第3話 秘密
「ねぇ、なんでチャット無視したわけ?」
翌日、私は山田さんに捕まって問い質された。
「別に……肝試しなんて行きたくないし、行くなら他の子誘ってよ……」
「なんで? 高野瀬さんがいないと意味ないじゃん!」
山田さんがそういうけど、私と山田さんはそれほど仲がいいわけではない。
「なんで、私なの? 別に……私じゃなくたって……」
「なんでって決まってるじゃん!」
山田さんはニヤッと笑った。
「遊園地で行方不明になってたからだよ」
そんな理由で……?
正直、そんな理由で連れて行かれても困る。それに、裏野ドリームランドに行くなんて隆お兄ちゃんにバレれば、叱られてしまう。そもそもあんな場所に私は行きたくない。
「いかない……私、あそこには行かないって決めてるから……」
あそこはいい思い出がない。あそこで見た物も、何も誰も信じてくれない。
そういうと、山田さんはむっとした表情をした後、すぐに何か悪だくみを思いついた子どものような笑みを浮かべた。
「じゃあ、高野瀬さんの秘密言っちゃおうかな~?」
「秘密?」
別に、自分が昔遊園地で行方不明だったことは山田さんのせいで結構知られている。他にばれても別段どうでもいいことだと思う。信じる人がいないからだ。
他に秘密なことなんて私にはない。
山田さんはにやにやしながら言った。
「高野瀬さんのお兄ちゃん、本当のお兄ちゃんじゃないんでしょ? 先生と話してるの聞いちゃった」
「……? それがどうしたの?」
確かに私と隆お兄ちゃんと血が繋がってない。本当の兄弟ではないけど、別におかしいことはないはずだ。
でも、山田さんはニヤッと笑って言ったんだ。
「高野瀬さんは、血の繋がってないお兄ちゃんと毎晩仲良くしてるって噂流しちゃおうかな?」
「え……?」
一瞬何を言っているのかわからなかった。でも、すぐにその言葉の意味が分かって、私はサッと体から血の気が引いた。
それは笑い話にもならないデマだ。中学最後にそんなデマを流されては、自分は学校にいけないし、隆お兄ちゃんにも迷惑が掛かるどころか、下手したら一緒に暮らせなくなるかもしれない。そういう噂はすぐに広まる。今だって同級生の進み過ぎた恋愛話は、友達じゃない私の所まで届いてしまっているのだ。
それに担任に呼び出された時、隆お兄ちゃんが実兄でないこと知ってかなり心配されたのだ。隆お兄ちゃんに限って、そんなことはありえないと私は思うが、隆お兄ちゃんのことも自分のことも知らない相手にしたら、ありえない話ではないと思うのが普通だ。
「何それ! なんでそうなるの!?」
私は思わず声を荒上げてしまった。
「そんな噂流されたら笑えないよ!!」
「高野瀬さん、お兄ちゃん大好きだもんね? 小学校の頃を知ってる子なら信じちゃうかも?」
ニヤニヤしながら山田さんは私を見て言った。
「どうする? 行く? 行かない?」
私は仕方なく、首を縦に振るしかなかった。
◇
強制的にグループチャットに参加するようになり、私は山田さん、安藤くん、鈴木くん、入江くんの5人で裏野ドリームランドへ行く計画を立てた。
親には各家で花火をするという話をして、5時に出かけ、裏野ドリームランドまで自転車で行く。目的地はだいたい自転車で一時間くらい。6時に到着して8時までには家につく様にしたいと話をした。後は持ち物とかをざっと話し、肝試しをする日にちは8月3日。嫌なことに、私が行方不明になった日付と同じ日だった。きっとこれもわかってやっているに違いない。
「隆お兄ちゃん」
「ん、なに?」
居間で炭酸を飲みながらテレビを見ていた隆お兄ちゃんに私が言った。
「あのね、クラスの子と花火をするんだ。言ってもいい?」
心の中でごめんなさいごめんなさいと呟きながら私は聞いた。時に隆お兄ちゃんは不思議そうには思っていない。
「それはいいけど……ちゃんと保護者がいるの?」
「うん、山田海璃ちゃんって子の家でやるから大丈夫」
「いつ? 時間は?」
「8月3日。5時くらいに集合するんだ」
隆お兄ちゃんはスマホのスケジュール帳を開いて、予定を確認する。
「んー、オレ仕事遅い日じゃん……わかった。花火が終わったら電話ちょうだい。挨拶がてらに迎えに行くから」
隆お兄ちゃんがそういうと、私は慌てて首を振った。
「だ、大丈夫だよ! と、友達もいるし、お兄ちゃんが迎えにきたなんて知られたら恥ずかしいでしょ!」
「えー、もう……お年頃なんだから……ちゃんとお行儀よくするんだぞ?」
「は、はーい……」
ごめんなさい、隆お兄ちゃん。
私、裏野ドリームランドに肝試しに行きます。
当日、私はゆっくり仕事の準備をしている隆お兄ちゃんをじっと見つめていた。
「んじゃ、オレは仕事に行くから晩御飯は適当に済ませておいて。戸締りはしっかりしておくこと」
「はーい」
「それと、……海璃ちゃんの家にいくんだっけ? お母さんによろしく言っておいて。よくお世話になったから」
「うん……」
隆お兄ちゃんがじっと私を見つめた。
「陽菜、なんか元気ないけど、大丈夫か?」
「え、そ、そんなことないよ!」
私は勢いよく首を横に振り、それでも隆お兄ちゃんはどこか腑に落ちない顔をする。
「そうか? ……もし何かあったらスマホに連絡するんだぞ?」
「うん……わかった」
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃーい」
玄関のドアが閉められ、私は自分の部屋に戻って荷物をまとめる。
懐中電灯、お菓子、飲み物、スマホの充電器、そして……
「これも持っていこう……」
かけてあったウサギのパスケース。リボンのような紐もだいぶ色褪せており、キーホルダーもだいぶ傷がある。
私はパスケースをカバンにいれると、ため息をついた。
6年前、隆お兄ちゃんに見つけてもらうまで、私は3年間どうしていたのだろう。夜の遊園地にいたと言っても誰も信じてくれなかった。もし、またあの遊園地に行けば何かわかるのだろうか……そんなことを考えているうちに約束の時間に近づいてきた。
「……いってきます」
誰もいない家に声を掛け、戸締りをした私は自転車に跨った。
中学校の校門前。それが待ち合わせ場所だ。
「お、来た来た。高野瀬!」
安藤くんが私に手を振る。
もうそこには山田さんも入江くんも鈴木くんも集まっていた。
いつもは制服で会っているのでみんなが私服、学校が夏休みに入ってから初めて会うので、みんなの印象が変わる。
安藤くんや鈴木くん、入江くんは男の子というのもあって、シャツと半ズボンというラフな感じ。山田さんはオシャレをしていて、肩だしのシャツにミニスカート、サンダルを履いて、さらに薄くメイクもしているみたいだった。きっちり入江くんの隣をキープしている。
彼女は来た来たと言わんばかりにニヤニヤとこちらに笑いかけていた。
「さて、行こうか、裏野ドリームランドに!」
山田さんはそういって、みんなで自転車に跨った。