第5話 開園
「なあ、山田。裏野ドリームランドって確か色んな噂があったよな?」
鈴木くんがエントランスにある雑草が伸びきった花壇に登って言った。
遊園地に入ると、レンガ畳みの地面は隙間から雑草が生えてしまって足場が不安定だった。売店だった場所は何かの蔓が伸びていて柱や屋根にまで続いている。
やっぱり誰かがここにきているみたいで、売店の下りたシャッターにはスプレーで落書きが残っていた。
そんな落書きをスマホのカメラで写真を撮りながら山田さんが言った。
「たくさん、あるよ。営業して時から……ほら……」
山田さんが私たちに見せたのは、廃墟マニアや肝試しをしたレポートを投稿するサイトを見せた。
そこには裏野ドリームランドに関しての記事がいくつもあった。
裏野ドリームランドの噂
・来園した子どもが行方不明になっている。ちゃんと記録は残っているのは12年前、当時12歳の男の子数名。当時中学生で友達と来園し、その後行方不明に。その後、そのうちの一人が発見された。当時その子の家庭状況が悪く、家出として片づけられた。
そして、もう一人6歳の女の子。遊園地最終日に行方不明になり6年前に閉園した遊園地で肝試しに来ていた大学生に発見される。その少女の記憶があいまいなのか、今まで何をしていたかを尋ねても明確な答えが返ってこなかったようだった。
その記事を見て、私以外にも行方不明になっていた子がいるなんて知らなかった。この記事は記憶が曖昧だったって書いてあるけど、実際は信じてもらえなかったのだ。
『お父さんとお母さんとはぐれて、ずっと夜の遊園地にいた』
私は遊園地で一晩過ごした記憶はない。お父さんとお母さんとはぐれたのも一時間くらいだと思っていたのだ。
お母さんとお父さんに話しても曖昧な笑顔をされて流されてしまった。
隆お兄ちゃんだけが、優しく頷いてくれた。
「へー、行方不明になったって子がいるのか。これが高野瀬?」
鈴木くんが私を見て言って、私はむっとした。
「私は迷子になっただけだよ。山田さんが大げさに言ってるだけ……」
これ以上変な噂を流されたらたまらない。ただでさえ、血の繋がっていない兄と暮らしているだけで、世間は偏見の目で見てくるんだから。
「だって、新聞記事だって残ってるよ」
「……?」
それを聞いて私は水をかぶせられて気分になった。
確かに、そこにはネットの新聞記事まで残っている。まさかこのサイトに直接あの記事が載っているとは思わなかった。
私も山田さんのスマホを覗き込んだ。
3年前、裏野ドリームランドで行方不明になった高野瀬 陽菜ちゃん(当時6歳)が閉園された裏野ドリームランドで発見される。発見したのは他県の大学に通う大学生ら4人。大学生たちは裏野ドリームランドに肝試しで門の前まで来ていたところ、高野瀬 陽菜ちゃんが門の前で立っていたのを発見し、通報したという。陽菜ちゃんは当時の服装のままで怪我も乱暴をされた形跡もなく、落ち着いていたということだった。陽菜ちゃんに事情を聴いたところ「夜の遊園地にいた」と明確な答えが返ってこなかった。陽菜ちゃんは無事、警察に保護され、保護者の元に帰った。
「高野瀬と同じ名前だな」
安藤くんも驚いた顔をしていて、山田さんはふんと鼻を鳴らす。
まるで「隠しても無駄よ」と言わんばかりだった。
「同じ名前の子なんていくらでもいるよ……私の名前、よくいるし……」
陽菜という名前は多い。同級生でも二人くらいはいるのだ。
「もし本当だとしても他人の不幸を喜ぶことないだろ……」
入江くんもさらに山田さんに追い打ちをかけた。
それが気にくわなかったのか、山田さんの表情が強張った。
「てか、他にもあるじゃん。恐怖の観覧車、ドリームキャッスル……」
遊園地にはたくさんアトラクションがある。その中でも人気があったアトラクションに噂があるようだった。
「今日はこの噂があるアトラクションがあるところを回るの。まあ、どうせ乗り物には乗れないし、建物だって鍵が掛かってるところが多いみたい」
閉園してから、取り壊しの工事が始まるまで危険がないように施設の中には鍵が掛かっているようだ。
「でも、工事ってやってる様子ないよな?」
確かに、何かを取り壊した様子がなかった。途中で中断というわけでもなさそうだった。
「なんでも取り壊すのにお金がすごくかかるらしくて、工事できなかったんだって」
「へー……」
入江くんは興味なさそうだった。そもそも、山田さんのスマホすらも見ていない。
「んで、最初にどこに行くんだよ」
早く帰りたいと顔に出ている入江くんに、鈴木くんもがっかりした様子だった。
「どうせ、中には入れないんだしな……」
「じゃあ、一番近い観覧車なんてどう?」
目の前に見える観覧車。確か、観覧車は遊園地の中央にあるアトラクションだった。昔はそれに乗ると、遊園地と町を一望できるものだったらしい。
「観覧車の噂ってなんなわけ?」
鈴木くんが聞くと、山田さんがスマホをスクロールして記事を読み上げた。
「観覧車のゴンドラに乗ると、助けて、出してって声が聞こえてくるんだって」
「乗らねぇと意味ねぇじゃん」
つまんねー!と鈴木くんが声を上げて、大げさにため息をついていた。
それに山田さんはむっとした顔をし、それに気づいた安藤くんが苦笑いしていた。
「まあ、まあ、せっかくだし、行ってみようぜ?」
「そうだな」
安藤くんの言葉に頷いて、鈴木くんを先頭に観覧車に向かう。
観覧車の真下までくると、思っていたよりも大きく、夕暮れのせいもあって、存在感があった。ゴンドラや柱は錆びついており、雨風に晒されて手入れもされていないせいで色褪せてしまっている。蔓が絡まってて長い時間放置されているのがありありと分かる。そういえば、この遊園地は閉園してから9年経っているんだった。
「やっぱでけぇな……」
みんなが見上げている中、鈴木くんが何かを見つけたのか柵を乗り越えた。
「よっと!」
「おい、鈴木!」
鈴木くんは背の高い雑草を踏み越えて、搭乗口まで向かうと一番近いゴンドラの中を覗き込んだ。
「うわ、ボロくせぇ!」
ガチャガチャとドアノブを動かしてるみたいだった。
「やっぱ開かねぇな……」
「ちょっと何してんだよ」
安藤くんと山田さんが鈴木くんのところに行く。私も行こうとすると、後ろに入江くんが私の肩を掴んだ。
「え?」
驚いて私が振り返ると、入江くんはじっと、観覧車のゴンドラを見つめていた。でも、いつもの眠たそうな目ではなくなっていたんだ。
彼はずっと観覧車から目を離さない。私も観覧車の方を見るけど、特に変わったところはなかった。
「い、入江くん?」
「ん? あ……!」
私が呼びかけると、入江くんもすこし驚いて私から手を放した。
「……どうしたの?」
「いや……高野瀬はチビだから雑草に紛れて見失いそうだな……と」
「そこまでチビじゃないよ!!!」
確かに、私は背が低い。でも、生えている雑草は私の腰くらいの高さだし、そんな見えなくなるほどじゃない。
背の低さでからかわれる相手は隆お兄ちゃんくらいだ。
彼はどこかほっとした表情をする。
「ごめん、冗談」
「おーい、入江ー! 高野瀬! こっち来てみろよ!」
鈴木くんが私たちに向かって叫んでいる。
入江くんと柵を跨いでゴンドラの方に行った。
「見ろよ、ドアの所に手形があるぜ」
鈴木くんがそういって、ゴンドラの窓ガラスを指さした。
窓ガラスには小さな手の跡が二つ付いている。
高さもちょうど小さな子どもが手を伸ばして届いたような高さだ。
「観覧車の噂ってなんだっけ?」
安藤くんが山田さんに聞くと、さっきのサイトをまた開いていた。
「誰もいない観覧車から『出して』って声がするんだって」
「なんだそれ。迫力ねぇな」
鈴木くんがそういって、ゴンドラの窓ガラスの手の跡に触れる。
「これだって、肝試しに来た子どもが触って……ん?」
「どうしたの?」
「消えない……」
「え?」
手の跡はいくらこすっても消えなかった。窓ガラスについた砂埃が落ちるだけで手の跡が消えない。
「これ、内側についてんのか。ゴンドラ鍵かかってんのに……」
「昔のが残ってるんじゃない……? 鍵かかってるしね?」
綺麗に残っている手形から手を放そうとした時だった。
ぬるっ……
「うわっ!?」
鈴木くんが声を上げた。
「なんだこれ……」
鈴木くんの手をライトで照らすと黒く光っている。
「気持ちわりぃ!」
ゴンドラに手についたものをこすりつける。
でも、私はそれを見て首を傾げた。
「でも、なんでついたの?」
「え?」
「なんでって……たぶん塗装が……」
「きゃあ!?」
山田さんが悲鳴を上げる。
「何、あれ!?」
窓ガラスの手の跡からツーっと何か液体が流れている。それは下まで流れて私たちの足元に流れていく。
「……て」
何か聞こえた。
それに入江くんも気づいたようだった。
「高野瀬なんか言ったか?」
「わ、私、何も……」
「出して……」
今度ははっきり聞こえ、それは他の3人にも聞こえたようだった。
顔が凍り付くってこういう顔をなんだってみんなの顔を見てわかった。山田さんは顔が青ざめていて、口を手で覆っている。
みんなが見ているのはあのゴンドラ。
ぺた……ぺたっ……
赤黒い手形がどんどん増え、窓ガラスを染めていく。
「ダシテ」
「……キタヨ」
「……アソボウ」
「ダシテ」
「マタキタ……」
「ネェ……」
小さな子どもの声がどんどん大きくなっていく。
ドン! ドン! ドンドンドンドンドンドンドン!!!!
ガンッ!
ゴンドラのドアが強く叩かれ……ドアが開いた。
黒く歪んだ何かが立っている。ドロドロと形がはっきりしないものは、ボタボタと体の一部が落ち、口のような部分が裂けるように開かれた。
開いた口のような部分からドロリとヘドロにも似たものが垂れる。ニタニタと笑いながら、それは言った。
「ネェ……アソボ?」
「いやぁあああああああ!!!」
先にその場から離れたのは山田さんだった。
「うわぁああああああ!!!」
それに続いて鈴木くんが飛び出していく。
立ち尽くしている私の手を誰かが強く引いた。
「おい、高野瀬! 逃げるぞ!!」
入江くんだった。
私の手を引っ張って走り、私は雑草で足を取られそうになりながらも走った。
「入江! 高野瀬! こっちだ!」
先に入っていた安藤くんが手を振る。
「なんだよ、あれ!」
安藤くんも息を切らしながら走って、エントランスまで来た時だった。
『ザーッ…………ジーッ………ザー……』
錆びついたスピーカーから耳障りなノイズが聞こえてきた。
ブツブツと途切れるようなノイズが気持ち悪く、私は思わず耳を塞ぎそうになった。
『ザー……ピンポーンパーンポーン!』
学校の放送のようなチャイム。
そして、ノイズ混じりの楽しげな音楽が流れてくる。
「な、なに?!」
みんなの視線がスピーカーに注がれる。
『ザーッ……ピィーッ……ガーッ……ご来ザーッ……園、ありが……ガガガッ……とうございます……ザザッ』
バンッ!
音を立てて錆びついた照明が付き始め、辺りを明るく照らした。ところどころにあるネオンカラーの毒々しい色に目が痛くなる。
「アハハ!」
「キャッ」
どこからか子どもの笑い声が聞こえてきた。
水が流れる音やジェットコースターのような音も。
「おい……どうなってんだ?」
安藤くんが声を震わせて言った。
寂れていた遊園地がまるで嘘のように動き出す。
『ようこそ……裏野ドリームランドへ……』