第6話 入場券
「なんで……遊園地が動き出してんだ……閉園したはずだろ……?」
安藤くんが周りを見て言った。
遊園地は9年前に閉園したはずだった。私もよく知っている。それにさっきまで建物は全部シャッターが下りていたはずなのに、今は全部開いて電気がついている。中に人がいる様子は無さそうだけど、それがさらに不気味だった。
ぎゅっと私の手が握られて、私はまだ入江くんに手を握られているのに気付いた。
「ご、ごめん!」
私が手を放すと、入江くんもハッとして私を見た。
「あ、悪い」
「う、ううん。でも、さっきはありがとう……」
私がそういうと、入江くんは私から目を逸らした。
「高野瀬、トロそうだもんな」
「トロくないよ!」
「おい、入江、高野瀬。早くここから出ようぜ……」
安藤くんはそういうけど、私は二人のことを思い出した。
「山田さんと鈴木くんは?」
ここにいるのは私と安藤くんと入江くんだけだった。さっきの観覧車の所で先に飛び出して行ってしまったが、エントランスには二人の姿がない。
「どうせオレらより先に逃げたんだ。外にいるんだろうよ?」
安藤くんはそういい、私たちが入ってきた入場口に向かう。
入場口もライトアップされていて、ここに来た時よりも綺麗に見えた。
私たちが入場口から出ようとすると、回転式のゲートがまったく動かなかった。
「なんだよこれ……飛び越えて……」
安藤くんがゲートを飛び越えようとした時だった。
「ご来園ありがとうございます……」
「うわぁ!!!!」
背後から話かけられ、私と安藤くんは声を上げてしまった。
後ろにはピンク色をしたウサギの着ぐるみが風船を持って立っていたんだ。
それはこの遊園地のキャラクター。名前は忘れてしまったけど、私は9年前のあの日に会ったあのウサギのことを覚えていた。
ウサギの周りには小さな黒い影のようなものが一緒にいる。
「な、なんだよ……」
安藤くんがおどおどしながらウサギにそういうと、ウサギは一礼する。
「ご来園ありがとうございます。入場券はお持ちでしょうか?」
「入場券? なんだそりゃ……」
安藤くんが顔をしかめていうと、変わらない口調でウサギは言った。
「入場券はお持ちでしょうか?」
言い方は優しいのに威圧的なものを感じる。
「も、持ってねぇよ……」
「持ってない……?」
着ぐるみの瞳の奥で何か光り、怖い物を感じた私はカバンの中を慌ててあさった。
「こ、これです!!!」
「……」
ウサギの顔が付いたパスケース。リボンもウサギも色あせてしまっていて、中に挟まっているフリーパスも文字が少しかすれている。
ウサギはそのパスポートをじっと見つめていた。
緊張が走る中、ウサギはそっと顔を上げると、私にパスケースを返した。
「ご来園ありがとうございます……あなたはこの遊園地、最後のお客様です」
ウサギはそういうとパンフレッドを手渡した。
「それでは……ごゆっくり過ごし下さい。楽しい時を……」
キャハハハハ!
ウサギは私たちに背を向けて歩き出し、子どもの笑い声に紛れて消えた。
はぁ……と緊張から解放された私と安藤くんがため息のような息を吐いた。
「こ、怖かった……何あのウサギ……」
「てか、高野瀬が持ってたやつなに……?」
入江くんは私が持っていたパスケースを見た。
「あのウサギじゃん」
元々は赤いリボンの紐は色褪せ、パスポートが入っているパスケースはウサギの顔の形をしてぬいぐるみのような素材だ。ウサギのキーホルダーもついていて全体的に古びた感じがする。
入江くんは怪訝な顔をしていった。
「なんでこんなの持ってきてたんだ?」
「…………」
9年前、私はこの遊園地で行方不明になった時、夜の遊園地にいた。その時にあのウサギからもらったものだった。
そんなこと言っても、たぶん二人は信じてくれないだろうし、ここで行方不明になっていたことを知られたくなかった。
それにこれを持ってきたのはちゃんと理由があった。
「高野瀬……?」
入江くんに名前を呼ばれてハッとする。
「お父さんとお母さんと一緒に来たときの思い出のものなんだ……」
ちょっとだけ嘘をついた。確かに、私はこの遊園地に両親と来ているし、思い出の品とも言えなくもない。
安藤くんと入江くんは納得してくれたみたいで「ああ……」と頷いてくれた。
それ以上は何も聞いてくれなかったのは幸いだった。
「てか、ここ廃遊園地だろ……なんで動いてんだ?」
「いいよ、そんなことより早く出よう……」
私たちが入場門に行くと、大きくブザーが鳴った。
『こちらは出口ではありません。出口をご利用ください」
アナウンスが流れ、私たちはぎょっとする。
「え?」
そういえば、この遊園地には入り口と出口が別にあるのだ。
「そんなの関係ねぇよ……」
安藤くんが無理に出ようとすると、安藤くんの腰の高さくらいの黒い影が集まり出した。
「イケナインダ……」
「ワルインダ……」
「うわっ! なんだ!?」
その影はニヤニヤ笑いながら言った。
「ワルイコハ、ウサギニ」
「ワルイコハ、オシオキ」
キャハハハハハッ!
笑いながらいう黒い影の言葉にサッと血の気が引いた。
『オシオキ』とは何のことかわからないが、何か嫌な予感がした安藤くんは慌ててすぐにゲートから降りた。
「わ、悪かった……これでいいんだろ?」
「イイコ、イイコ」
「イイコハ、アソボウ」
キャハハハハハ!
黒い影が走ってどこかに行ってしまう。それに3人で安堵を漏らした。
「本当にやばそうなところだな……」
「……山田さんと鈴木くん大丈夫かな……」
「あ、ああ、そうだな……電話してみるか。オレはカイリにかけるから安藤は鈴木にかけてくれ」
「ああ、わかった」
二人がスマホを出した時、二人とも顔をしかめたのだ。
「どうしたの?」
「おい、高野瀬、安藤。お前のスマホの時計何時だ?」
「夜の9時だ」
「え?」
私もポケットからスマホを取り出してホーム画面を開いた。
時計には確かに9時をちょっと過ぎたあたりだった。ここに着いたのが6時ごろだ。まだ遊園地に来て30分も経ってないと思っていたのに。
「私もそのくらい」
「……とりあえず電話だ電話」
入江くんはそのまま電話帳アプリから山田さんを引き出して電話をかけ始めた。
「……駄目だ。話し中になってる」
「オレもだ……」
私も見てみると、隆お兄ちゃんから着信が何件も入っていた。
「隆お兄ちゃんから電話が入ってる…………」
「げ、オレも……」
スマホはマナーモードに入ってなかったのに何回も鳴っているのに気づかないとは思わなかった。
「きっと花火してないことがバレちゃったんだね……」
「たぶん、うちの親もだな。入江は?」
「うちも……こりゃ大目玉だな……ちょっとかけてみる」
「私も……」
隆お兄ちゃんの名前をタップして私は耳に当てた。
プルルルルルルッ! プルルルルルルッ!
無機質な呼び出し音が聞こえてくる。
ブツッ!
電話に出る音が聞こえる。
『もしもし……?』
普段の隆お兄ちゃんの声とは違う、怒ったような、緊張したような声音に私は声を震わせながら言った。
「た、隆お兄ちゃん?」
『……陽菜! お前、今どこにいるんだ!!』
隆お兄ちゃんの怒った大きな声が私の耳を貫いた。
「ご、ごめんなさい……私、花火じゃなくて」
『分かってる! とにかく、今どこにいる…………なんの音だ?』
たぶん、遊園地のBGMが隆お兄ちゃんにも聞こえているんだと思う。
「ゆ……遊園地の音楽だと思う……裏野ドリームランドにいて……電気が……」
『電気? お前、何言って……ザザッ……陽菜、お前……ガーッ』
通話にノイズが混じってきた。隆お兄ちゃんの声がよく聞こえなくなっていく。
「隆お兄ちゃん?」
『もしもし? こちザザッ! ガーッ! のですが……ザーッ……』
別の誰かの声が聞こえてくるが、その時には声がほとんど聞こえなかった。私も聞こえるかどうかわからない。
「隆お兄ちゃん……ごめんなさい……すぐ帰るから! 声聞こえないし、また電話するね! 友達も一緒だから心配しないで!」
『ガーッ! ……ザザッ……』
完全に声が聞こえなくなり、私は通話を切った。
「高野瀬、お前繋がったのか?」
「うん、入江くんたちは?」
安藤くんはため息をつきながら首を横に振った。
「うちは駄目。通話中」
「うちは出てけど、声はほとんど聞こえなかったわ……留守電みたく一方的に話してやめたわ」
入江くんと私は繋がったみたいだった。高台で電波が悪いのか入江くんも向こうの声が聞こえないみたいだった。
「とにかく、ここから出ようぜ……出口は……」
私はもらったパンフレッドを開けた。
出口は入場口とは反対方向だ。それにはまたあの観覧車を通らないといけない。
「とりあえず、まっすぐ出口に行こう……」
「山田さんと鈴木くんは?」
「先に出てるだろ……」
安藤くんも入江くんも二人を探す気がないようだ。
「でも……出てなかったら……?」
「……その時はその時……」
私たちが歩いていると、私たちの横を通り過ぎる影がいくつもあった。それはすべて小さな子どもくらいの大きさだ。私は思わず目で追っていたけど、安藤くんと入江くんは気づいてないのか、それともわざと目を合わせないようにしているのかもしれない。
「ん……あれ?」
大きな影が走っていくのが見えた。それは二人も見えていたみたいだ。
「あれは……鈴木?」
「鈴木ー!」
安藤くんが鈴木くんを呼ぶと、彼は一度振り返った。でも、すぐに走って行ってしまう。
「おい、待てよ!」
3人で鈴木君を追いかける。でも、鈴木くんの足は止まらず、とあるアトラクションへと入っていった。
まるで大きな屋敷のような建物。大きな門構えは洋風で、柵にはツタが絡みついていた。
門には大きな看板がかかっている。
「ミラーハウス……?」