2 元日の出来事B
いつかはこんな日が来ると思っていた。
(来年で、もう25歳か。最近、時間の経過が妙に早い気がする。もう歳かな...)
今日は、12月31日。今年の幕締めである。
そんな日に虚無的な気分になっている女が一人。
今年の終わりと言っても、考えることは人それぞれだろう。一年の終わりを喜ぶ者もいれば、大晦日くらい、と言って、ゆったりと過ごす者もいることだろう。
様々な思いが行き交う中、その女は一人、真っ暗な山道を歩いていた。
精励恪勤、女は幼い時から、その言葉が似合っていた。
両親を転落事故で3歳の時に亡くし、唯一の肉親である祖母に育てられた。
女の祖母は、自分が死んだ後、女が困ることが無いように色々と教え込んだ。
その甲斐もあってか、高校での成績は常にトップ。特に祖母に色々叩き込まれたことにより、家庭科ではずば抜けていた。性格も良く、運動神経も抜群、顔立ちも整っており、周囲の者達の憧れの存在であった。大学も良いところに入ることができ、会社でも人気があった。
そんな女にも苦手なことがあった。それは、家族の話題になった時だ。兄弟どころか、両親が居ない女にとって、その話題は苦痛であった。祖母がいるので寂しさはそれほど感じてはいなかったが、親についての話題はどうしても苦手であった。
勿論、人に嫌がらせや、嫌われることを一度もしたことがない、憧れられてすらいる女に、そんな思いをさせる者等いるはずがない。
しかし、授業や初対面の者は違う。小学校の時の課題で、[両親について]という課題が出た時もあった。その時は祖母のことを書けたが、大きくなるにつれて問題が発生し始めた。幼い頃から優秀で顔立ちも整っていた女にはスカウトや告白なども来ていた。女は全て断ってはいたが、「ご両親はどんなお仕事を?」等と家族について聞いてくる輩も多くいた。
確かに、優秀な者の親は気になるのだろう。しかし、何故断っているのに聞いてくるのか、女にはそういう者達の考えが全く理解できなかった。
成績が良く、運動神経もずば抜けていて、性格も良い。おまけに美人。そんな者がいたら気になってしまうのも道理であろう。女は温厚な性格ではあったが、嫌なものは嫌、とはっきりと言うタイプであった為、そんな女にしつこく迫る者は皆、追い返されたり、罵倒されたりしていたが、それがまた一部の者に火をつけていることを女は知る由もなかった。
そんな女が会社で出会ったのは、自分と似た境遇を持った自分達の教育係である男だった。
女が入社した際に、同時に入社した者は4人。男女2人ずつであった。その者達とはこれから同僚になるということもあり、すぐに仲良くなった。
女を含めた新人5人とも、教育係である男の的確な教育により、すぐに仕事を覚え、それぞれに向いた場所へ移動することになり、女は教育係であった男と同じ課で働くことになった。
女が入社した年の忘年会。この課では、極力全員参加となっていた為、女も参加していた。そこで、男の境遇を知ることになった。
あまり酒に強いわけではない女が、他の者達と離れて座っていたところに、男がやって来て色々話していると家族の話になったのだ。
男も驚いていたが、その他のことも色々話している内に、かなり仲良くなった。普段は仕事以外の話を話すことも少なく、本当に偶然であった。
それからは話す機会も増え、何度か食事に行くこともあった。職場内に色々噂が出始めた頃、男が退職した課長の後を継ぎ、新しい課長となった。
それから何年かの月日が流れた12月30日。既に、その年の仕事は全て終えていたが、課長である男から電話が入った。
どうやら取引先との接待が急遽入ったらしく、それに付き合ってほしい、とのことだった。
少なからず期待して電話をとった女であったが、仕事の話であり、少し気を落としてしまってはいたが、職場の先輩に「課長は極力人との交流を避けるのに、あなたはよく食事とか行っているのよね」と面白半分で聞かれたことを思い出し、自分だから電話してきたのかも、と多少喜んだことを男は知らない。
次の日、昨日の電話で受諾の意を示した女は男と共に接待をし、その後何もなく駅で別れようとしていた時まで、申し訳なさそうにしていた男に「気にしていない...」と言い、少し残念な気持ちもあったがそこで別れた。
肩を落としながら、山道を進む。女は家に帰ろうとも思ったが、毎年初日の出を見に、今くらいの時間に家を出ていることを思い出し、そのままいつも見に行っている山に向かうことにした。
接待の後、何かあっても別に良かった、というかあってほしかった程なのだが、男が鈍感なことを知っていたので半分諦めてはいた。しかし、半分期待してもいたのだ。
だが、結果は何もなく、女は山道を歩いている。遠くから聞こえてくる鐘の音がやけに悲しく聞こえる。
物々と男に対する愚痴を零しながら歩いていると、いつもと道が違うことに気が付く。毎年来ている道なので、多少木々が変化しても迷うことはない。
しかし、今いる場所はどこなのか見当もつかない。後ろを振り返ってみると、いつもは見えるはずの街の明かりが一つも見えない。それどころか、歩いてきたはずの道は段々と近づく闇に飲み込まれていく。
このままではまずいと思った女は、ただ我武者羅に先へと走る。しかし、闇はそれよりも早く女もろとも全てを飲み込んだ。
全てが闇となった世界には、光すらなく、前がどこなのかもわからなくなっていた。
(私の人生はここで終わるのか。せめて...)
これ以上どうしようもないと思った女は、いつかは来ると思っていた日に向けて一歩踏みだし始めた。
どれ程の時が過ぎただろうか。全てが闇となった世界にやがて、一つの明かりが見えた。女は希望を胸にそこを目指し走り始めた。
女は明かりの下に辿り着いた。そこには山小屋があった。
女はほかに頼れる当てもなく、「誰かいませんか」と言いながら、扉を叩いた。しかし中からの返事はなく、静かな闇に女の声と扉を叩く音だけが響き渡る。
女は他に方法はないと思い、勇気を振り絞ってその小屋の扉を開いた。
元の世界では、丁度108回目の鐘の音が鳴っていた。
次回更新は遅くなります。
これからもよろしくお願いします。