第22話 式場
「ここ、どこ……」
私は目が覚めると、真っ暗な場所にいた。
確か、入江くんと山田さんと一緒にドリームキャッスルに来たはず……入江くんが安藤くんを見つけて、中に入って、一室一室を見て回ってたら、一室だけクローゼットがあって、その中を見ようと……
『あんたなんか……』
そうだ。私、クローゼットの中を見ようとしたら、山田さんに中に押し込められて、閉じ込められたんだ。
それで、だんだん眠くなって…
「ここを出ないと……ん?」
体が重い……それに何かフワフワしたものに足元が包まれていた。
ガチャリと音がして、目の前が明るくなる。
背が高い人影が見え、逆光のせいでそこに誰がいるのかわからない。
「誰?」
「お目覚めですか? お客様……」
「!!!」
その声に私は聞き覚えがあった。だんだん目が慣れて、その人物がはっきりとする。
それはウサギだった。私は声も出せず、硬直していると、ウサギは手を差し出す。
「ドレスでは動きにくいでしょう。さあ、お手をどうぞ」
「……ドレス? え……?」
私服だった私はなぜかウェディングドレスのような真っ白なドレスに身を包んでいた。
「????」
いきなり服が変わっていて、私の頭の中はもうわけがわからなかった。
なんで、服が変わっているんだ。いや、それよりもなんでウェディングドレスなんだ。というか誰が私を着替えさせたんだ。
ウサギに立たされて、ウサギに案内させられるままに、私はドレスの裾を持ち上げてウサギの後について行った。
「あ、あの……どこにいくんですか?」
「どこってパーティー会場ですよ」
「パーティー……? それより私、友達とはぐれて……」
「大丈夫、お友達も一緒ですよ」
連れて来られた場所は、大きな扉の前だった。ウサギは私にヴェールをかぶせると、扉を開ける。同時に中からパイプオルガンの音が聞こえてきた。
「さあ、中にお進みください」
真っ赤な絨毯の先には十字架のようなものとステンドグラス。そして、絨毯の横には長椅子が並べられている。
まるで教会のような場所だ。
絨毯の先には誰かが立っていて、真っ白なタキシードを着ている。ヴェールのせいで、その人がはっきりとは見えなかったけど、その後ろ姿に私は見覚えがあった。
その人物の隣に立つと、私はその人を見て目を見開く。
「入江くん?」
「…………やっぱり高野瀬か……」
入江くんだった。うんざりとした顔で入江くんは頭に手をやる。
「お前どこにいたんだよ……どうしたんだよ……その恰好……」
「入江くんこそ……それに山田さんは?」
「知らね……気づいたらここにいたし、なんかタキシード来てたし……もう黒歴史確定……」
入江くんもわけがわからない状態らしく、ため息をついていた。
「てか、高野瀬。それだと前見えないだろ……」
入江くんがヴェールを上げてくれる。
「あ、ありがとう……」
ゴーン……ゴーン……
どこからか鐘の音が聞こえた。
そして、ウサギが奥から出てくる。
「それでは……これより、式を執り始めたいと思います」
「は?」
「へ?」
ウサギの唐突な言葉に私たちは、それ以上の言葉が出てこない。
「式って……?」
入江くんが恐る恐る聞くと、ウサギはどんと構えていった。
「結婚式でございます」
「いや、オレ達付き合ってもないし!」
「そ、そうですよ!!」
私と入江くんは付き合ってもない。なぜ同級生と結婚しないといけないのか。
「まあ、まあ。高野瀬様はこの遊園地の最後のお客様。精一杯のおもてなしをすべく。このような催しを用意したのです」
「つまり、アトラクションっていうかイベントの一部か?」
「その通りでございます。お連れ様もどうぞ、お付き合いください」
遊園地で結婚式を挙げるなんて、珍しいことでもない。ウサギはそういうと、奥のドアを開けた。
「まずは余興として、とあるものをご用意しました」
「えっ…………?」
ドアの奥にいるのは、椅子に縛られている山田さんだった。
白いバラの髪飾り、真っ白なドレスに裸足の彼女は、震えてこっちを見てる。
「た、助けて……」
震えながら助けを求める山田さんに、私はただただ驚いていた。
「山田さん!?」
「カイリ! おい、なんでカイリが縛られてんだ!!!」
入江くんがウサギに問い詰めると、ウサギは言った。
「この方は高野瀬様……お客様をいじめていた悪者でございます。悪さをしないように手を打っておくのは当たり前でしょう?」
そういって、ウサギは山田さんの元へ歩いて行く。
「見てください、この無様さを。高野瀬様に嫉妬し、暴言を吐き、さらにはクローゼットに閉じ込めるという悪行! 立場が逆転すれば、助けを乞うという浅ましさ! まるで御伽噺に出てくる継母のようではありませんか!」
ウサギは高らかにそう言うと、椅子の背もたれに肘を置いた。
「でも、ご安心を。御伽噺の心優しいシンデレラも、意地悪な継母に式の参列を許すのです! でも、その前に……」
ぱんぱんっ!
ウサギが手を叩くと、小さな子ども影が何かを持って歩いてくる。
「!」
それは真っ赤な靴だった。しかし、ただの靴じゃない。
ジュゥウウと熱を帯びていて焼けるような音が聞こえてくる。
「おめかしをしないといけませんね」
ウサギはそういうと、小さな子どもの影がトングでその靴を掴む。
「いや……やめて……ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
!!!!!」
容赦なく山田さんに真っ赤な靴を履かせ、山田さんの断末魔が響く。言葉では言い表せられない悪臭がする。
「アヅイ!!!! アアア!! アアアアアア!!!」
「カイリ!!!」
体をよじって暴れる山田さん。隣にいた入江くんが山田さんに近づこうとし、私は思わず入江くんの服を掴んだ。
「……高野瀬……! 放せ……」
「おやおや、私としたことが……白いドレスでは新婦とかぶってしまいますね……」
ウサギはそういうと、また小さな子どもの影に何かを運ばせた。
女性の顔の模様が入った鉄の箱だった。パカっと開いたその中は針が密集している。
ウサギは山田さんを縛っていた紐を斬ると、ひょいっと担ぎ、そして──
「さあ、ドレスを染め直しましょう」
「やめろぉおおおおおおお!!!」
ひょいっ
ウサギがその箱に山田さんを入れて、それを閉じた。
中からは何も聞こえない。ウサギがドアを開け、中には……
その山田さんだったものを見て、私は頭の中が真っ白になった。
見えたもの、それは赤と黒。それ以上のことは全くわからなかった。
その場に座り込んで、もう何を考えていいのかわからない。
「高野瀬! 高野瀬! しっかりしろ!!」
入江くんが私を呼んでいる。
私は入江くんにしがみついた。
怖い……怖い。
なんで山田さんが死んだの? 私のせい? 私をいじめてたから? 私は別に山田さんが死んでほしいなんて思ってない。
ぽろぽろと涙が出てくる。
怖い。帰りたい。なんでこんなところに来ちゃったんだろう……
ウサギがこっちにやってきた。
「さて、おめかしも終わって静かになったところで、式の続きを……ん?」
ざわざわと子どもの影が騒ぎ出した。
「キタ」
「シラヌイ」
「コワイノキタ」
「キタ」
私が入ってきたドアの方から子どもたちが逃げてくる。
「シラヌイ」
「コワイ」
「コワイ」
「シラヌイ」
子どもの影はウサギに隠れるように集まると、入江くんが私を無理やり立たせた。
「マジでなんかやばそうなのか来るぞ……」
「え……?」
ガンッ!
大きな音を立ててドアが歪んだ。誰かがドアを蹴破ろうとしている。
ガンガンッ! バキィ!!! ガン!
ドンとドアが蹴破られた。
「おい、テメェ……うちの妹に何してんだ……!」
少し長めの茶髪は縛っていて、ボディバックを持った隆お兄ちゃんが立っていた。
「デタ」
「デタ、シラヌイ」
「ニゲロ!」
「ニゲロ!」
慌てて子どもの影が逃げていく中、ウサギはその場に立っていた。
「不知火様……」
「隆……お兄ちゃん?」
隆お兄ちゃんは走ってきて、ウサギに向かって拳を振り上げた。
隆お兄ちゃんの拳がウサギの顔にめり込んで、首が後方に飛んでいく。ウサギの首が後ろに飛んでいく。
残された体はその場に倒れて、首はそのままコロコロと転がっていった。
取れた首の中身は空っぽだった。
「やっぱりお前は生身じゃねぇのかよ!」
そういうと、隆お兄ちゃんは私と入江くんの所に来た。
「隆お兄ちゃん……?」
私が呼ぶと、隆お兄ちゃんは動けない私を担ぎ上げた。
「!?」
「おい、お前は動けるな? 逃げるぞ。つか、動けなかったら置いていく」
隆お兄ちゃんはそういうと、入江くんは頷いて隆お兄ちゃんの後についていった。
「よくもやったな……不知火」




