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ファザコン

 「お兄ちゃん最近なんだか愉快そうじゃない」高校生のゆかりが兄をからかった。

 喜多は自宅のソファにかけて勇美監督の色紙とサインをもらった映画のパンフレットをためつすがめつしていた。作り付けのボードをはさんで二十畳のリビングと十畳のダイニングが連なった贅沢な部屋だった。

 「なあこれ誰のサインかわかる?」

 「知るわけないよ。もしかして主演女優のだったりして?」

 「こんな無骨な字が女優のサインのわけないだろう。監督の色紙だよ」喜多があんまり欲しがるので技監が譲ったのだ。

 「なんだがっかりした」

 「冗談じゃないよ。これはプレミアムものだぞ。パンフの方は目の前で書いてくれたんだ」

 「お兄ちゃんおかしいよ。本人が書いたからサインて言うんでしょう」

 「勇美監督くらいになると偽物も出回ってんだよ。だけどこれは本物」

 「ばっかみたい。でもさ最近仕事のこと腐らなくなったよね。お父さんが喜んでたわよ。せっかく苦労して市に入れたのに他人事みたいな顔してるってぼやいてたのよ」

 「試験受けたのは俺だろう。なんで親父が苦労すんだよ」

 「裏口とかじゃないの」

 「ばかいえ。今は公務員試験だってコンピュータ集計なんだ。裏口なんかあるかよ」

 「ま、いいけど。それよりさ、お兄ちゃんほかにもあたしにカミングアウトすることない?」

 「なんにもないよ」

 「じゃ言うけど、あたしのダチをナンパしたでしょう」

 「は?」

 「しらばっくれて。エリよ。スローライフでバイトしてるエリ。あの子ね、あたしの同級生だからね」

 「嘘!」喜多は危うく大事な映画のパンフレットを落としそうになった。

 「今日話しててびっくりよ。エリをナンパしたオヤジがお兄ちゃんだなんて」

 「ナンパなんてしてねえしオヤジじゃねえし」

 「お兄ちゃんの手口全部聞いたからね。東都大だって自慢したでしょう」

 「うんそりゃまあ」

 「きったない。大学の名前でナンパなんて最低。ほかに自慢することないの」

 「だって」

 「今度そのきったないサインでナンパしたら」

 「で、エリちゃんなんだってよ」

 「別に。あたし関係ないから。でもね高校生と付き合ってるなんてお父さんが聞いたらなんて言うかなあ」

 「おいおまえ」

 「そのパンフレットいくらで売れんの。もしかして十万くらいになるかな」

 「だめだよこれは。値段じゃないよ」

 「お兄ちゃん冬のボーナスは満額出るんだよね。それでさエリと三人でスキーに行こうよ」

 「おまえスキーの計画まで聞いたのかよ」

 「だって公務員がさ、高校生と二人でお泊まりはどう考えたってやばいっしょ。誰が見たって援交よね。エリって母子家庭でさ、いろいろ大変なのよ。それにつけこんでお兄ちゃんがお小遣いをあげて」

 「おいよせよ」喜多は自宅にもかかわらずきょろきょろと目を泳がせた。

 「援交がばれて市を首になったらさ、たぶんお父さんの事務所にも入れないかもよ。そうなったら仕事も愛人も家族も全部失ってホームレスね。だけど可愛い妹が一緒なら、お泊りだってなんも問題ないわよね」

 「口止め料いくらなんだよ」

 「あたしね、お金には困ってないから」

 「なんで」

 「お兄ちゃんよりかお金持ちと付き合ってっから」

 「おまえなあ」

 玄関の扉が開き税理士の父親が年末が近付いているこの時期にしては早目に帰宅した。市内髄一のやり手税理士との評判にたがわぬ長身で見栄えのする紳士だった。仕事柄目を使いすぎたせいなのか年齢のわりに白内障が進み黄斑変性まで発見されたため、最近は仕事を控えめにして目をいたわるようになっていた。喜多が税理士事務所を早く継ぎたいと考えるようになったのも父親の健康状態を考えてのことだった。

 「あ、やばい」紫は逃げるように二階の自室に戻った。

 「おい、ちょっと待て。話がある」妹の後を追って逃げようとした喜多を父親が呼び止めた。

 「なんですか、お父さん」

 「まあ座れ」

 「はい」

 「ほかでもないおまえの仕事のことだ。来年市を辞めるのはやめろ」

 「どうしてですか」

 「ゴミじゃキャリアにならん。来年財務課が税務課に動かしてもらうよう市長に頼んだから、もう一、二年がんばれ」

 「もしも市に残るんだったら環境事務所のままでいいですよ」

 「何言ってんだおまえ」

 「環境もおもしろいですよ。始めた以上はやりとげる。それも大事じゃないかと思うんです」

 「ほう気の聞いたことを言うようになったな。だがなもう市長には頼んだんだ」

 「じゃ断ってください」

 「そんなことできると思うか」

 「とにかく今は環境が気に入ってますから」喜多はそれ以上話すことはないとばかりに立ち上がった。

 「まあいい。おまえが本心からおもしろいというならそれに越したことはない。だがなゴミは今年かぎりだ。あんな連中にいつまでもかかわると事務所の評判まで落ちる。わかったな」父親は階段を昇っていく息子の背中に声をかけた。 

 「ゴミじゃないです。産廃です。オヤジ、産廃の処理は立派な産業ですよ。きっとキャリアになります。僕が税理士になったら日本一の産廃税理士になるかもしれませんよ」喜多は階段に立ち止まって吐き捨てるように言った。父親はびっくりしたようにわが子を見上げた。

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