組で、科学がカワチ組って話よね」

「そうなんですよ。細かい話はおいとくとして、結局双方とも相手より自分達の方が優れているって思ってるんですよね。そんな人たちの間を私なんかが取り持てるわけないじゃん! って話ですよ」


 それを皮切りにイチカは、愚痴の濁流を止めることなく吐き出し続けた。私もそれを聞く事くらいしかできないし、何より私より大変な立場に立たされてしまっているのだから、教え子の不満の捌け口くらいにはなってあげたかった。

 ひとしきりどうにもできない拗れきった話をした彼女は、聞いてくれた事に礼を言うとお茶を一気に飲み干しやっと落ち着いた様子だった。


「そういえば前任者ってどうやってたのかしらね」

 

 話を聞く限り手の付けられないような状況だったので、ふと私は疑問に思った。もしかすると前任者のやり方ならば問題解決になるかもしれないという期待と共に。


「あぁ……前任者ってのがホントに規格外の人だったらしくて、膨大な魔力で楯突く人をねじ伏せてきたらしいんですよね。だから不満があっても誰も口出ししないし、彼の決定で全てが決まっていたらしいんです。まぁ、その魔力の大きさが魔導士ギルドに知られて、ギルドへ行っちゃったんですけど」


 まさかの恐怖政治による支配だった。いや当然と考えるべきか。

なにせ完全に相容れない二つの組織を統制していたのだから、それだけの要素が無ければ成り立たないだろう。


「とりあえず、対立をどうするかなんて話は実際あきらめてる感じなんですけど、問題は予算を分配しないといけないんですよね。双方予算案を出してはいるんですが、どっちかの案をまるまる採用すればもう片方は全然予算がなくなっちゃうんですよ」

「そりゃそうでしょう。部活の予算会議でも、ものすごく揉めてたのよ?」


 元の世界では天文部の顧問をしていたのもあり、部長と共に予算取りに奔走したものだった事を思い出す。大抵は部員数で決めてしまうものの、天体写真のフィルム代や望遠鏡の購入積み立て等、何かと多くの活動費が必要な部という事もあって、色々な人に頼み回ったものだ。イチカは一年生という事もあり、部のそういう内情を知る機会もなかっただろうけれど。


「参考までに聞きたいんですけど、部の予算ってどうやって割り振ってたんですか?」

「大抵は部員数で割って出す事が多いんだけど、運動部だったら遠征費とかあるじゃない? 天文部も機材費が大きかったりと要求額は大きくなるわね。だから予算があまり必要ない部に頼んで、融通してもらったりしてたわね。天文部の場合は漫画研究会に融通してもらってたのよ。その代わり文化祭やイベントで人員を手伝いに回す約束でね」


 こんな事をする学校も少ないとは思うが、予算取りや各部の会議などを通して人材育成をしようという校風のため、ある意味自由で、うまく立ち回らないと生きていけない過酷な環境だとも言えた。

そんな中私が目をつけたのが漫画研究会、漫研である。部員数は全部活中最大数であり、そのほとんどが幽霊部員。部の活動方針も自由な校風とは言え、ほぼ出席不問は珍しく、とりあえず入っておこうという生徒の逃げ口となっていた。そしてその部が唯一活動を強制したのが文化祭への作品提出である。そのため文化祭直前は、幽霊達がヒィヒィ言いながら作品を仕上げるのが通例となっていた。それを手伝って部費を得るのが天文部なのだ。


「天文部って、意外とちゃっかりしてる部だったんですね」

「初代部長と副部長がある意味で優秀だったのよね……」


 部の立ち上げに奔走した日々、大変だったけど教師としていずれ部を持ちたいとも思っていたし、それが立ち上げから関わる事ができたのはとても嬉しかった。

そういった活動から他のベテラン教師達が手を差し伸べてくれて、他にも校外の人とも繋がりができたりと、本当に私にとって大きな出来事だった。

 それなのに私はこちらの世界に来てしまって、いつだって私の事を気にかけてくれた先生や、部員のみんな、それに初代副部長だった、今では私の大切な人、彼らは私が居なくなってどうしているんだろう。そう考えてしまってぐっと胸が痛くなる。


「参考にはなりませんね。純粋に頭割りするにもどちらの仕事もしてる人もいますからね」


 はぁ、と小さくため息をついて、イチカは机に突っ伏してしまった。彼女が悩むのも無理は無い。この村に存在する二つの組織は互いにいがみ合っているが、それぞれに仕事をしており、双方の生産物はまとめて村が出荷している状態だ。それを完全に分けてしまえばいいと思う人もいるだろうが、出荷先への運搬や村内での材料調達などは統一した方が効率的だ。そういう作業者の存在が頭数で割れない原因にもなっている。

 それ以上に問題なのは、研究開発などの投資費用だ。こればかりは出したからと言って、必ず結果が出るものではない。故に予算取り会議では、相手の不備を指摘し合って会議を停滞させる要因となっている。

別の側面から見れば、不備の指摘は完成度の向上に繋がるので、必ずしも悪い事ではない。しかしイチカの頭痛の種であることには変わりなかった。


「もう相手の顔色伺うのはやめたらどうかしら?」

「どういうことです? 先代みたいに私の一存で決めるって事ですか?」

「実際問題どうやっても双方納得する事はないんでしょ? ならイチカさんを説得できた方に、全主導権を渡しちゃえばいいんじゃないかな、って思うのよね」

「なるほど、私はどっちにするか決めるだけで、後は全部放り投げちゃうって事ですね」


 あくどい大人の知恵、面倒事は誰かに投げちゃえ作戦だ。けれど今回の状況であれば問題ない。

なぜなら双方とも「どうしたらいいですか?」と聞いてきているわけではない。「こちらの方がいいですよ!」と言ってきている状態なのだから、こちらは「それじゃそれでお願いしますね」と答えるだけで済む。

あとは様子を見ながら、褒めたり叩いたりと「期待してますよ」アピールしておけば勝手に動いてくれる。もちろん暴走しかかれば止める必要はある。それが責任者の務めだからだ。


「問題はどっちにするかなんですけどね」

「それなら私達のために働いてくれた方の肩を持つ事にすればいいんじゃないかしら」

「それってどういう事ですか? 賄賂の多いほうにするとかですか?」

「賄賂ね、それも悪くないけれど、私達が必要としているものってお金じゃないでしょ?」

「確かに賄賂でお金貰っても、正直何か欲しい物があるかと言われれば微妙です」

「そうよね、だってこっちの世界でできることってたいした事ないもの」

「私はスマホを開発してくれた方に全権を委ねたいですね。ゲームがしたいです」

「そう! そういう事よ! どちらも予算で遊びたいって言ってるわけじゃなくて、双方魔法と科学の違いはあっても、研究をしたいために予算を取ろうとしてるわけじゃない? ならより私達に都合のいい研究成果を出せる方に予算を出せばいいのよ」


 イチカは「なるほど~」と言って何やら考え事を始めた。どういう成果を求めるかを考えているようだ。

元々マジメな性格もあってか”自分のために”という考え方があまりない彼女にとって、こういう悪知恵は働かなかったようだ。

純粋な彼女にあくどさを覚えさせてしまった事に少し罪悪感はあるが、いつまでも他人のために苦しむ事もないだろう。私達は帰る方法が見つかればこの世界を去るつもりでいるのだから。

はじめましての方ははじめまして。

初めてじゃない方はいつもありがとうございます。

島 一守です。


連載の第二部です。前回の話とは時系列は繋がっているものの、内容はもはや別物です。

今度はイチカさんが悩む番ですね。けれどアスカ視点というのもあり、アスカ主導で話が進んでます。

まぁ教え導くのが教師のお仕事なので仕方ないよね。この後でどう全部をまとめるか悩みマス。

誰か迷走している俺の脳内を教え導いて欲しいものです!


今回の連載ですが、前作までの短編と同じくゆる~く繋がっているはずだったんですが

これかなりがっつり繋がってるんじゃ…なにが「ゆる~く」だよ!ってなってきました。

多分無くても大丈夫だとは思いますが、読んでいたほうが

「あーそういうことね完全に理解した(←わかってない)」

ってなれると思うのでどうぞこちらもご覧いただければと思います。

https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/1393632/


次回で最後になると思います

9月15日(土)更新予定です

よろしくお願いします     (カズモリ)

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