29 ティナ誘拐
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
暗い面持ちで迷宮探索基地に戻る。遺品が有ったので、探索隊のメンバーが死亡したのは確実だ。
内山田班長と別れた後、ティナの姿が見当たらない。彼女はパーティに入っているのでお互いの位置がわかるが、とても遠くに感じた。
再度内山田班長に連絡を取ると、ティナの行方がわからないと告げた。
職員の話だと、近くに有るゴルフ場へ食事に行くと言って出たらしい。ティナが見知らぬ土地で外に行くとは考えられないので、何だが嫌な予感がした。
ティナは、女性自衛官2人と自動車で外出している。同行した女性自衛官を確かめたが該当する人物は見当たらず、監視カメラや記録を確認したところ偽のIDだった。
内山田班長の顔色が変わり、急いで警務隊に連絡する。厳重に警備されている迷宮探索基地に、外部の人間が入ったとすれば重大事件で、外国のスパイなら最悪らしかった。
警察には警務隊から連絡が行き、捜査協力してくれる。航空自衛隊と海上自衛隊にも緊急連絡が出され、浜松基地から早期警戒機が、厚木基地から対潜哨戒機が飛び立ち、不審な航空機や潜水艦の調査に出るらしい。
外出したのが2時間以上前なのでとても心配だが、何だか大事になっていた。
ティナを感じる方向を地図と照らし合わせながら確認する。離れているので距離感が掴めないが、捜索範囲を決める重要な手掛かりだ。
「内山田班長、この地図と合わせると、甲府辺りが怪しいですね」
「わかった。急いでヘリを手配するから、少し待ってくれ」
ヘリコプターを待っている間にもティナの方向は少しずつ北に移動している。
「松本方面に向かっているのかしら」
「その可能性が高いな。内山田班長に知らせよう」
その後ヘリコプターが来たので、内山田班長、菜々美さん、俺が乗り込む。目的地を松本駐屯地にしたので、飛行時間は1時間だ。
その間に、長野県警やその先の新潟県警、富山県警へ情報を送る。ティナは車で移動しているらしく、中央自動車道、長野自動車道を走っている可能性が高かった。
松本駐屯地に着く頃には、ティナの反応がさらに北上して国道147号線か県道51号線を走っている。もしかしたら千国街道に入っているかもしれない。
「高橋君、一旦駐屯地で給油する。その後で、糸魚川に向かう」
「わかりました。よろしくお願いします」
松本駐屯地で給油後、糸魚川方面へと出発した。日本海に近づいた頃、ティナの反応が近づいている。この後、富山方面に行くのか、新潟方面に行くのか見極めが必要だ。
「どちらの方向にも行きませんね。止まっているのかも知れません」
内山田班長は、急いで地図を確認した。
「小さな漁港が有るな。海に出るのかも知れない」
「海だと、こちらが丸見えですね。俺を何処かにおろしてくれませんか」
「わかった」
内山田班長はパイロットと話し合った後、近くの陸上競技場を選んだ。
「高橋君は地上から港に向かってくれ。俺達はこのままヘリで監視する。
もうすぐ覆面パトカーが来るからそれに乗ってくれ」
ヘリコプターが駐車場に着くと、急いで降りる。俺がヘリコプターから離れると、再び飛び上がって行った。
駐車場の端に停まっていた黒い車から、2人の男性が向ってくると「自衛隊から連絡の有った高橋さんですか」と声を掛けて来た。
「はいそうです」
「新潟県警の鈴木です。漁港に向かいますから、車に乗って下さい」
「わかりました。よろしくお願いします」
漁港はすぐ近くで、2、3分で到着する。漁港にティナの姿は無く、乗り捨てられた小型トラックが有るだけで一足遅かった。彼女の反応は海から感じるので、沖に出た漁船に乗っているのだろう。
「鈴木さん、あの漁船を追うにはどうしたら良いですか」
「他に船は有りませんから無理ですね」
地上に降りたのは失敗らしい。俺が悔しがっていると、内山田班長から連絡が入った。
「高橋君、不味い状況だ。今、海自から連絡が入って、この海域に潜水艦がいるらしい。漁船から潜水艦に乗り移られたら手も足も出ないぞ」
「内山田班長、もう一度俺を乗せて下さい。ヘリから漁船にダイブします」
「また無謀な方法を考えるな。わかった、先ほどの駐車場に戻る」
陸上競技場の駐車場に戻り、漁船を追う。漁船の近くには、潜水艦の頭が出ていた。漁船の乗組員も俺達に気が付いて、何か叫んでいる。
「高橋君、あれは頭じゃなくてセイルって言うんだ。ほんとに飛び込むのか」
「はい。もう少し前にお願いします」
この前50メートルの崖から飛び降りても大丈夫だったから、これくらいの高さなら何とも無いと思い海に飛び込んだ。
かなり深く沈んだが、潜水艦に向かって浮き上がる。
潜水艦は動き出した所で、猛烈な勢いの海水が向って来た。
逃げられそうで不味いと思い、持っている魔法石の魔力が足りますようにと祈りながら、スクリューに向かって全力で土魔法の土壁を放つ。
ドンと言う凄い音がして俺の放った土壁が粉々に吹き飛び、辺り一面水しぶきで何も見えない。うまい具合にスクリューが止まってくれれば良いが、失敗したら後が無い。
焦る気持ちをどうにもできないまま視界が回復するのを待つ。
辺りが見えて来ると、漁船が沈みかけて、潜水艦も後方が沈んでいる様に見える。
何とか潜水艦の動きを阻止できたらしいが、このままでは沈むんじゃ無いかと別の意味で焦った。
急いで潜水艦まで泳ぎセイルの上まで登る。潜水艦の中に入るなんて、迷宮に入る時より緊張してしまう。2重のハッチを開けて降りると中は暗くなっていて、計器類が異様に明るく感じられた。
映画でよく見る潜望鏡が有る部屋だ。乗組員は皆ひっくり返って気絶し、中には血を流して危なそうな奴もいた。
ティナの反応が有っても見当たらない。ほとんどパニック状態で探していると毛布に包まれている物体を見つけた。
急いで毛布を剥がすと、黒い布袋が出て来たのでそれも開ける。
中にティナが入っていた。
気を失っているが、息をしているし、目立った外傷も無かったのでホッとした。MPはほとんど無いが、HPは半分くらいなので、薬を飲まされているかもしれない。先ほどの魔法石は何処かに行ってしまったので、別の魔法石を取り出してティナに治癒魔法を使った。
その後、MP回復薬を飲ませるが、魔力の無い所なので効果は気持ち程度だ。
「ティナ、大丈夫か」
「ケーゴ様。私は……」
「ティナは誘拐された。急いでここから出るぞ。立てるか」
「はい」
ティナを伴って外に向かう。先に外に出そうとしたが、彼女はミニスカートだったので俺が先に出た。細かい気配りが出来るなんて、少しは落ち着いたのかもしれない。
外では菜々美さんが乗ったヘリコプターが旋回している。俺が手を振るとワイヤーが下りて来たので、2人で一緒に引き上げてもらい無事救出が完了した。
「圭吾さんご苦労様。ティナも良かったですね」
「ありがとうございます。ケーゴ様に助けて頂いてほっとしました」
「詳しい話は帰ってからだ。皆ご苦労さん」
翌日の新聞に、新潟沖で中国の潜水艦と日本の漁船が衝突した記事が載っていた。
あの後、海上保安庁の巡視艇が現場に駆け付け、漁船と潜水艦の乗組員を救助した。潜水艦の乗組員は、18名が死亡し、40名余りが重軽傷を負っている。漁船の乗組員は消息不明で、本来の持ち主は乗っていなかった。
こちらの世界でも18人殺してしまったが、それなりに冷静でいられる。王国で、盗賊を殺した経験が有るので免疫が出来ているのだろうか。まさか、人殺しに慣れているなんて最悪だ。
ティナの話では、自衛隊の女性職員に車に乗せられた後に眠らされた。途中で目が覚めて抵抗したが、魔力が尽きた所でもう一度眠らされ、気が付いたら俺に助けられていたらしい。
「内山田班長、中国が仕掛けて来たのですか」
「何とも言えないな。中国軍の潜水艦が使われただけで、それ以外は全く不明だ。現時点で断定するには無理が有るだろう。
実行犯が死んでいる可能性が高いんだ。潜水艦の中に軍服を着ていない人間が2人いたので、漁船に乗っていた実行犯かも知れないが2人とも死んでいる。
あの海域に中国潜水艦が浮上するのは異常だ。中国軍以外の関与も考えられるが、艦長も死んでいるので原因究明に難航している。」
「犯人の目星は付かないんですか」
「怪しい奴ばかりだ。迷宮の恩恵に与っているのは日本だけだからな。
ティナさんが来ているのは秘密じゃない。日本政府や王国の情報を集めていれば自然と耳に入って来る。
ティナさんを餌に、何か企んでもおかしくないんだ。
中国やロシア、もしかしたらアメリカだってやるかもしれない。国じゃなくてもマフィアの線だって考えられる」
「日本政府はどうするつもりですか」
「潜水艦と漁船の衝突事故で片付けるだろう。実行犯が死んだのが痛いな」
「何だか釈然としませんね。ティナが危ない目にあっているのに」
「そう言うな。政府も苦しい立場だからな。あまり騒ぎ立てたく無いのだろう」
皆さんに読んでいただき、とても感謝しております。次回最終回です。




