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不可視の存在を証明するために

副団長立会いの下行われた記念すべき初撃ちの日、乱れる標準から放たれた弾丸は当然ながら全て的を大きく外れて終わった。

それに落ち込むかと危惧した団員達だったが、それも杞憂に終わる。


今のソワレは、剣を振り始めたかつての団員達と同じ顔をしていたのだ。

今は上達具合が分からずとも念願のものを手に入れ、それを使い始めた喜び。誰に邪魔される事もなく修行できる楽しみ。彼女の表情には出ないようだが、5年前から彼女を見て来た彼らには手に取るようにその変化を掴むことが出来た。


そうなれば余計な言葉を掛けるのは野暮というものだろう。

団員達は少女を生暖かく見守る事にした。



*



始めて銃を取って一か月、少女は毎日射撃場に通っていた。

毎日のように、ではない。「毎日」である。食事と睡眠以外の全てを射撃場で過ごしていた。

まず1週間経って、それなりに多忙である副団長は監督を射撃場の責任者に任せるようになった――というよりは、団長に引き摺られて仕事に連れていかれた。

一方でいきなり10歳の少女の監督を任された責任者はこのご時世に銃なんぞを使う少女の気が知れなかったが、そこはソワレの4倍以上もの時を生きた大人である。大らかに「そんな事もあるだろう」と自分の中で決着をつけ、仕事に従事する事にした。


少女にとって幸運だったのが、無くてはならない弾丸が非常に安価で手に入る事であろう。


なんと、少女の朝食に掛かる金よりも少額で一日撃てる量が手に入ってしまう。

日々を生きる為の食糧と、子供さえ殺せるか怪しい武器とではまさしく価値が違うのである。

構造が単純なために魔法使いがちょっと凝るだけで簡単に量産できるという点も価値を低下させていく一因であった。

そういう理由もあってどれほど弾を無駄撃ちしても止められることは無く、しかも使った分はすぐさま副団長の貯金によって補充され続けるので、まさしく銃を学ぶにあたっての最良の環境が整っていたのである。




さて、最初の1ヶ月は上達は見られなかった。

たまに的に当たるが、まぐれ当たりというものだった。


次の1ヶ月で、姿勢が多少様になってきた。ような気がすると、少女は自分で自画自賛した。

射撃場の責任者の気まぐれで教えて貰った「狙撃手に必要な筋肉」とやらを身に着ける運動も練習の傍らで始めた。続けていく過程で100m先にある的にはそれなりの確率で当たる様になってきたので、200m先の的に切り替えて練習を繰り返していく。照準を合わせる為のレンズを覗き込み、距離感を初めとした狙撃に関することを身体に叩き込んでいく。


その後、筋肉痛を繰り返す3ヶ月目のある日の事である。

自身の想像以上に銃の訓練を熱心に続けている少女を見た責任者の男が「何故そこまでして銃に執着するのか」と問いかけた。


「証明するため」


ソワレは言葉少なに返答すると、照準機に刻まれた黒い十字線の中央に的を合わせ、1秒の間も無く引き金を引いた。

鋭い破裂音が響いてから数瞬の後、的の中央より右に弾痕がついたのを見て、レンズ越しの標的と実際の距離とのズレを修正する。


「銃で何を証明するってんだ?」

「わたしが、どうして生きているのか」


たった10年しか生きていない少女から出る言葉にしては余りにも重く、異様だった。

しかし約3ヶ月の間、ソワレを見守って来た彼はその言葉に納得していた。

まさに人生を捧げていると言わんばかりの練習の日々である。それ相応の覚悟があるだろうとは薄々予測がついていた。

それがどういう事なのかについて男は尋ねる事を辞め、ソワレもまた、殊更にそれを語るつもりも無かった。


レンズを覗き込んでから今度は数秒の後、引き金が引かれた。

的の中心に綺麗な穴が空いた。




その距離、300m。

使われていない期間の方が長い王立の射撃場をずっと見て来た男をして、恐ろしいと言わざるを得ない上達速度と才能の片鱗をみせていた。










同日の夜、ソワレは夕食よりかなり早めに騎士団の宿舎に戻ってきていた。

宿舎で定められてる夕食の提供時間終了10分前に戻ってくる事の方が多いソワレとしてはかなり珍しい。


「ソワレ」

「うん」


というのも、5年前騎士団によって救われた日から定期的に行われる健康診断の日だからである。

顔馴染みになった女医に診察を受け、魔法的な傷を含むあらゆる可能性を診察して貰う日だ。

最初は毎日だったが育ってく内に1週間に1回、3週間に1回……と少なくなり、今では3ヶ月に1回になっている。それだけソワレが回復してきているという何よりの証左だろう。


「……うん、健康体だね。身長も前回より伸びてる。10歳の子供として標準的な成長をしてると言っていいだろう」


暖かい光がほんの数分だけ少女の身体を照らす。

最初の方は2時間は掛かった「診察」も、今では10分も掛からない程度にまで減少していた。


「それに……うん、やっぱりだ。ソワレ、君は魔力を持ってるね。魔法使いとしての素質があるよ」

「まほうつかい?」

「ああ。私はそこまで魔力の把握に長けている訳ではないが――」女医は茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。「そんな私でも感じられるんだ。結構な量の魔力が眠っているかもしれないぞ?」


自分が今日まで生きているのも回復魔法によるものだとは聞いていたが、頭の中が狙撃と例の奇跡の日の記憶で埋め尽くされているソワレにとって、魔法とは「不思議な力」以外の何物でもなかった。

なので自分の中に"魔力"、つまり魔法を使うための力が眠っていると言われても「へー」という以外に感想が出ない。


「へー」


どういう反応をすればいいのか分からないので、仕方なく思った事をそのまま口に出した。


「……もっとこう、10歳の乙女なら目を輝かせる話をしたと思うんだけどなあ。君と同じくらいの王女様なんか、魔力があるって分かった時はそれはもう大はしゃぎだったてのに」


当然だが呆れられた。


「魔法は凄いぞ。適正次第だが、私のように医者にもなれる。火や雷を操り魔物を根絶やしに出来る。水や土を操り人を助けることも出来る」

「火、雷、水、土……」


そう言われてみると確かに凄い気がしてくるが、そうした適性を持つ魔法使いは、あの日の己を同じように助ける事が出来たのだろうか?

少女を巻き込むことなく、男に勘付かれる事も無く、密室空間にいる敵を射殺する事は出来るのだろうか。

……まあ、普通の銃で同じことをするのも不可能だろうけれど。普通の魔法でも同じように助けるのは不可能に思えてならなかった。


それでもソワレが銃を学ぶのは、あの時確かに銃声が聞こえたからだ。それこそ自分が今使っている銃が奏でる小気味良い音があの地獄の中でも聞こえたからこそ、ソワレはあの攻撃を「銃」によるものだと考えている。

しかし――ここでソワレは10歳の思考回路をフル回転させ、現実と理想の剥離を認めた。


狙撃こそそれなりに上手くなってきたが、あの不可視の狙撃には程遠い事を改めて認識する。普通の銃、普通の弾丸で距離のある対象を仕留めた所で自慢にもならない。


ソワレが目指す所はそんな陳腐なものではない。


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そうでなくては、あの日起きた奇跡の実在を証明できない。

他でもない、不可視の射手によって命を救われた自分がやらなくてはならない。あの奇跡を見ているのが自分だけだなんて、あってはならない事なのだ。


そうだ、そのためなら「不思議な力」を使う事も辞さない。

急に黙ってしまったソワレを気遣うように見つめている女医に視線を返す。


「……ん、わたし、魔法がなんなのか、良く知らない」

「……えーと?」

「どんな事ができるのか、教えてほしい」



さあ、まずは知る事からだ。

狙撃に活かせそうな魔法を探す事からまずは始めよう。

姿の見えない後ろ姿を脳裏に浮かべて、鼻息荒く女医に詰めよった。

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