第四章
隆お兄ちゃんに担がれて逃げて、私たちはとある一室に隠れた。
まず、部屋についてから隆お兄ちゃんに言われたのは、どうして嘘をついたかとか、どうして肝試しをしたんだとかそういうのじゃなかった。
「お前ら変なもんつけてんな……」
そういって容赦なくデコピンをされる。
「痛い!」
「っ痛―!」
入江くんは特に強くやられたのか、額を抑えて悶えている。
「ったく、一体どんな幻覚を見せられてたんだ?」
呆れた口調で言い、隆お兄ちゃんは笑った。
「幻覚?」
「そ、たぶん、ここに留まらせようとして変な幻覚でも見せたんだろうよ」
言われて見せば、私の服も入江くんの服も元に戻っている。
「本当だ。ウェディングドレスじゃなくなってる」
「ウェディングドレス…………?」
隆お兄ちゃんはそういって入江くんの方に向き直った。
「ほう、兄のオレに断りもなくウェディングドレスとはやってくれるな……」
「なんのことですか……つかなんでオレに言うんですか? 事実無根で、むしろ、オレも被害者です……って、今幻覚って言ってましたか?」
「ん? ああ、そうだ」
「じゃあ、さっきのカイリは…………」
「カイリ?」
隆お兄ちゃんがそういうと、入江くんは掴みかかる勢いで言った。
「さっきの場所に、女の子いましたよね!? あの子は無事なんですよね!」
「ん? ……ああ、さっきの子ね?」
隆お兄ちゃんはそういうと、入江くんから目を逸らした。
「大丈夫、あの子はもう先にいってる。それと、もう二人、男の子がいただろ。その子たちもさっきあった。後はお前らだけだ」
隆お兄ちゃんはそういって、入江くんを見た。
「んで、お前は?」
「……入江……裕行」
「入江? …………陽菜と同い年で……入江…………お前、榊原のばあさんの孫か!!」
隆お兄ちゃんは驚いてそういうと、ばんばんと入江くんの背中を叩いた。
「なんだ、どうりで生き残ってると思ったわ! なるほど、なるほど! オレの事、覚えてない? オレが中三の頃だからお前は5歳くらいだと思うんだけど!」
「は、はぁ……?」
入江くんが困った顔でいい、隆お兄ちゃんは言った。
「ほら! オレ! 不知火! 不知火 隆! お前のばあちゃんが塩を撒いても、祝詞を唱えても退散できなかった呪いの箱を拳で粉砕した、タカ兄だよ! あんだけ強烈なインパクト残したのに忘れたのか孫!!」
(隆お兄ちゃん、昔何してたの!? てか、呪いの箱って何!?)
入江くんは必死に思い出そうとして、そのうち顔が青ざめていくのが分かった。
「……タカ兄? あのタカ兄? うちにあった日本人形とか箱とか、お面とか壊してまくってた……?」
「そう! それ! 懐かしいー! うちの孫、霊感ないから連れてってーなんて言われて、幽霊団地とか行ったけ~?」
隆お兄ちゃんはそういって大笑いした。
「榊原のばあさんの孫が一緒なら安心だわ……ちょっとこい」
入江くんを呼んで部屋の端に移動する。二人が何を話しているのかわからない。
戻ってくると隆お兄ちゃんは私にボディバックから出したとあるものを渡した。
それはツールナイフだった。たしか、これは隆お兄ちゃんがお父さんからもらったもの。
「これは、お守りだ。絶対になくすなよ?」
「え?」
「いいか、陽菜。こいつとここから出たら、後は帰ることだけを考えろ。絶対に振り返っちゃいけないし、誰かの呼び声にも応えちゃだめだ。後はコイツに任せておくから。わかったか?」
その言い方だと、隆お兄ちゃんは一緒じゃないようだった。
「隆お兄ちゃんは?」
「オレはまだ用事があるから先に行ってて。後は頼んだからな?」
入江くんにそういって、入江くんは頷いた。
「隆お兄ちゃんも一緒に行こうよ! ここ、変なのいっぱいいるし!」
「大丈夫だって、オレここの幽霊に嫌われてるから」
「そんなこと言ったって……」
その時だった。
こんこん
部屋のドアを叩かれた。
「お客様……」
その声はウサギ、ではなかった。さっきまでの穏やかな口調は変わらないが、声が男なのか女のかわからない、高くなったり低くなったりと安定のない物だった。
「お客様、遊園地は楽しいでしょう?」
「もっといたいでしょう?」
「あそびましょう」
「アソビマショウ」
ドアの向こうに大勢いるのか、とても騒がしい。
「お客様、遊びましょう」
「お、迎えが来ちゃったか……しょうがねぇな……」
隆お兄ちゃんはまるで友達が来たかのように軽い調子で立ち上がり、臆することなくノックされ続けるドアを開けた。
黒く目玉と口がいくつもついた物が立っていた。
「はーい、どちら様?」
隆お兄ちゃんがそういうと、その化け物の目玉が驚いて目を剥く。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 不知火ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
「うるせぇよ!」
「ぎゃんっ!」
隆お兄ちゃんは一発ぶん殴ると、その化け物は走って逃げていく。
「ったく、どいつもこいつも人の事見て叫びやがって……ってなわけで、オレは元々幽霊に嫌われる体質なんだよ。だから、オレは大丈夫」
隆お兄ちゃんはそういうと、二ッと笑って「はよ行け」と手を振る。
「また幽霊がくる。出口はここをまっすぐ、階段下りた所。そしたらすぐ出口だから、後は絶対に振り向くな。声にも応えるな」
「うん……」
「それと……」
隆お兄ちゃんは私と入江くんに手を繋がせた。
「今日だけは兄貴の前で手を繋ぐことを許してやる。絶対に放すなよ、孫」
「……わかりました」
入江くんはそういうと、私の手を強く握った。
「んじゃ、また後でな」
隆お兄ちゃんはそういって、私たちが行く方向とは別に走り出した。
「妹に何かあったら生き地獄に遭わすからな、孫―!」
大声でそう言い、隆お兄ちゃんの姿が見えなくなる。
「……行くぞ、高野瀬」
「う、うん……」
隆お兄ちゃんと別れてから、私と入江くんはまっすぐ出口まで向かった。
何か背後から追ってくる気配がした。別に足音がするわけでもないのに、誰かが後ろにいるような気配がする。
「高野瀬、入江……」
聞いたことがある声。それは鈴木くんだった。確か、隆お兄ちゃんがもう先に行ってるって言ってたのに何で声がするんだろう。振り向こうとした私に入江くんが私の名前を呼んだ。
「応えるな……絶対。」
「……うん」
「高野瀬、入江……」
今度は安藤くんの声だ。
「高野瀬さん、入江……どこ行くの?」
「おい、オレ達を置いていくのか?」
「おーい! 二人とも!」
私たち達を呼び止めようと、その声は必死に私たちに話しかける。
出口のゲートが見えてきた。私たちがゲートを出ようとした時だった。
「……どこ行くんだ? お兄ちゃん、おいてくのか?」
隆お兄ちゃんの声が聞こえた。
でもそれは隆お兄ちゃんじゃない。
私は入江くんの手を強く握って、ゲートを出た。
遠い昔に置いていったはずの記憶だった。
不知火 隆。通称タカ兄。それはオレが小さい頃、よくばあちゃんに会いに来た中学生の兄ちゃんだった。ばあちゃんの手伝いと言って、家にあった不気味な物をどんどんと素手で破壊していった最強な兄ちゃん。その兄ちゃんに憧れた時期もあった。幽霊団地という場所に連れて行かれた以降は、会っていない。まさか、高野瀬の兄貴だったとは思わなかった。
オレは高野瀬の兄貴に呼び出されて、手渡されたのは定期入れだった。
「勝手なこと言うけど、陽菜を任せた」
「なんですか? これ?」
「ここのフリーパス。オレのじゃないんだけどな。お前は陽菜とこれで帰れ。現世への縁は陽菜にお守りを渡しておく」
「……あなたはどうするんですか?」
「……大丈夫、オレは嫌われてるから前みたいに追い出されるだろ」
適当なことを言っているが、オレは知らないわけじゃない。
「……本当は貴方と高野瀬で帰るつもりだったんでしょ?」
「まあ……ばあさんの孫でなきゃ、みんな死んでると思ってたからな。案の定、みんな死んでたわけだし……」
「……」
「お前は現世に帰らせる。オレの代わりに、この遊園地のお客様として帰る。だから、フリーパスをお前に渡しておく。お前もこの遊園地と縁が強くなってる。また陽菜とここに呼ばれることがあるかもしれないし、自分で現世に帰るためにも絶対になくすな。それと、オレの代わりに帰るんだから、絶対に陽菜を連れて帰れよ?」
「……」
答えないオレに高野瀬の兄貴はオレの頭をポンと手を置いた。
「悪いな。あと、これはオレのわがままだ。陽菜を頼んだ。」
そういい、高野瀬の兄貴は自分の妹の所に戻っていった。
高野瀬の兄貴と別れた後は簡単だ。後は出口まで突っ切るだけ。
途中安藤や鈴木、カイリの声が聞こえて高野瀬が振り返りそうになったけど、オレは「応えるな」と言って、ただ高野瀬を引っ張って走り、ゲートを出た。
オレは妹と榊原のばあさんの孫と別れた。
陽菜がここにいるのを知ったのは、ミラーハウスを出た所にあった貼り紙と、ドリームキャッスルについた時に、窓からたまたま陽菜の姿が見えたからだ。
行く途中で陽菜と同い年くらいの男の子の水死体と、ドリームキャッスルの一室で首を吊ってる子を見つけた。
陽菜とばあさんの孫がいた場所には、女の子が一人。見るに無残な姿で横たわっていた。
きっと、他の子は遊園地に幻覚でも見せられたのか、子どもに遊ばれたのか真実はわからない。しかし、遊園地の正式な客はオレと陽菜だけだ。おまけでついてきた子どもは関係ない。だから、陽菜以外は連れて帰れないだろうと思った。まさかばあさんの孫が一緒で生き残ってるとは思わなかった。
なら、後は陽菜を孫に任せてオレはオレのやることをやらないと。
「ここにいましたか。不知火様」
オレの目の前にあのウサギが現れた。
「早く退場してもらいたいところです。本当、貴方についている縁が恨めしい……」
「残念だったな、オレが加護付きで。……んで? どうする? もうオレの名前もしってるんだろ?」
きっと、このウサギはもうオレの名前を知っている。後は言霊でもなんでも使って追い出せばいい。オレがここにいるのは陽菜とばあさんの孫を現世に帰らせるための時間稼ぎなんだから。
「ええ、不知火様……いえ、高野瀬様……まさか、貴方が彼女の姓を名乗っているとは思いませんでしたよ」
「元々は友達と妹を連れ戻すために高野瀬家に入ったからな。まあ、幽世に入れたのは初めてだけど」
「……縁と縁を結んで強くしたわけですか……」
「そ、高野瀬家としての縁……つっても血縁じゃないから縁は薄いけど、それとフリーパスを使ったってわけ」
そう、血縁者ほどでなくても縁はある。そして、彼女の父からもらった物とフリーパスの縁があれば遊園地に入れると思ったのだ。
もうそれはなくなってしまったが。
「それで……あなたは現世との縁が強いものも、フリーパスも渡して、お客様でもない貴方はどうやって現世に戻るつもりです?」
「ん? 言霊でも使って追い出せば?」
「……帰せません。いえ、帰しません」
「……は?」
コイツらにとってこれは害悪の存在だ。それなのに追い出さない? なぜだ?
「さっき、私の顔を殴りましたよね?」
「殴ったな?」
「私は怒ったので、帰しません」
「そっかー……言霊で帰れないならお前をぶん殴ってから別の方法を考えるわ」
とりあえず、オレはウサギの頭をもう一度吹っ飛ばした。
遊園地から出て私たちは息を切らして立ち止まった。
振り返ると、そこは真っ暗な遊園地。あの狂ったマーチも聞こえてこないし、遊園地は動いてない。
やけに虫の音がうるさかった。
「帰ってきた?」
「たぶん……」
入江くんがスマホの電源を入れようとする。でも、入らなかった。それは私も同じだ。私はスマホの充電器を入江くんに渡した。
「これ、使って」
「でも、これ高野瀬のだろ?」
「入江くんちだって電話しないと……隆お兄ちゃんはまだ帰ってないだろうし」
「……ああ、そうだな」
入江くんは私の手を繋いで歩き出す。
「遊園地から出るぞ」
「うん」
入ってきた道で出ようとすると、フェンスにはキープアウトと書かれたテープが貼られていて、私たちはその隙間から出る。
私たちの自転車はなくなってた。入江くんはスマホの電源を入れるとぎょっと画面を見た。
「……は? 9月?」
「え?」
入江くんのスマホには9月10日と書かれている。
「電源きれて狂ったか? 電話……してみるか」
幸い、電話は使えた。その後、入江くんは家に電話をして、警察と一緒に遊園地に迎えに来てくれた。
今までどこにいたのか、他の子はどこにいたのかを聞かれた。
私たちは約一か月、行方不明と扱われていた。もちろん、隆お兄ちゃんも。
私は保護者がいないということで入江くんの家に居ることになったんだけど、その時に入江くんのおばあちゃんに、「よく帰ってきたね」と言われた。
入江くんのおばあちゃんは隆お兄ちゃんの知り合いで、隆お兄ちゃんがお世話になっていた人らしい。遊園地であったこと、隆お兄ちゃんの事を話すと、おばあちゃんは頷いた。
「まあ、あの子の事だしね……帰ってこないとは言い切れないねぇ……」
「隆さん、幽霊から嫌われてるから追い出されるって言ってたよ」
「……あの子の加護は強いけど、今度はどうなるか……」
私は、おばあちゃんに言った。
「私、隆お兄ちゃんを迎えに……!」
「ムリだよ。諦めなさい」
おばあちゃんはそういって、私の手を握った。
「あの子が私の孫を帰してくれた。だから、貴方のことは私が何とかしよう。あの子のことは諦めなさい」
「でも!」
「隆くんを連れて帰るなんて無理だ。だから、帰ってくるのを待ちなさい……」
「…………」
私はぽろぽろと涙をこぼした。
「ごめんなさい……ごめんなさい……隆お兄ちゃん……ごめんなさい……」
私は家に帰り、荷物をまとめた。
入江くんの家にお世話になることになって、家を手放すことになった。
私は隆お兄ちゃんの部屋に入って、ベッドの上にあったメッセンジャーバックを見つけた。その中には小さなノートが入っていて、色々書かれていた。
最初は幽霊の事とか、神隠しの事とか書いてあったけど、後は一言日記のような感じで日にちは空いているけど、ちょこちょこ残っていた。
8月12日
遊園地に行こうとしたけど、また失敗。会津と武を早く迎えに行かないと。
8月13日
また失敗。一直線が駄目だから方違えでやってみる。でも駄目だった。
8月14日
変なのに絡まれる。一緒に死んでくれと言われたけど、おまえ一人で死んでくれ。そいつのせいで遊園地に行けなかった。ふざけんな。
8月28日
榊原のばあさんに、遊園地の行く方法を提案された。
高野瀬家に入り、不知火の姓を捨てる。高野瀬家の子と縁が強いものを持っていく。写真も貰った。お母さんに似ていて可愛い子だ。
9月15日
遊園地に行けた。ばあさんは遊園地がオレを近寄らせたくないと言っていたが、それは本当だったみたいだ。
でも、遊園地の中まで入れない。まだ縁が弱いらしい。高野瀬さんには本当に申し訳ない。
11月24日
この町から完全に離れることになった。この件は忘れることとばあさんにも、高野瀬さんにも強く言われた。
たぶん、もう戻ってこない。
8月3日
松葉の馬鹿に付き合って遊園地に行くことになった。まさか中まで入れるとは思わなかった。
高野瀬さんの子まで見つかった。オレはお役御免かなと思ったけど、高野瀬さんは自分の娘の婿にならないとか言ってくるし、相変わらず、この人達は何を考えているのかわからない。嫌いじゃないけど。
8月5日
オレを婿養子に申請し直そうと市役所に突撃かまそうとする高野瀬夫妻を止める。なんでも娘が見つかったからオレが家を出て行くんじゃないかって思ったらしい。だからって娘の婿養子としてとどめようとすんな。いくつ離れてると思ってんだ。婚姻届けも用意するんじゃない。
でも、家に居ていいと分かってほっとした。
もう、このノートも必要ないな。
私はそのノートには私の小さい頃の写真の他に、隆お兄ちゃんも一緒にいる家族写真が挟まっているのを見つけた。日付は私が見つかってしばらくしてからのもの。それを見てまた泣いた。
「荷物まとまったか?」
下の階で入江くんが待っていた。
「……うん。でも隆お兄ちゃんの物どうしよう……いつか帰ってくるかもしれないし……」
「……服は2~3着もってけば? 他は必要がありそうなら……」
「そうする……」
「高野瀬……」
また2階に上がろうとすると、入江くんが私を呼び止めた。
「……何?」
「……オレが兄貴の代わりにお前を迎えに行くから……」
「……」
「どっかに行っても……迎えに行くから」
入江くんはそういって私は言った。
「そんな子どもじゃないんだから! 大丈夫ですー!」
暗い雰囲気を壊すべく私は明るく言うと、2階へ駆け上がった。




