第20話 誘惑
「よかった……入江に会えて……本当に良かった」
オレの腕にそういって抱き着いてきたのはオレの幼馴染、山田 海璃。
正直、オレはカイリが苦手だ。
カイリは本当に怖かったのだろう。オレの腕を掴む手が少し震えていた。
高野瀬の方に目を向けると所在なさそうにしている。オレはカイリから少し離れようとする。
「カイリ、歩きづらいから離れて」
「やだ……だって……」
「いいから……」
オレはカイリから離れて高野瀬の方を向く。
「高野瀬、そんな離れてると、はぐれたって知らないからな」
「あ……うん」
高野瀬は小さく頷いて、オレとカイリに少し近づいた。
高野瀬は今、危うい状態にあるんだと思う。おそらく、この世界と同調しつつある。
遊園地の観覧車を見て、オレは正直気持ち悪いと思った。色とかそういうのではなく、何か異質なものを感じる。昔、ばあちゃんが、神隠しに遭うとその世界に留まらせようと、ここにいたいと思わせる幻想を見せたり、誘惑するらしい。高野瀬はこの遊園地のフリーパスを持っていて、遊園地に引き寄せられているとしたら、一番危ないのは彼女だ。
しかし、時々不安げな表情を見ていると、遊園地が居心地いいと思っているとは思えない。
さっきのミラーハウスでもちょっかいを出されているのをみると、これからも何かが起こることは間違いないだろう。
目の前にはドリームキャッスルがライトアップされて見えた。
御伽噺に出てきそうな立派な城は、小さな女の子には夢の場所だろう。
(オレには魔王の城にしか見えないけど)
「ねぇ、なんでメリーゴーランド動いてるの?」
カイリが近くにあるメリーゴーランドを見て言った。
オレはメリーゴーランドを見る。カイリの目には誰も乗ってないように見えるのだろう。しかし、オレの目にはしっかり子どもの影が映っていた。きゃははと子どもの笑い声が耳に届いた。
高野瀬は顔を青ざめていて、おそらく彼女も見えていない。
「さあ、故障だろ……」
オレは視線を前に戻すと、誰かが駆けていくのが見えた。
また子どもの影かと思っていたが、その背の高さは違った。
「安藤!」
オレは思わず呼び止めた。
すると、その走っていた相手はこちらに振り向いた。
安藤だった。あいつはオレと目が合うと、青ざめた顔でドリームキャッスルの方へ向かう。
「あいつ、何やってんだ……!」
「どうしたの?」
「安藤がいた。追っかけるぞ」
オレたちはドリームキャッスルに向かって走り出した。
安藤はドリームキャッスルの中に入り、オレも中に入ろうとすると、カイリが止めた。
「本当に入るの!?」
「見つけたのに、帰るわけいかねぇだろ!」
ドアを開けると、中はエントランスホールになっていて真っ赤な絨毯が広がっており、上には綺麗に光っているシャンデリアがあった。
「安藤!」
「安藤くん!」
ドリームキャッスルはただの展示会場だ。鎧や家具などの模造品が置かれている。
二階に上がり廊下にでると、部屋が思いのほかいっぱいある。
「適当に見て探すしかないな……」
各自でドアを開けていき、室内を探していく。ホテルのように押し入れやクローゼットがあるわけでない。人が隠れてそうな場所を探して、オレはふと気づいた。
「ん?」
高野瀬の姿が消えていた。
「おい、カイリ。高野瀬は?」
「わかんない。別にいいじゃんあの子なんか」
「よくないだろ! なんで高野瀬まで消えてんだよ……」
オレは高野瀬を探そうとすると、カイリがオレの腕を掴んだ。
「ねぇ、入江。なんであの子ばかり気にするの?」
「は? 気にしてないし、一緒にいた奴がいきなり消えたら探すだろ」
「今日の話じゃない。いつも。いつも高野瀬さんばかり気にしてる! 今日だって……」
「今はそんな話してる場合じゃないだろ!」
オレがそういうと、カイリは泣きそうな顔をする。
「私は!!! 入江が好き!!」
「!」
「入江のことがずっとずっと好きだった! 入江にもいってるのに、なんで高野瀬さんばかり見てるの!! いつもいつもあの子ばかり庇うし、あの子のことを気遣ってた! なんで!!!」
カイリがオレにそう問い詰め、オレは答えた。
「……オレはカイリの事を幼馴染だと思っても、それ以上には思えない。それだけ。高野瀬は……」
高野瀬はきっと縁が強くなってしまったんだ。高野瀬が纏う霊的な縁が、ばあちゃんの力を強く受け継いでいるオレを繋いでしまった。だから目が離せなくなった。だから、これは恋愛感情なんかじゃない。
「……なによ」
カイリがそういった時だった。
バンと大きな音を立てて照明が落ちた。
「きゃぁ!」
「なっ!」
クスクスと笑い声が聞こえ、オレは意識が消えた。




