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ビフレストハイムの魔女  作者: 杁山流
第一章 知るための旅
7/32

2-2

「亡くなった…?」

「えぇ、ユノ先生から聞いてないのですか?」

 衝撃の事実に、とっさに頭の中で情報を整理する。何度も見返した患者とその病状一覧は、リラの中で正確に再生することが可能だった。

ガルバ村の患者の名前は『カシュ―・モッカ』。病名は“ヨトの吐息”。

他の奇病と同様に、ユノが神話から名付けた病名だ。その主な症状は凍結。

魔力回路の異常によって体が内側から凍り付いていく病であり、魔力に関することが原因ということ以外は何もわかっておらず、無論治療法も存在しない。

 対症療法として挙げられるのは体を内外からひたすら温め、体温を下げないようにすることだけ。罹患すれば絶望的な病だ。

「もう一月ほど前になります。ユノ先生がいらっしゃらなくなって、もう半年以上経っていますから」

「確かに…」

 ユノが巡診を休止してから半年。ヨトの吐息の発症からの平均余命が三か月ほどであることからも、半年経った現在生きているというほうが難しい。

 寧ろ、一月前まで命を繋いでいたことの方が驚きだ。

 どうやらユノはこのことを知ったうえでリラを送り込んだらしい。

 医術士のいないこの村では、奇病に対してできる治療は多くない。ユノがどれだけ細かな指示を残していても、それでも伸ばせる命の時間には限りがある。

 今後も、こういったことが多くリラを待ち受けているのだろう。それを分からせるために、ユノは旅程にガルバ村を組み込んだのかもしれない。

「なんの力にもなれず申し訳ありません…」

「そんな顔しないでください。ユノ先生は手を尽くしてくださりました。ついこの間もお手紙をいただきましたし」

家じゅうに漂う鎮魂草の香り。死者を慰める煙に包まれて、リラは心のどこかで拭いようのない罪悪感を覚えた。

「おかげさまでさほど苦しむことなく逝くことができました。私たちは、それだけで満足です」

「それでは、誘いの術は?」

 それは、既に助かる見込みがないと判断された患者に施される安息の術だ。

 ありとあらゆる痛みを消し去り、少しでも穏やかな死を迎えるための術。この術を施すことも、医術士の大切な仕事の一つだ。

「大丈夫です。リファンの医術士様がやってくれましたから。本当はユノ先生に行ってほしかったんですけど」

「申し訳ありません…」

「はは、そういうところ、ユノ先生に似ていますね」

「そうですか?」

「ユノ先生も優しい人だった。あなたもきっと同じくらい、立派な医術士になります」

「ありがとうございます」

 遺族の優しい言葉が、リラの心を慰める。

 本当ならば、自分が彼らを慰めなければならないのに。

 患者の死から一月。その月日は彼らに一つの区切りをつけたのだろう。それに追いつけていないのはリラだけだった。

 しかし、リラにはまだ為さねばならない仕事がある。この結果を未来に繋げることで、失われた命に報いなくてはいけない。

「申し訳ありませんが、兄が最後にここを訪れて以降の病状をお教え願えますか?」

「もちろんです。ユノ先生と約束していましたから」

 リラの申し出を快諾し、遺族は数冊のノートを差し出した。どれも所狭しと書き込みがしてある。

「これが、病状の記録です」

「私がお預かりしても?」

「お願いします。そのために綴ってきたのですから。私たちが持っていても、悲しみが増すだけ。あの人のことを思えば、必要とする人の手に渡った方が良いのです」

 無力さに囚われた微笑みを浮かべ、遺族はリラに頭を下げた。

「ユノ先生によろしくお願いします」

 その姿に、リラはただ言葉なく頷くことしかできなかった。


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