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さしもの騎士団でも剣成分不足による禁断症状は発生した事はない

魔法について詳しく尋ねた結果、ソワレがまず惹かれたのは土系統の魔法だった。

その言葉に、「ソワレが魔法に興味を持っている」と話を聞きつけて顔を出した副団長と女医は首を傾げた。


10代の少年少女は誰しもが煌びやかで破壊力の高い火や雷の魔法に憧れる。

現実としてそちらの方が格好よく、使い手はモテるし、魔法使いの中でも目立つ。

次点で水の魔法だが、こちらは破壊力というよりは水を生み出せるという一点で評価される。魔力が続く限り飲み水が無くなる事はないという安心感は他の魔法には無い利点である。



だがぱっと見たところ、土には何もないように見える。

もっと言ってしまえば、火や雷の絢爛さに比べて、土魔法は相対的に地味と言われている。不人気であると言い換えてもいい。


しかしながら、これはただの風評被害である。敵の妨害という点に置いて土系統の魔法は他の追随を許さない。極めた土の魔法使いは自在に山を噴火させ、大地を揺らし、砂の津波を引き起こす事が出来るという。


だというのに何故「土」だけがここまで目立たないかというと、単に土を使いこなせる魔法使いがいないからだ。土以外に適正属性がある者はそちらに行き、土にのみ適性がある者は周囲(特にそれ以外の属性を使える者)からの嘲笑と憐憫の視線を浴びない為にそれをひた隠しにする。

極まれにこの国の学校まで習いに来る者もいるが、「火」や「雷」の魔法使いが幅を利かせる中で己の「土」魔法に集中するのは難しい。

羨望と嫉妬はすぐさま人を堕落させ、言い訳まみれにして成長を停めてしまうからだ。女医も副団長も、そうした若人を山と見てきた。


よって、最初から土に興味がある少女など、希少種も良い所だ。

改めて[変わり者]という烙印を押された少女は、取り敢えずその気が変わる前にと魔法適性の検査が行われることになった。




その検査が1日仕事ということで、必然的に射撃訓練を初めて中止する事になった。

深夜、「明日の分撃っていく」と聞かないソワレを引きずって去っていく団長の背に、事情を聞いた射撃場の責任者は「銃を磨いて待っている」とだけ声を掛けた。

それまで不機嫌そうに頬を膨らませていたソワレは、自分の愛銃が輝いている光景を幻視して一気に満面の笑みになった。


子供とは現金なものである。





*





翌日、馬車に乗せられたソワレはとんでもなく巨大な建物に案内された。

何処なのか尋ねてみると、学校というらしい。


「?」

「そっかぁ、学校が何なのか分からないか……」

「人が物を教え、人が何かを学ぶ場所だ」

「訓練場みたいな?」

「……まぁ、同じようなもんだな」


学びの訓練場と言えば、間違ってはいまい。

そんな話をしながら馬車は学校の敷地内に入り、これまた大きい入口の前で降ろされた。

熊のように大きい団長とスラリと長い副団長に挟まれて、小さい少女はトコトコ歩く。




迷路になりそうな通路を辿って着いた先で、少女は言われるがままに行動を始めた。


まず、中央で靄のようなものが蠢いている水晶玉に触れた。靄が渦巻いて次々と色が変化したと思ったら、甲高い悲鳴のような音と共に何故か砕け散った。

ソワレは指で少し突いただけなのだが。


「不良品か?」

「…………、」


その辺りに詳しくないらしい我らが団長は首を傾げるが、一方の副団長はあんぐりと口を開けてその様子を見ていた。

暫く誰も声を発せない妙な空気が漂う。最初に気を取り直したソワレが、「わたしのせいじゃない、不良品だったせい」と呪文のように唱えつつ次に向かった。


次に部屋へ置いてあったのは無数の剣だった。

気に入ったものを手に取れと言われたソワレだったが、彼女の目から見ると全く同じようなものにしか見えない。

如何したものか。


「うーん……」


自慢ではないが目は良い。剣の鑑定などした事はないが、それでも小さい傷や刃こぼれなどを見つける事は不可能ではない。

しかし魔法の検査として連れて来られたのにどうしてこんな事をさせるのだろうか。それともこれも魔法の検査の1つなんだろうか。

だとしたら何を検査してるんだろうと思ったが、検査項目も知らないのにわかるわけがなかった。


「んんんんん」


愛銃から離れた禁断症状が出てきた。

適当に手にとった剣を染み付いた動作で正眼に構え、床に伏せ、首を――傾けたら斬れる両刃剣なので、中途半端な構えで静止する。

そう、この姿勢が落ち着く。



「俺らがガキの頃我武者羅に剣を振ってチャンバラやってたのと同じアレなのか」

「同じアレなのかは分かりませんが、多分あの子大分飽きてきてますね……」

「まだ2項目目だぞ」



このまま撃てたらいいのになあ、と思いつつ、引き金も照準器もない狙撃銃で何を撃つというのかと正気を取り戻す。

せめて引き金がついている剣はないものか。

それが剣という定義に位置するのかという問はともかくとして、この姿勢で構えたからには撃ち真似だろうと撃ってしまわなくては衝動が収まりそうにない。


狙うとしたらどうだろう。正面にある剣を細やかながら彩るあの宝石なんかがいいか。

目の前に照準器があると仮に置いて、集中する。

射撃場で訓練している感覚で、神経を研ぎ澄ませる。

最近五感が妙に鋭くなって来ているソワレは、この感覚が大好きだった。世界の全ての情報が自分の求めるものだけになって、ただただ撃つためだけに集中できるこの瞬間を好んでいた。


バランスこそ些か悪いが問題にはならない、

引き金がなく照準も怪しい、格好はつかないが集中はできる。

部屋の奥の方にある紅玉に狙いは付いた。あとは引き金を引く、だけ――


「?」


ソワレにできる極限の集中状態、標的の些細な動きさえも捉えて逃がさない高められた動体視力が、鬱陶しく舞う何かを捉えた。

ぼやりと小さく光っている謎の物体だ。


「蛍?」


本の中でしか見たことのない生物だが、光る羽虫などそれ以外に知らない。

なんというか、妙な存在だった。室内は暗い訳じゃないというのにぱっと見てわかるほど輝いている。

それでいて視界を遮るほど眩くない。女医の使っていた回復魔法を思わせる輝きだった。


睡眠時間を含めて10時間以上銃に触れず、銃に飢えていたソワレは、この謎の飛翔体を己への挑戦へと受け取った。

そういえば動いている的はまだ練習したことがない。いい機会だ、その難度をここで味わっておこう。

そう考えた。


上下左右縦横無尽に動く光へと集中する。

その速度は遅くはないが、決して動き続けている訳ではない。上から右、下から左、進行方向とは別の方向へと転換するその一瞬だけ減速する。

その瞬間を狙う。


剣の先で示された照準は微動だにしない。舞続ける光を追っているのではいつまでも追いつかない。

ソワレはただ黙して待った。その瞬間を、微々たる照準の修正であの羽虫を撃ち抜けるその瞬間を。




ソワレが構えてから10分以上も微動だしなくなったとき、まさか寝ているのではないかと考えた団長が彼女に近づいたときだった。

その瞬間が来た。


修正可能範囲内での減速。

集中力が一気に高まる。ぶわり、と気が昂ぶった。

好奇が来たその瞬間に心乱すようでは狙撃手としては未熟だろう。だが、10歳の少女が出すとは思えなかった殺気とも思える圧力に、不意を突かれて硬直した光る羽虫の隙を彼女は逃さなかった。



引き金――はないので、仕方なく剣の鍔を引金っぽく押し込み、ソワレが何よりも愛する発砲音も当然聞こえないので、仕方なく自分で言うことにした。


「――ばんっ!」





明らかに自分に向けられた殺気と敵意と剣先、張り詰めたその一瞬で放たれた大声。

重ねて不意をつかれたそれは、恐怖と困惑で羽を上手く動かせなくなり、ぽてり、と力なく地面に落ちた。

その様子を確認したソワレは、表情を動かさないままにグッ……と拳を握った。


何はともあれ、動く標的初挑戦にしては上出来である。

傍目から見て何故墜落したのかはわからなかったが、空気を読んでくれたのかもしれない。

光る虫も捨てたものじゃないとソワレは一人頷いた。


「……ソワレ?」


狙撃の成功により集中を持続させる意味もなくなったソワレは、上機嫌でその声に振り向いた。

明らかに戦闘態勢になっている団長と口を開け閉めしている副団長がいた。

どうしたというのか。


「ん……変な虫がいたから、狙撃した」

「む、虫?」

「そう、光る虫……あれ?」


集中を切らした目で先ほどの位置を探すが、そんなものは何処にもいなかった。

あの一瞬で逃げてしまったのかもしれない。

いや、もう一度集中力をかき集めれば見えるかもしれない、そう考えてみる。


「……」

「ど、どうした?」

「燃料切れ」


しかし、ソワレの想像以上に動く標的というのは集中力を使うらしい。

思っていたより消耗していたらしく、先程のような集中はもう出来なかった。


「燃料切れって……さっきの殺気と関係あんのか……?」

「虫が強敵だった」

「……いや、深くは聞くまい。ところで選ぶ剣はそれでいいのか?」


歴戦の団長としては、一体どんな虫がいたらあそこまで濃密な殺気を出せるのか問いたいところだった。

時間が押していることも考えて、それとソワレが一般世間の10歳女児とは環境がかけ離れてる点を考え、虫に何か恨みでもあるのかもしれないと無理やり納得した。


「ん、これでいい」




なんとなく晴れ晴れした表情で、ソワレは手に持っていたその剣を選んでいた。

――狙撃の真似事が成功したのでどうでもよくなったとも言う。








ソワレの視線が外れた瞬間、それはとんでもない速度で舞い上がり、壁を抜けて外を飛んだ。

窓を抜け、壁を抜け、廊下を掛け、最後に扉をするりと抜けて、そこにいる人物の胸に飛び込んだ。


「あら……」


突然それに飛び込まれた人物は、何があったのかを問うまでもなくそれが怯えている事を察していた。

そして考える。


(何者にも縛られない、自由なこの子達が怯えるようなのがいるのかしら……?)


現在、学校は春季休業中である。

生徒など数える程しかおらず、どれも顔を知る者ばかり。前途ある若者ばかりに対してこういうのもなんだが、彼らにそれを怯えさせるだけの力はまだ無いはずだった。


つまり犯人は学外からの者に限られ、今この学校に来ている学外の関係者はたった1組。


「なるほど、分かったわ」


弾かれるように顔を上げたそれに、その人物は――上品に、安心させるように微笑んだ。


「貴方を怖がらせたツケはきっちりと払って貰うから。心配しないで」



生きてきた年月を感じさせる刻み込まれたシワと、持ち主の感情に反応して機敏に動く長い耳、その瞳の奥に燃える怒りの炎。

その脳裏には数分前まで旧友だった、今はそれを泣かせた被疑者である熊みたいな大男の背中が浮かんでいた。








そう、冤罪である。


「なんか寒気が」

「そうですか?」

「Zzz……」

「ほら、ソワレったらまた歩きながら寝てますし。暖かい陽射しで眠くなっちゃったんですよ」

「いや起こせよ、これでも魔法適性の試験中だぞ」

ソワレは基本的に睡眠時間を8時間は取ってます。

いやぁ健康的ですね!

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