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地獄からの解放


――それは、幼き少女の目の前で起きたある日の奇跡。


360度を壁で囲まれた閉塞的な地獄の中で雷光の如く響いた()()と共に、右から左に掛けて頭を撃ち抜かれた男が目を見開いたままその生涯を閉ざした。

その光景はまるで夢のようで、現実味が無くて、少女は己が幻を見ているものだと思ったほどだった。

しかし少女の目の前で、今まさに殺傷能力のある短剣を振り上げ、その身体に傷を付けようとした男は僅かにも動かない。男は確かに絶命していた。


出入り口が扉1つだけ、小さな窓さえも無い密室空間で発生した有り得ない現実。

周囲には拳銃どころか、飛び道具1つさえも転がってない。いいや、もっと言うのなら弾痕1つとさえ彼女は見つけられなかった。

銃弾と思わしき傷が男の頭に風穴を開けている事は確認できるのに、その場所に殺傷能力のありそうな武器はそれこそ男の握る短剣くらいしか無かった。


余りにも不可解なこの現象を、その時の彼女は解明する事を諦めた。

栄養不足でふらつく視界と四肢に叱咤を入れ、男の死体から鍵と短剣を拝借する。物心ついてこの方物を掴むという動作を殆どしたことがない指では鍵1つ摘まむのにも困難を極めたが、嫌が応にも実感する"自由"への執念じみた渇望が彼女に鍵を握らせた。





扉を開いた先に広がるのは十数段の階段。

両手両足を使いつつ、息を切らせながらその先へ、先へと登っていく。

登った先の扉にも鍵が掛かっていたらどうしようもなくなっていた所だったが、幸運にもその扉には鍵は掛かっていなかった。


扉が開く。

光と暖かさが彼女を照らした。

それが太陽と呼ばれるものである事さえも彼女は知らなかった。ただ、感じた事の無かった温もりに自然と気が緩む。安心感と脱力感が同時に来て意識が落ちてしまいそうになる中、最後の力を振り絞って人のざわめきが感じ取れる方向へと足を進めていく。

少女は外の世界の事を何も知らなかったが、その時は「少しでも同族(ヒト)が多い場所に行った方が良い」――という、動物的な本能が働いていたのかもしれない。


声を掛ける事は叶わなかった。助けるを求める事は叶わなかった。

視界一杯の人間が見えたのを最後に、彼女は力尽きて意識を失った。

ともすれば誰もが気づかずそのまま息絶えていた可能性もあっただろう。

いや、誰かが気づいたところで面倒事と判断され見捨てられていた可能性もあったに違いない。


しかして、彼女は幸運だった。

意識を失ってから5分もせぬうちに、その身は力強い両手によって抱えられていたのである。


「宿舎に医師を呼べ、金が掛かっても構わん。この身なりだ、感染症や呪いの類の実験台にされていてもおかしくない」

「既に王宮専属の医師に依頼済みです」

「報告は?」

「宿舎待機中の副団長に念話にて報告済みです」

「よし――この子は一先ず俺が預かる。他の者はこの周辺を徹底的に洗い出せ。この子が今まで何処にいたのかを調べろ。場合によって魔法の行使、抜剣を許可する」

「はっ!」





――夢の中で、少女はあの銃声と訪れた奇跡を繰り返し見ていた。

悲鳴さえも遺させない鮮やかな"必殺"、幼き彼女はその極地を見ていた。

姿も見せず、自身を地獄から解き放ったその存在に畏怖と憧憬さえも抱いた。


この日――齢にして5つの少女は、正体不明の射手の存在に魅入られたのだった。



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