アスカ先生と神話
むかしむかし、あるところに動物と話ができる能力を持つ少年がいました。
その少年はいつも動物たちと話をしていて、他の子供たちとは話しませんでした。
まわりの大人たちは、魔法の力もないのに動物と話せるという少年の力を信じていませんでした。
けれど、小さな頃は大人たちもそれを咎めませんでした。
少年が12才になる頃、いまだに動物と話す少年に大人たちはあきれ果てていました。
そして少年は、元々彼を嫌っていた人たちの策略によって、村を追い出されてしまいました。
ゆくあてもない旅でしたが、少年は寂しくありませんでした。
いっしょに旅をするカラスがいたからです。
カラスは空を飛び、道案内をしてくれたり、時には狩りの手伝いをしてくれました。
ある日、カラスがいつものように空から世界を眺めていると、不思議な村を見つけました。
それは、大きな森の中に作られた小さな村だったのですが、なにか様子がおかしかったのです。
けれど何がおかしいのか、カラスにはわかりませんでした。
カラスにその村の話を聞いた少年は、見に行ってみることにしました。
カラスの道案内どおりに進みますが、一向に村は見えてきません。
いくら進んでも木々が生い茂る暗い森なのです。少年はカラスを信じ、獣道を歩き続けました。
そしてたどり着いた先は、大きな館と小さな畑があるだけの村でした。
それがなぜ村に見えたのか、そしてカラスは何がおかしいと思ったのか。少年にはすぐにわかりました。
この村で人間が住める建物は館しかなかったのです。
そしてその周りには、ちいさな藁作りの小屋のようなものがいくつもありました。
それに村に続く道は細い獣道しかなかったのです。
「ここは人間の村じゃないみたいだね」
カラスにそう言うと
「もしかして魔物の村かな?」
と返事がきました。
もしもこの村が魔物の村なら、二人にとっても危険です。
すぐに少年たちはもと来た道を帰ろうとしました。
けれど少年は一人の村人に呼び止められます。
「君は……動物と話をすることができるのかい?」
その声に振り向くと、そこには白く輝く毛並みの狐が一匹座っていました。
狐は、少年が動物と話をできると知ると、少年とカラスの二人を館へ招き入れました。
そしてこの奇妙な村の事を話してくれました。
「ここに我々の言葉を理解できる人間が来た事に感謝します。
この村は、魔力を持った動物たちが暮らす村なのです」
その後も村長を名乗る狐の話は続きました。
この村に人間は一人もいない事。動物たちは魔力で知能が高い事。
近くに人間の村がある事。人間に見つかると動物たちが危ない事など……。
「今までは私が魔女に化け、人間たちとの間を取り持っておりましたが
人間の言葉を喋れぬがゆえ、関係が良好とは言えないのです」
その言葉に少年は、自身の力がこの村のためにあるのだと思いました。
「それなら、僕が魔女の弟子として人間と話をしましょう」
その提案を待っていたかのような狐の村長は、にこりと笑いました。
そして、少年とカラスを村の館に住まわせる事にしました。
少年は、村の住人の動物たちともすぐに仲良くなりました。
力持ちのクマは、いつも畑で作った野菜をくれました。
器用なウサギは、藁で編んだ帽子や、袋をくれました。
リスとオオカミは、協力して沢山の木の実を集めていました。
リスが木の上に登って木の実を落とし、オオカミはそれを拾って袋へしまうのです。
普通の森では見ることの無いその光景に少年は驚きました。
けれど、同じ人間同士でいがみ合っていた村を知っている少年は
違う動物同士が協力しているこの村をとても好きになっていきました。
この村での少年の仕事は、クマの畑でできた野菜やウサギの作った小物類
そしてリスとオオカミが集める木の実や果物を人間の村に売りに行く事でした。
人間の村では、魔女の森のカラスを連れた不思議な少年と思われていました。
けれど彼の持ってくる物は村人にとってどれも貴重でした。
だから村人は変わった少年だと思っていても大事にしてくれました。
少年の動物たちの村での生活は大変な事も多かったけれど、とても幸せでした。
相手が動物だという事を除けば、普通の生活を送る事ができたのですから。
そして月日が経ち、今日も動物たちの作ったものを村で売った後に買い物をしていた時です。
「おじさん、なんだか最近いろんな物が高くなってない?」
その問いかけに金物商のおじさんは答えました。
「この辺はあまり影響がないんだけどな、都のほうは不作が続いてるらしいんだ」
少年はおじさんの答えに納得できませんでした。
「それでどうして金物の値段があがるの?」
おじさんは少し困ったような顔していました。
「足りない分は奪うってのが奴らの考えよ」
おじさんは少年だけに聞こえるよう小さな声で答えてくれました。
そして「俺がこの話をしていたことは黙っておいてくれ」と少年に約束させました。
都や国の事は分からない少年でしたが、この村が国に守られている事は知っていました。
だからこの村から食料や、鉄などを集めて戦争をするつもりだということは理解できました。
(いったいどこと戦争をするつもりなんだろう)
そんな事を考えながら少年は村に帰りました。
少年が帰ってくると、村中が大騒ぎになっていました。
村長になにがあったかを聞くと、先ほどの戦争の相手がこの村だと言われました。
「この村の魔女、つまり私が実りを独占していると言われたのです」
そして国の管理下に入らなければ村に軍隊を送り、滅ぼすと言ってきたのです。
少年は大事な村が危ないと知り、どうにかこの村を守れないかと考えました。
そして少年は、軍隊を追い返す作戦を思いつきました。
それから数週間後、三十人ほどの軍人が森の近くまで来ている事をカラスが教えてくれました。
建物らしい建物は館しかない、動物が住むだけの小さな村。
そんな村にはその程度の人数で十分すぎるほどだと考えたようです。
「森の魔女よ、返事は決まったか」
森の魔女に化けた狐と少年はその軍隊へ返事をしに来たのでした。
◆◆ ◆◆
「今日のお話はここまでにしておきましょう」
私は本を閉じ、子供達にそう告げた。子供達は中途半端な所でお話を切られてしまって口々に続きをねだってくる。
「今度もちゃんと教室に来てくれた人には続きをお話しますね。だからみなさんちゃんと来てくださいね?」
こう言っておけば今度の勉強会も子供達は楽しみに来てくれる。そのための童話の読み聞かせであり、退屈な勉強を頑張らせるエネルギーなのだ。
「アスカ先生、さよーならー」
「はい、みなさんさようなら」
子供達は声を合わせ挨拶をすると赤い夕焼けを背に、迎えに来た親に手を引かれて帰って行った。
「今日の読み聞かせは難しい題材を選びましたな」
薄暗い夜の図書館の中、初老の男から声をかけられる。
「ハシミさん、こんばんは」
「こんばんは、アスカ先生。しかし大きく話を変えられましたな。おかげで続きが楽しみですよ」
「あ……わかりましたか?元にした話からかなり変えてしまいました。ごめんなさい」
あやまる事なんてない、とハシミは言うが彼の立場上、神話を改変するなどという冒涜は許されないはずだ。
「神官をやっていたのは昔の話。今はただの旅するおじいちゃんですよ。それに動物に変えたのは、今の子供達にとってはその方が理解しやすいでしょうしな」
「そう言って頂けると助かります。やはり人間と異世界人の戦いは子供達には合わないと思いますので」
童話の元になった神話では、動物の村ではなく異世界人の村だった。その上、結末は異世界人の仕掛けた罠で攻めてきた軍隊はほぼ壊滅。少数の残った兵によって村長の魔女は殺されてしまう。そんな話は子供達にしたくない。そう考えて異世界人を動物に変えたのだった。
けれど童話の結末をどうするか、私は悩んでいた。元の神話をそのまま引き継げば、軍隊を壊滅させる事になる。それ自体は罠で生け捕りにした事にしてもよかった。けれど魔女の狐をどうするか……それが問題だった。
「この神話を童話の元にしたのは、子供達に争っても何もいいことは無いと伝えられると思ったのです。けれど今にして思えば内容を変えないほうがよかったのかもしれません」
神話では人間と異世界人の争いを嘆いた神によって国が滅ぼされてしまう。そしてその後は異世界人を受け入れる世界が形成されるという内容だ。今の子供達が神話をそのまま語られてもしっくり来ない理由もここにある。あまりにも異世界人が近くに存在するため、なぜ争うのかが理解できないのだ。
何を隠そう私自身も異世界人でありハシミもそうだというのだから、むしろこの世界には異世界人の方が多く暮らしているのではないかと錯覚するほどだ。
「難しいところですな。今では普通の事が普通でなかった時代を語る、それも歴史教育と言えるものの、まだ十に満たぬ子供が相手ですからな」
「動物と人間が共存できる世界を作る。元の神話の結末を引き継ぐならそうなるんでしょうけど、やっぱり違和感がありますね」
ため息をつく私にハシミは「まだ次の勉強会までは時間があるからゆっくり考えればいい」と言ってくれた。それもそうか、と思う一方で自分で言うのもはばかられるが、責任感の強い性格がゆえに問題の先送りはずっと頭の隅に引っかかってしまって落ち着かないのだ。
「アスカ先生、あなたがこの図書館に来たのは童話の続きを考えるためではないでしょう?物事は優先順位を決めて処理しないといけませんな」
その言葉にはっとする。こちらの世界で暮らすために始めた勉強会と童話の読み聞かせだ。けれど私が図書館に来る理由、それは元の世界に帰る方法を探すためだ。その中で神話を多く読み、それを子供達に読み聞かせていただけだったのに、いつの間にかそちらがメインになりつつあった。
「そうですね、本当の教え子のためにも私は帰る方法を探さないといけませんね」
ハシミにお礼を言い、私は読まれる事なく幾年も眠っている本たちを起こしに行った。
はじめましての方ははじめまして。
初めてじゃない方はいつもありがとうございます。
島 一守です。
今回も短編で投稿予定だったのですが、なにやら書いていくうちに長くしたいなと思いまして連載に変更しました。
なんだかんだ今まで書いたものは1万文字以上とお手軽に読めるものではなかったので、5000文字程度を数回に分けようかなと思った次第です。
書いてるうちに「あれもこれも」と付け足すからだと思うんですが、ちょっと削りつつ、けれど味気なくならないように…というのを目指そうと思います。
それが難しいんですけどね~。
というわけで、今回の連載も、前作までの短編と同じくゆる~く設定等が繋がっていたりします。
よろしければそちらもご覧いただければと思います。
https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/1393632/
次回は9月12日(水曜日)に更新予定です。
※更新予定日を間違ってたので修正しました。
よろしくおねがいしま~す! (カズモリ)