07 異世界都市カーン
自宅に戻ってから異世界の出来事を報告し、街に行きたいと相談する。異世界でも日本語でコミュニケーションが取れるし、今なら知り合ったレナルドが案内してくれそうだと話した。
結局親父が折れる形で許可が出た。異世界人と話が出来るのであればと、しぶしぶ承諾してくれた。
母さんは思ったより積極的で、昔行ったことが有るパリやモンサンミッシェルについて熱く語っている。出来たら一緒に行きたいと言っているが、もちろん父が許す訳もなく、がっくり肩を落としていた。
明日に備えて急いで準備だ。向こうに行っても目立たない食べ物や道具を選ばなければならない。
王国、これからは異世界を王国と呼ぶ。正式には何々王国のはずだが、レナルドが何度も王国と言っていたのでそれで良いだろう。
王国に持ち込む物は、武器のやり投げ用の槍、ダンジョンで手に入れて手洗いした防具と服、サンダル、食料の携帯食、ステンレスの水筒、師匠の所に有った金貨、銀貨を10枚ずつ。
朝早く地下鉄で公園前駅に向かい、着替えをロッカーに入れる。怪しいコスプレなのですごく気になる。布製の合羽を着て誤魔化しているが、公園を歩くのにはちょっと無理が有った。
今日は自衛隊の活動が有る日なので、入口の魔法陣は使えない。
公園のトイレからノルマンディ32の地下1階に移転する。王国では、ダンジョンの場所と、何番目に発見されたかの番号が付く。港区につながっているのがノルマンディ32ダンジョンだ。
無事に地下1階の魔法陣に着いたので、出口へと向かう。まだ朝が早いと思ったがダンジョン前の広場には多くの人達が居た。
広場を抜けた先に、“のるまんでぃ32のやど”と書いてある看板を見つけた。フランス語、こちらでは王国語の下に日本語で併記されている。
中に入ると、カウンターにお爺さんが居たので声を掛ける。
「ちょっと聞きたいのですが、大丈夫ですか」
「共通語、少し、ナニ」
片言だが、なんとか通じるらしい。
「泊っているジャンとレナルドは居ますか」
「はい」
「ケーゴが来たと伝えてください」
「はい。ちょっとマッテ」
そう言ってお爺さんは階段を上がって行く。フロントはどうするんだと思ったが、他に客は見当たらないので良いのかもしれない。
しばらく待つと、昨日の2人が降りて来る。たぶん 「ボンジュール」 と言って来たので、「ボンジュール」 と返しておいた。
ジャンの怪我は良いらしく、普通に歩いている。
「少し早いですが、馬車の発着場に行きましょう」
レナルドに従って、広場へと出た。
ダンジョン入口の反対側に大きな馬車が2台並んでいる。ジャンが御者と交渉しているが、何を言っているかさっぱりわからない。馬車には“カーン-ノルマンディ32”と、“ブリオウェレ-ノルマンディ32”と書かれた木札が付けられていた。カーン行きとブリオウェレ行きがあるらしい。
「出発時間より早いですが、10人になったので出発です。あと、カーンまでの馬車代はお任せください。お礼です」
「それはありがとう」
馬車と言っても荷馬車を改造したらしく、トラックの荷台に幌を被せて、左右に長椅子を括り付けた物だった。左側に空いた席にジャンが座り、右側にレナルドと俺が座れば一杯になった。足元に荷物が置いて有るので、大分窮屈だ。
「カーンは初めてですが、どれ位かかりますか」
「夕方には着きます。今日は出発が早いので早く着きます」
それからカーンの街、パーティについて、最近の出来事などを聞く。師匠の資料は王国の人達の暮らしなどは何も載っていなかったので、レナルドの話はとても勉強になった。
話の中に、上級冒険者の行方不明事件が有った。
去年の9月頃、ノルマンディ32の地下27階のダンジョン移転魔法陣が使えなくなったので、5人のパーティが調査に入ったがそのまま帰って来なかったらしい。
自衛隊と遭遇した人達と特徴が似ていて時期も同じだ。一人でも帰って来ていれば話題になっているはずなので、このパーティの可能性が高い。
地下27階のダンジョン魔法陣を使っている俺としては少し不思議な感じだが、日本とつながって何かが変わったのか、リセットされたのかもしれない。
魔法陣は、上に乗ると生命の腕輪が認識して移転できる仕組みだ。工学的に表現すると、腕輪が制御系、魔法陣が動力系の役割だろう。まあ、俺が考えてもわかる訳が無いな。
話に夢中になっていたのか、あっという間にカーンに到着する。カーンの街は、3メートル以上の高い城壁で囲まれていた。
門番が一人一人、生命の腕輪をチェックしている。生命の腕輪は、悪い行いをすると色が曇って、人殺しなどをすると黒くなってしまう。犯罪者を入れない為にチェックしているので、腕輪が金色の俺は大丈夫だ。
城壁の中は、ヨーロッパの田舎って感じだ。ただし、全体的に薄汚く、わずかに悪臭も漂っている。道は石畳で出来ているが、道路脇に馬の糞や生ゴミが散らばっていた。この状態は想像出来なかったので、少し後悔した。
思ったより汚いとレナルドに言ったら、カーンはこんな物だと返される。隣のブルターニュ領はもっと綺麗だったと教えてくれた。
レナルド達と別れて、この街一番の宿屋へやって来た。
風呂が有るのは一番良い部だけで、料金は金貨1枚だったが、遠慮なくその部屋を選んだ。前金を要求されたが、この格好では致し方ない。食事はルームサービスが有るらしいのでお願いした。住所や名前を記入する必要は無く、腕輪を確認されただけだった。
2階の部屋に案内される途中で、この街を案内してくれる人はいないか聞いてみた。
「領主館事務所で聞く方法と、ギルドに依頼する方法が有ります。
ギルドに依頼する場合は料金が掛かります。簡単な内容であれば、宿の者をお付けしますがいかがされますか」
「専門的な話ではないので宿の人にお願いしたい。今晩と明日一日で、銀貨2枚でどうだろうか。案内は共通語で頼む」
銀貨1枚が万札位の相場と思っていたので、2万はちょっと安いかなと思う。交渉にもよるが、4、5枚位までならOKだ。
「承りました。銀貨2枚を出して頂けるのでしたら客室筆頭をお付けします。少々お待ちください」
銀貨2枚は思ったより多かったらしい。
直ぐに表れたのは、金髪の若くて綺麗な女性だった。若いと言っても俺より少し上な感じがする。
「お客様、客室係りのマリエッタと申します。本日はご用命いただき有難うございます。
本日と明日のご案内をさせて頂きます」
「王国に来たばかりで、カーンも初めてなんです。よろしくお願いします」
「お客様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「それは失礼しました、ケーゴと言います」
「ケーゴ様ですね。よろしくお願いします」
しばらくこの街や王国について、雑談を交えながら聞かせてもらう。夕食が来たので今日は終わりにした。
次の日、マリエッタさんに街の中を案内してもらった。
冒険者ギルド、魔法ギルド、商業ギルドなどのファンタジー世界でお馴染みの組織や、領主館などを見て回る。中世ヨーロッパを意識していたのだが、魔道具と言われる機械はとても進んでいて、照明装置やコピー機なども存在していた。
街の中にお土産屋さんなど無いらしく、父には夕食で飲んだワインが美味しかったのでそれと同じものを2本購入し、母さんにはアクセサリーを何個か購入する。思ったよりも安かったので、目に付いたものを色々購入していたらマリエッタさんに「お店でも始めるのですか」と真面目に聞かれてしまった。
もう一日宿に泊まってノルマンディ32ダンジョンに向かう。来る時とは違い、話し相手が居なかったので馬車の中はとても退屈だった。
しばらくダンジョンで探索をして時間を調整し、暗くなってから日本に帰った。
今回の成果をまとめたので記す。
1.生命の腕輪。
王国民は、3歳で生命の腕輪を付ける。無料。
生命の腕輪が無いと領内に入れない。
生命の腕輪でレベルが上がり、魔法やスキルを身に付けられる。
悪い行いで腕輪が曇る。
2.王国の様子。
中世フランスに近い。街は少し汚い。
魔法が発達し、魔道具が有る。
今回行った場所はノルマンディ子爵領の領都カーン。
金貨1枚が銀貨10枚 銀貨1枚が銅貨100枚。
3.魔法について。
収納魔法 アイテムボックスらしい魔法が有る。
領主館で取得可能 樽2個程度の広さで、金貨30枚 3級
馬車1台 金貨200枚 2級
王都で 馬車30台 金貨2000枚 1級
馬車1000台 金貨20000枚 特級
4.魔法石について。
魔法石は、モンスターを倒した時の魔力を貯める。
ただし、倒した武器の残魔力性と、生命の腕輪の吸収率が関係する。
王国では魔力の電池として使われている。
魔力100で金貨1枚の価値が有る。




