最後の晩餐
今日は、ピザとかお寿司とかじゃなくてね。
いつも通りの夜ご飯にしたの。
そう言った妻の前の食卓には、肉じゃがや生姜焼き、シーザーサラダなどといった食べ物が置かれていた。
妻は申し訳なさそうに言った。
ごめんなさいね。今日はあなたの誕生日なのに。
俺は首を横に振る。
これだけで充分だ。
歳をとればとるほど、誕生日などいらなくてもいいと感じる。
2人は、手を合わせて「いただきます」をした。
生姜焼きの肉を一口食べた。
何かいつもと味が違う。
妻はそれに気づいたのか、こう言った。
今日はあなたの誕生日だから少し高いお肉にしたの。
おいしい?
俺は首を縦に振った。
そりゃあ、最愛の妻が作った料理が不味いわけがない。
肉じゃがも食べた。
これも美味しい。シーザーサラダだって、とても美味しい。
妻は満足そうによかったと言った。
今日はあなたの誕生日だものね。
妻は少し寂しそうに言う。
どこか様子がおかしく感じるのは気のせいだろうか。
ねぇ、あなた…あの時のこと覚えてる?
俺は首を傾げた。
覚えてないわよね。
まだ、私たちが若かった時…心霊スポットに行ったでしょ。
あれは、とても怖かったわ。
確か、廃トンネルだったわよね。
私、幽霊なんていないって思ってたけど…
あの時ばかりは信じたわ。
あ、ごめんなさい。あなたの誕生日なのに。
こんな話嫌よね。
俺はまだ首を傾げた。
え?全く思い出せないって?
そう…別に思い出さなくてもいいわ。
今日はあなたの誕生日だもの。
責めたりなんてしない。そう、責めたりなんか…
やはり、妻の様子はおかしい。
今日は俺の誕生日だから、だろうか。
あの幽霊、今はどうしているのかしら。
妻は自分の手を見つめながら呟いた。
その手には、紫色の痣がついていた。
ブブッブブッ
俺の携帯電話が震えている。
いいわよ。電話に出て。
俺は唾を飲み込んでから電話に出た。
「#&/_g&/g&&mpgtpdTgmS'ld'jmtrd」
何を喋っているのか、わからない。
変な雑音が、声みたいなものが聞こえてくる。
それは、ブツリと切れた。
俺は怖くなった。妻の言っていた幽霊なのだろうか。
顔を上げると、妻がいない。
俺は辺りを見回した。
妻は白い箱を持って戻ってきた。
さっきの電話のことを言おうと思ったが、やめた。
せっかくの誕生日が台無しだ。
少し早いけどケーキ、持ってきたわ。
誕生日といえばケーキよね。
無難にショートケーキにしたの。
え?何で包丁に赤いのが付いているの、ですって?
あら、嫌だ。って、これいちごのソースよ。
ケーキを切った時についたのよ。
蝋燭刺さないと。
これで、誕生日も終わりね。
ねぇ、あなた。
ケーキ美味しい?
俺は首を縦に振った。
そう。よかった。
最後の晩餐だものね。
俺は首を傾げた。
どう言う意味だろう?
妻は俺をじっと見た。
本当は気づいてるんでしょ?
妻は哀しそうに俺を見ている。
あなたは何者なのか、妻という私は誰なのか…あなたは覚えてる?
俺は首を横に振った。
何も思い出せなかった。
妻は薄く笑った。
ねぇ、この部屋 臭いと思わない?
腐敗臭がするでしょ?
俺はスンスンと匂いを嗅いでみた。
そう言われてみると、すごい強い匂いだ。
なぜ、気づかなかったのだろう。
ねぇ、あなたの体はね。今、隣の部屋にあるの。
ずっと、隣の部屋にあったのよ。
もう、終わりにしましょう。
これが最後の晩餐…
あなたはとうの昔に死んでいるんだから。
ふふ、信じられないって顔してる。
あの廃トンネルに行った時。
私たちは幽霊に会ったわ。
2人は生き延びた。
でも、あなたが私を置き去りにしたこと覚えてる。
すごく怖かったのよ。
思い出してきた?ふふ、そう。
そうよ。私があなたを殺したの。
もう、これでおしまい。
あなたの誕生日の日。最後の晩餐。
これで終わりよ。
この物語も、あなたも。
私は高らかに笑った。
私はあなたのことを恨み愛していた。
キリスト教の弟子たちのように…
それと同じように、私もあなたの血肉を食べこの世を生きるわ。
これで1つになれる。