精霊を光る虫呼ばわりする少女(10歳)
一先ず自己満足したソワレは、上機嫌でその他の試験をこなしていった。
何を調べたいのか分からず当て勘で行うのもあれば、なんとなくという理由で選んだものが爆発して使い物にならなくなることも何度かあった。
不良品が多すぎる――まさか自分のせいだとは思えない、いや思いたくはないソワレは、取り敢えずそう思うことで良心の呵責から逃れようとしていた。
副団長は少し悟ったような表情をしていた。
さて、最後の適性検査を終えた後。
筋としては本校の責任者たる学校長に挨拶をして辞するのが正道である。休みの日とは言え、これまでソワレが利用したものは全て学校の備品。
それを借り、あまつさえ幾つか破壊してしまっているのに無言で帰るのは礼儀として正しいとは言えまい。
だがあからさまに隠されていない怒気が扉から漏れ出しているのを敏感に感じ取った団長と副団長は、既に帰りたい気持ちで一杯だった。
「なんだこりゃ……あの人、なんでこんなに怒ってるんだ……?」
「し、知りませんよ。団長が何かやらかしたんじゃないんですか?」
「そんな馬鹿な……いや、まさか30年前の饅頭食い逃げ事件の主犯がバレたのか……?」
何分か柵がありそうな相手らしいが、ソワレの知ったことではない。
いくら狙撃の真似事をして満足げであっても、愛銃が遠く(往復30分程度)離れた地でソワレの帰りを待っているのは変わらないのだ。
なので、取り敢えず扉を開けた。
ノックなどという文化は知らない。
背後から人の出す声とは思えない短くも小さな悲鳴が2つ聞こえてきたが、やはりソワレの知ったことではない。
禍々しい威圧感はいよいよ強大になり、それを放つ存在の正体がようやくソワレにも見えた。
上品に皺の刻まれた初老の女性だった。
顔の目の前で手を組み、細い目で睨みつけるようにソワレ――の背後を注視している。
薄らと口元には笑みが浮かんでいるようだが、その目は一寸も笑ってなかった。
「あら」
耳に残る綺麗な声だった。
その目が優しい光に染まり、恐れた様子もなく進んでくるソワレに視線が移動する。
「貴方がソワレちゃんね? 検査ご苦労様。どうだったかしら?」
「……幾つか壊れた」
その声と優しい微笑みに、ソワレは良心からの逃亡に失敗して正直に告白した。
言葉少なめな自白だったが、女性には全て通じたらしい。「壊れた」という所で少し驚いたように目を見開き、次いで微笑んだ。
「正直な良い子ね。大丈夫よ、所詮は物なんだからいつか壊れるわ」
「……」
どうやら許しを貰えたようだ。
ほっと一息をつく。やはり壊れたのを黙って帰ってたら寝覚めが悪い。
ソワレはちょっと変わったところがあるだけで、根は善人なのである。
だが一方で、ソワレの背後にいる団長と副団長は不動のまま凍りついていた。
いや、存在感を消していたという方が正しいか。このまま何事もなく、できれば自分達のことは忘れて平穏に終わって欲しいと心底願っていた。
「さて、ソワレちゃんはともかく……貴方達。そんな所で気配を消してないで入って来なさい」
願いは届かなかった。
*
「気配の消し方が甘いのよ。何度言ったら分かるのかしら? 消すんじゃないのよ、紛らわせるのよ。そんなんじゃ土の魔法に長けてる魔法使いがいたら一発でバレるわよ」
先ほどの団長らの気配の消し方について物申す所があったのか、最初に始まったのは本題ではなく小言だった。
「以前から思ってたけど人間って土の魔法軽視しすぎでしょう? 馬鹿よね。地面の振動を感じ取れたり砂を操れたりする利点を知らないと見えるわ。
250年前にいた土魔法使いのエルキドなんて凄かったのよ。 2万を超える敵国の軍勢を相手に三日三晩砂嵐と地震を起こし続け、火や雷の魔法は岩で消し止められるわ、水の魔法は砂に吸われるわ、食べ物は砂塗れで食えたものじゃなくなるわ、戦争どころじゃなくなったんだから」
「先生」
「何かしら、ミティア?」
「その話、4度目です……」
「俺は8度目だ」
「何度でも話すわよ、土魔法の習得者が増えるだけで国力倍々になるんだから。これで少しでも興味を持ってくれたら儲け物だし」
どうやら団長らに対する小言と見せかけて、ソワレに対する土魔法の宣伝だったらしい。強かである。
しかしこの少女に関して言えば、その宣伝は少し的外れだった。
「ソワレは元々土魔法に興味があるんですよ」
「え、嘘でしょう? まだ10歳なのに?」
「……本当」
これに学校長は「将来の有望株が来たようね……何としてもウチに入れなきゃ……」とブツブツ言っているのだが、ソワレは純粋な魔法使いになる気はない。
あくまでも魔法は補佐として扱うものであり、主武器は銃である。団長と副団長は当然それを知りつつも、少しでも学校長の気を逸らすべく口を閉ざす方針を選んだ。
「【造物】魔法に興味がある」
「【造物】魔法かー、これまた少数派な所を選ぶわね。いや駄目な訳じゃないの、むしろ歓迎するわ。私もそれは専門じゃないから、今から教えられそうな教師を探す必要があるわね……」
既に彼女の中ではソワレが魔法学校に入る事が決定していた。
「取り敢えず里に連絡取ってみましょう、あそこなら暇してる誰かが一人は来てくれると思うし……うん、早速動かなきゃ」
学校長は一つ頷くと、中空に彷徨わせていた視線をぴったりと団長らに戻す。
「という訳で、本題に入るわ」
全く誤魔化せていなかった。
この女性、数百年は生きているにも関わらず記憶力が衰えている様子がないから困ったものである。
「ゴルドー」
「俺か……秘蔵饅頭食い逃げの件か? それとも実験室爆発炎上の件か?」
「その二つに関しては後でじっくりと聞かせて貰うけれど、今回は別件よ。この子に見覚えがあるでしょう?」
完全に自爆して一瞬絶望の光を宿した団長だったが、次いで学校長の周囲に現れた光に瞠目した。
「精霊か。たまに見るが、アンタの周りを飛んでいるのを見るのは初めてだな」
「この子は私の友達。学校の中が楽しいらしくて、時折何があったのか教えてくれるのよ」
なるほど、しかしそれと彼女が怒っている理由がいまいち繋がらない。
「この子によれば剣の鋒を突きつけられた挙句、凄まじい殺気をぶつけられたらしいのよ。とても怖かったって言ってる」
「記憶にないんだが」
「しらばっくれるのは罪を認めたと見なすからそのつもりで」
数多の残虐な事件に対応をしてきた騎士団の団長としても、理不尽と言わざるを得ない反応だった。
「見なさい、こんなに震えて……貴方以外に精霊を怖がらせられるような力量の持ち主、他に学校にいる訳ないじゃない。今なら3本で許してあげるわよ」
「それ何の数字なんだよ……今俺がアンタを怖がってるよ……」
不毛なやりとりの横で、無事に学校長の標的から逃れた副団長は、この状況において比較的安全な地帯であるソワレの傍に音もなく移動をしていた。
そのソワレは暖かい光を放つ精霊に魅入られたように見つめている。
やはり年頃の少女、精霊に憧れるのも無理はない。
目前で起きている悲惨な状況を忘れ、暖かい気持ちになった副団長。
「……光る虫」
しかし、憧れを抱く少女の顔から零れたその台詞で夢から覚めるように身体の体温が下がった。
「……いい。たぶん、静止してる的よりも練習になる」
あまつさえ明らかに射撃の的にしようとしている。
精霊を狙撃練習の的にするなど、神をも恐れぬ所業である。精霊を武器に封じ込めてその力を悪用する犯罪組織を取り締まった事があるが、彼らも驚くだろう非道っぷりだった。
「……ミティア、あれって一匹貰えないの?」
「失礼ながらお二方! 本件に関して明かさなければならない事があります!!」
銃にかまけているのを自由にして一般教養をおろそかにしていたツケがここに来て響いている。
己が義理の娘に常識を教える事を固く誓いつつ、驚いてこちらを向いた二人にこんこんと事情の説明を始めるのだった。
団長と副団長の名前がチラっと出たんですけど字の文では基本的に団長と副団長のままなのでご了承ください