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監督の死

 それから僅か二週間後、耳を疑う報道があった。勇美監督が謎の自殺を遂げたのだ。「マル廃の女」は幻の次作となってしまった。妻に残した走り書きのような遺書が残されていただけだったので、衝動説、病気説、脅迫説、他殺説などの諸説がワイドショーを賑わわしたが、どれも確証のない憶測にすぎなかった。有名人が自殺することは珍しくなかったが、取材に協力したばかりとなるとショックは大きかった。

 「ぜったい産廃業者に殺されたんですよ。そうに違いありません」喜多の嘆きぶりは尋常ではなかった。

警察が事件性はないと発表し、報道陣をシャットアウトした身内だけの密葬が行われた後、話題は急速にしぼんだ。ところがその矢先、不思議なことに訃報を待っていたかのようにJHKが勇美監督の緊急追悼番組を放送するといって事務所に取材に訪れた。ディレクターの蓑茂は勇美が次作のために産廃の資料収集を進めていたことも犬咬の現場取材をしたことも知っていた。「マル廃の女」のクランクインを前提に映画制作プロセスを追跡したドキュメンタリー番組を企画していたのだと説明した

 「自殺の原因については触れないつもりです」聞かれる前から蓑茂は釈明した。

 蓑茂は現場には行かず勇美を現場に案内したときの思い出を語った仙道のインタビューを収録して帰った。じっくりと取材を進めるのがとりえのJHKには珍しく放送を急いでいる様子だった。勇美の訃報を受けてそれまで撮りためてあったビデオを使って俄か仕立ての追悼番組を企画している様子がみえみえだった。

 早くも数日後には緊急特別番組がゴールデンアワーに放送された。勇美が取材を進めていた不法投棄問題を解説するビデオが冒頭に流れたが、情報不足のせいか勇美本人が見たら怒り出したに違いない浅い内容だった。仙道のインタビューは残念ながら編集で数秒に割愛されてしまっていた。ところがなんと天昇園土木の持田のインタビューがたっぷりと時間をとって放送された。これにはびっくりだった。

 「産廃業者は悪い業者ばかりじゃない。まじめに取り組んでいる業者もいるんです」持田は善良な業者面をして登場し、偽善者そのもののコメントをいけしゃあしゃあと述べた。持田は産廃業界を代表するような人物ではなく、それどころか許可業者ですらなく、見ようみまねで自社処分場を開いただけのほとんどなんの実績もない素人だった。蓑茂ディレクターはよほど焦っていたのか、持田の経歴を調べもしなかったのだろう。

 放送の翌朝一番に許可を取消されたシルバーコードの末吉元社長が事務所に顔を出した。「ねえ昨日のJHKの特番を見た?」

 「ええもちろん。それをおっしゃりにわざわざ犬咬まで来たんですか」応対した伊刈が言った。

 「まあご挨拶ね。それはそうとショックで持田さんの中学生の娘さんが家出しちゃったそうよ」

 「どうして」

 「中学生にもなれば父親が嘘つきなのは知ってたでしょうし、友達に合わせる顔がないと思ったんでしょう。感受性の高い年頃だもの」

 「シルバーコードは再建されないんですか」

 「県庁に許可を取消されたのにどうやって再建するのよ?」

 「施設は残っていますから再建は可能ですよ。別会社を設立して許可申請してもいいでしょうし売ってもいいでしょうし」

 「あなたそんなことどうして教えてくれるの? あんな会社ないほうが世のためだと思わないの?」

 「僕は世の中をよくしようとは思っていません。それよりも今自分の目の前にいる人に最善のアドバイスをしてあげたいんです。それくらいのことなら僕にもできそうですから」

 「あなたすごいことを言うのね」お千代さんは目を丸くして伊刈を見返した。

「実は買い手がないこともないのよ」

 「まさか持田さんじゃないでしょうね」

 「あの男は口ばっかりよ。買いたそうな素振りはあったんだけど許可が取消されると知ったらさっさと逃げたわ。根性なしの玉なし男よ。まだしも別かれた旦那のほうが不法投棄はやってても甲斐性があったわ」

 「どこに売るつもりなんですか」

 「大阪の会社なの。医療系のできる炉を探してるんですって」

 「へえそうですか」大阪と聞いて伊刈はちょっと眉をしかめた。

 「ねえ、いくらで売ったらいいかしらね」

 「許可があったころの年商の半分くらいでいいんじゃないですか」

 「あんなボロな炉がそんな高く売れるの? ただの鉄くずだと思ってた」

 「まだ設置許可は取消されてませんからね。すぐに操業再開できますよ」

 「そうなんだ、へえ勉強になったわ。県庁じゃそんなことおくびにも出さないからね」

 「撤去してくれたお礼ですよ」

 「あんた県庁からの出向なんだってね。それにしては変ってるねえ。あんたみたいな人初めてだわ」

 「怖いもの知らずだから」

 「ううん違うわ。あんた怖いわ。あたし初めて役人を怖いと思った。お礼にさ、ほんとのこと教えてあげる」

 「なんですか」

 「ほかでもない勇美監督のことだけどさ、やっぱ殺しだって噂よ」

 「ほんとですか。どうせガセでしょう」

 「違うわよ。蛇の道は蛇でしょう。警視庁は動かなかったけどね、かわりに栃木県警がいろいろ産廃関係を嗅ぎ回ってたって。向こうにさ、やばい業者があったんじゃないのかな。あたしらなんかさ可愛いもんよね」

 「つまり取材先とのトラブルってことですか。まさかそこまでしますか」

 「他言はなしよ。こちらの警部補さんにも内緒にしてよね」お千代さんは伊刈に頬を寄せるようにして呟いた。意外にさわやかな柑橘系の香水が伊刈の鼻腔をなぶった。それからほどなくして廃墟となったシルバーコードの承継届けが提出されたと県庁から噂が聞こえてきた。

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