障壁に弾丸:無駄遣いを意味する諺。または何の役にも立たないことを繰り返すこと。
非番の日にはお菓子を届けに来たり、
仕事の合間を縫って話をしに来たり、
夜眠る前には絵本を読んでくれたりと、
世話焼きが多い騎士団に囲まれて、少女はすくすくと育った。
良く食べて良く寝るを繰り返した少女は、今までの分を取り戻す勢いで成長を遂げていた。
言葉と文字を覚え、街を歩き、国を見て、世界の広さを知った。
2年掛けて子供らしい肉付きになってから早3年、少女は10歳の誕生日を迎えていた。
*
5年経ども憧れはくすむ事無く、あの日の鮮烈な光景は少女の記憶に焼き付いていた。
今でも夢で時折見るほどだ。
だがその反面、彼女にとっては面白くない事にその日の奇跡を何かの見間違いだとか、何かタネがあるんじゃないかとか、そういう不届き者がいる事も確かだ。
あの瞬間、何が起きたか分かった瞬間の彼女の衝撃を共有できるのは、彼女しかいなかった。
「これじゃ、だめ」
この5年間で覚えた拙い言葉で、少女はいつも一緒にいてくれる者に相談する事にした。
親、という存在らしい。意味は知っているが、物心ついた時から天涯孤独であった少女にそれを実感する事は難しかった。
「何がダメなの?」
「みんな、奇跡を信じてくれない」
「奇跡って……」
言葉を話せるようになってから、少女は事あるごとにそれを言っていた。
己が救われた一つの銃声、不可視の射手、銃痕さえ残らない摩訶不思議な"必殺"についてを恋する乙女のように繰り返した。
あの死体を検分した副団長と団長からしてみれば、少女の言葉が全て真実なら、密室空間にいた男のこめかみを狙う事の出来る武器と狙撃手がいる事になるので、どちらかと言えば信じたくはないというのが正直な所だったが。
死体を見ていない一般の団員からしてみれば、極限状態で見た少女のまやかしだろうと考えてもおかしくはない。
「だから、えっと……あれを知ってるわたしが、その存在を証明しなくちゃならない」
「つまり?」
「……射撃……狙撃を習いたい」
栄えある10歳の誕生日にまさかそんな事を言われるとは思わなかっただろう副団長は面食らったが、彼女もこの5年で結構な親バカになっていた。
可愛い娘の滅多にない我儘をどうにか叶えたいと仕事の合間を縫って何とか手続きを取り、書類を貰った同僚には変な顔をされ、団長には呆れられたりなどとした。
そうした経緯があって、少女が初めて銃火器を手に取ったのは、誕生日から1週間後の事だった。
持たされた狙撃銃は魔法による軽量化と反動軽減が遺憾無く発揮された一級品で、購入するとなれば副隊長の半年分の収入が吹き飛ぶようなものだったが、それはそれ。
騎士としての権限を活用し、その他の団員の協力もあって、屋内練習場から持ち出さないことを条件にして少女に銃が貸し与えられた。
その生い立ちからか表情に乏しいはずの少女も、これには目を輝かせて小さく飛び跳ねていたのを何人もの団員が目撃していた。
「ああ、ソワレ。早速試し打ちにいくのか?」
副団長に連れられて射撃場に案内される少女を見掛けた団長が声をかける。
上機嫌な少女はその言葉にくるりと振り向いて、「うん」と気持ち上ずった声で返事をした。
「そうか、扱いには気をつけろよ」
「うん」
上ずってるというよりは、喜びの極みにあって上の空なのかもしれない。
一抹の不安を抱えつつ、「まあ子供ならそういう事もあるか」とその小さな背を見送った。
物騒な武器を抱きつつ、少女――ソワレは上機嫌なのを隠そうともせず、母親の背について歩き去って行った。
この時の騎士団の総意として、少女が銃を欲しがるのは、"自身を救ってくれた(と思われる)武器に憧れている"ためだと考えた。
気持ちはわかる。騎士団に所属している者は大小あれ、剣や魔法を駆使して戦う先輩騎士に憧れて騎士を志した者も多くいるからだ。彼らも子供の頃は我武者羅に剣を振ったり、魔力の存在を知らずに適当な呪文を唱えて騎士の真似事をしていた。それを考えればソワレが銃を使ってみたくなっても仕方がない。
……そう考えつつ、誰もが声には出さずともソワレの事を心配していた。
さて、実のところ狙撃技術の習得は一般人が考えるより困難を極める。
日々の基礎練が嫌になり、「剣より楽だろう」と考えて手を出す輩がたまにいるのだが、いざ戦闘と鳴った時、多くの場合引き金を引いて相手の急所を撃ち抜くよりも、実際には剣を振り回して突進する方が早い。
考えてみても欲しいのだが、相手が気づかない位置から一方的に攻撃できるのならともかく、面と向かい合った盗賊や魔物が急所を狙いやすいように棒立ちな訳がない。命の奪い合いで銃を構えて狙いをつけていたら余りにも遅すぎる。
では相手が反応できない速度で早打ちできれば……と考える者もいるが、そもそも遠距離攻撃ならこの世界には魔法がある。簡単な攻撃魔法なら銃よりも早く放てる上、殺傷能力も同程度と、遠距離攻撃として比較した時に銃に優位な点が存在しない。
とすると銃を習う者は必然的に「魔法の才が無く剣の修行を諦めた者」が多いのだが、次に問題となるのがその攻撃性能である。
専用に作られた弾丸でもない限り、なんと子供でも使える簡単な防御魔法に止められてしまうのである。
もちろんどんな弾でも直撃すれば身体に風穴を空ける威力ではあるが、魔力を用いた防御の前では完全に無力という無情な真実。
最終的に誰もが諦めて剣を振る事になるのだ。
言ってしまえば、この世界において銃火器とは不遇な武器なのである。
それこそ、子供でもわかるほどに。