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騎士団にて

救出された少女は昏々と眠り続けた。

医師によれば重度の疲労と栄養不足による昏睡状態との話で、根本的に回復魔法のみでは解決しない状況という話だった。

一方で、身体には暴行された跡が無数にあり、5歳とは思えないほどに筋肉が未成熟であった事から、環境の悪い所で監禁状態にあったというのは誰の目から見ても間違いなかった。


少女は国の管理する騎士団の下で正式に保護された。

また、陽の殆ど入らない路地裏では少女が脱出したと思わしき隠し地下牢と死体が見つかった。

死体はすぐさま防腐処理が施され、騎士団の団長と副団長に引き渡された――が、両名が注目したのはその顔ではない。その死因と思わしき傷だった。


「綺麗すぎるな」


端的に言って、銃創と断ずるにはその傷は綺麗すぎた。

まるでバターに棒を突っ込んで穴を空けたように、抵抗無く左から右へ貫通している。

頭蓋骨から中の脳に至り、その先の頭蓋骨と皮膚を通り抜けている。

職業柄死体を見慣れていても、これほど異質な死体を見た事が無かった。


「魔法武器でしょうか?」


副団長が予想される可能性を呟くも、「それは無いと思いたいがな」と苦々しい顔で団長が返した。


「これが仮に魔法武器だとして――少なくとも俺が得られる情報の範囲に、人体にこれほど綺麗な風穴を空けられるような武器は存在しない」


それ以前に、と彼は脳内で受けた報告を引っ繰り返す。

少女が監禁されていた環境とこの男が倒れていた場所、それらを考えると明らかにこの傷はおかしい。


唯一の出入り口という扉が閉まっていたと仮定するなら、その時監禁部屋には「少女」と「男」に加え、「男を殺した第三者」がいたという可能性がある。

だが死体の傷を見ると、弾が通った道は男の視界外である。すぐ隣で銃を構えた第三者に対して振り向かない、と考えるのは不自然に過ぎる。

何らかの魔法によって気づかなかった、そもそも男も少女も第三者の存在を感知していなかったという可能性の方がまだ現実味がある。


まさか、地下にある密室空間に存在する人間の急所へ狙撃できる武器があるなど、ましてやそれを扱う事の出来る存在がいるなどとは考えたくもなかった。

要人を警護する事もある騎士団からしてみれば堪ったものではない。

そんな存在から、どうやって人を守れと言うのか。


「とにかく、この件は俺の方から上に報告しておく。お前は――」


一見すれば熊にさえ間違われかねない大男である団長は、己の視線の下にいる副団長にくるりと振り向いた。


「あの少女を気に掛けといてくれ。同性でないと気づけない事もあるだろうからな」

「了解致しました」


団長の信頼に対し、騎士団の紅一点は真剣な顔で敬礼を返した。



*



少女は3日の間眠り続けた。

余りの音沙汰の無さに、その事情を知る騎士団の面々は口々に「大丈夫なのか」「医者を呼ぶか」「病院に運んだ方が」と副団長に声を掛けるも、副団長の内心の不安を押し殺した「心配しないように」との一言で沈黙せざるを得なかった。

外見年齢を弄れる魔法が、失伝したものも含めて複数存在している事が分かっているだけあって、この国では例え子供であっても内心が分からない者に情を持つなど騎士としては失格である。念には念を入れ、眠り続けている少女には魔法による検査を実施してはいるものの、それさえも騙す魔法が仕込まれている可能性は0ではない。


それが分かっているからこそ、副団長は他の面子の上に立つ者としての見本として、心乱さず少女の正体を見極めなければならなかった。団長の「気に掛けといてくれ」とは警戒の意味も含まれている事を彼女は察していた。


3日後に目覚めた少女にも、まずは副団長が面会した。

――が、ここで問題が発生する。


「……?」


少女は、喋れなかった。

喋れないどころか、文字も読めないようだった。恐らく副団長の言葉さえも理解できていないだろう。

最初は恐怖と混乱で喋る事ができないのではないかとも考えたか、どちらかと言えば、少女はこの状況を薄らを理解はしているようだった。

だがそれを表す手段を持ち合わせていなかった。


これを知った団長は、少女が事件の当事者であり且つ素性の確認が急務と踏んだ上で、国が管理している【読心】の魔法使いに協力を依頼した。

その名の通り心を読む事が出来る非常に強力な魔法である。幾ら外見を変えようが考え方までもが一瞬で変化できるはずもない、素性確認には打ってつけの魔法であった。


依頼された魔法使いによる読心の結果、少女の心には監禁していた男の死の瞬間が根強く残っているとの事だった。男の死に伴う解放感と、自由への渇望感が強く発せられていて、他には「生きている」という事実への感動と、「今はどういう状況なのか」という疑問が占めている、という事だった。

それに団長は難し気に考え込むような顔をした後、1つ質問をした。


「男とあの子以外には誰もいなかったのか?」

「はい、彼女の心には自身と男の事しかありませんでした」


更に難し気な顔になった団長だったが、消耗が大きいらしい【読心】の魔法を連発させる訳にも行かない。魔法使いが帰ったのを見届けると、副団長を呼んで少女の今後について切り出した。


「あの子はこのまま騎士団で預かる方針を取りたい」

「孤児院に預けるのではなく、ですか?」

「ああ」


驚いている様子の副団長を見返す。


「犯罪に限界まで巻き込まれてるからな。可能な限り騎士団(ウチ)で面倒を見ておきたい」

「良い考えかと思いますが、どういう処理をするのですか? 下手に騎士団名簿に加えるのは賛成できませんが……」

「ああ、それも考えたんだが……副団長」

「はい?」

「養子縁組とか……興味ないか?」



難しい処理は団長と関係者が全部やるらしいので、自分は少女の世話をすればいいらしい。

副団長は突如自分の娘となった少女が猛烈な勢いで食事をしているのを寝具の横で眺めていた。

今まで取れなかった栄養を補充しようと考えてるのかもしれない。


「……」


ボロボロの状態で宿舎に運ばれてきたときは心を痛めたが、こうして口いっぱいに食事を頬張ってるのを見ると愛らしく見えてくるから不思議である。


「これからよろしくね」


楽し気な副団長の言葉が少女の食事に紛れて消える。

それが聞こえたのかそうでないのか、きっと聞こえていても意味を分かっていない少女は、マイペースに次のお代わりを要求していた。

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