第19話 旧友
「あー、陽菜のやついねぇな……」
遊園地に入場して早10分。オレ、高野瀬 隆は観覧車の前に来ていた。
「ダシテ……ダシテヨ……」
バンバンとゴンドラのドアを叩く子どもの姿が見える。しかし、それは陽菜の姿じゃない。
黒く、人の形もまともに留めていないそれは、延々とドアを叩く。
「ダシテ……ココカラ、ダシテ……」
窓ガラスには赤黒い手形が付いている。どんどん窓ガラスに手形が広がっていき、中が見えなくなってしまっていた。
「オネガイ……ダシテ」
声が鬱陶しくなったオレは、その観覧車に近づいて、次々と下まで降りてくるゴンドラの一つのドアに触れた。
バンッ!!!
爆発するような音がし、簡単にドアが開く。そこには四人の子どもの霊体がいるが、皆人の形をしておらず、異形となりつつあった。
ドアが開いたことに気付いたそいつらの8つの目が、オレに向いた。真っ赤に充血した目はギラギラと光っていて、得物を見つけたという目をしていた。
が、それは一瞬で、恐怖の色へと変わる。
「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
悲鳴を上げたのは異形になりかけた子ども達だった。
「カエッテ!!! カエッテ!!!!」
「イヤァアアア!!! デタクナイ!」
「シラヌイ! シラヌイガ、デタ!!!」
勢いよくドアは閉じられ、降りてくる他のゴンドラから「ダシテ」という声は聞こえなくなっていた。しかも、全力でドアノブを抑えているのがはっきりとわかった。
オレは思わずため息をつく。
(どうしてこうなる……)
とりあえず、ここには陽菜はいない。そうと分かればここにいる必要はない。
「なんが……こう……やりづらいな……」
ここの幽霊は他の幽霊とは少し違うような気がする。
いつもは生に執着する怨霊や地縛霊を相手にしているせいか、幽霊たち潔さに拍子抜けしてしまう。
「いや…………潔いんじゃないわ……」
見る影、見る影、すべてが子どもなのだ。背の高い大人のような影を見かけない。
おそらく、子どもばかりのせいか、自身の恐怖という感情に敏感なのだろう。オレは微塵にも怖がらないし、加護を持っているせいで、あの幽霊たちにとっては恐怖の対象なのだろう。
まあ、子どもの幽霊を殴るわけにもいかないので、オレは向こうから逃げていってくれるのが一番いい。
「次は……ミラーハウスかなぁ……」
昔、一度だけ入ったことがある。友人みんなと一緒に行って、鏡に突っ込んだり、散々迷路に迷ったりした。
懐かしい。でも、そう思ってはいけない。
ミラーハウスにつくと、オレは蝶番のドアを開けて中に入る。ライトは一つもついてなく、自分のライトだけが頼りだった。
「コワイ……」
子どもの囁く声が聞こえる。
「キタ……」
「コワイ」
「シラヌイ」
「コナイデ」
「カエレ」
「コワイ」
「ヤダ」
振り向くと、子どもの影がちらちらとこちらを覗いていた。
「イヤナニオイ」
「コドモジャナイ」
「ナニ、アレ?」
「ヒト?」
「デモ、チガウ」
現世の事を忘れてしまっている子どもの影たち。オレを見て不知火っていう怖い人という認識はできるが、オレが大人であることは認識できないようだ。
そう、あの子たちは子どもであり、いずれ自分が大人になることも、自分たちに親がいることも忘れている。
この遊園地で遊び続け、現世の事を忘れて、ここにとどまっていた。
オレがじっとそいつらを見ていると「コワイ」と言って消えてしまう。
オレはまた歩き出した。
そのうち道を間違えたのか、行き止まりにたどり着いてしまう。オレは自分の姿が映った鏡を凝視する。
少し長い茶髪。左目の下にある涙ぼくろ。妹の顔とは全く似てない。当たり前か。義妹だし。鏡に映った自分はだんだん幼くなっていく。それにオレは驚かなかった。逆行が止まると、鏡のオレの姿は中学生くらいになっていた。にやりとオレが笑う。そしてぐにゃりと顔が歪み、黒い渦が巻いていた。
オレは自分の姿に触れる。
バリーン!
鏡に映った自分は鏡が割れたことで音を立てて崩れていく。
なんらおかしくない。自分には加護がある。それが正常に働いただけだ。おそらく、鏡を通して幽霊がオレに何かをしようとしたのだろう。
「コワイ」
「コワイ」
「コワイヒト」
「ウサギ、ヨボウ……」
オレがくるりと振り返るとスッと消えていく。
どうやらオレを本気で歓迎していない。
『貴方は他人のフリーパスで入ってきた招かれざる客』
ウサギのいう通りだ。自分は、友達のもので無理やり入ってきたんだ。
「ったく……何が楽しい時をだよ……全然楽しくねぇ……」
オレは、何度もこの遊園地へ行こうとしたことがあった。
それはあの遊園地で別れた友人たちを探すためだ。現世で行方不明であったオレが発見されたあの日、それは遊園地最後の営業日の夜だった。
翌日、オレは何度も遊園地に向かった。いや、正確には行こうとした。なぜか、遊園地はちゃんと覚えているはずなのに、遊園地にはつけなかったのだ。何度も同じ道について、そして最後には同じ場所に戻される。ぐるぐると何回、何十回と何度も同じ道を歩いた。
どうして遊園地にたどり着かなかったのかわからない。それでもオレは何日も挑んだ。一週間くらいした時、オレは遊園地に向かう途中で、幽霊に追いかけられるようになる。もちろん、自分で撃退していたが。
そこで、幽霊に追われながらも素手で倒しているオレを見つけたのが、榊原というばあさんだった。近所で拝み屋っていう仕事をしている人なんだが、その人はオレに幽霊に関しての知識を教えてくれた人でもある。
その人は、色々な話を教えてくれた。
まず、オレには幽霊が見えているということ。そして、神様の特別な加護を持っていること。オレの魂は神様の物だから、幽霊はオレに悪戯できないのだ。
そして、オレは遊園地から追い出されたということ。追い出されたからオレは遊園地にたどり着くことができない。おそらく、それはオレの名前。真名を知られてしまったのだろうと。それは真名とも真名ともいう。その名前を知られ、オレは言霊でたどり着けないようにされてしまったのだろう。そういえば、一緒にいた友人はオレの名前を苗字で呼ぶ奴もいたし、下の名前で呼ぶやつもいたからバレても当然だよな。そういうことで、遊園地の幽霊たちはオレがまた再入場するのを嫌がっているようだ。
そして、ばあさんはオレが遊園地にいこうとしていることを聞いて、こう言ったのだ。
神隠しにあった子はどんな経緯であれ、その世界にいると自ら決めたこと。だから、神隠しに遭った子は帰ってこないし、そのうち異形と化してしまう。
「諦めなさい。貴方は運がよかった。またあの遊園地に行って帰ってこられる保証はないよ」
だからって諦められるか……
オレはそれでも何度でも遊園地に行こうとした。何度も何度も何度も。
なんでオレがあの世界からはじき出されるんだ。驕りかもしれないが、友人たちはオレの為に遊園地に誘ってくれた。オレの家庭がちょっと複雑で、両親が不仲だったから「少しぐらい親のことを忘れて遊ぼうぜ」と誘ってくれた。それなのに、なんでオレだけが帰ってきちゃったんだ。オレが残ればよかったのに。
ある日、また遊園地に行こうとしていると、榊原のばあさんがオレに会いに来た。知らない大人が二人一緒だ。うちの両親よりも少し若いくらいの人だ。その二人は夫婦なのだろう。二人とも薬指には指輪をしている。
「隆くん……君に話しがある……」
「話? なんですか?」
オレがそういうと、ばあさんが言ったのだ。
「もう一度、遊園地に行かないかい?」
とある提案をされてオレはまた遊園地に行くために、ばあさんの所で簡単な勉強をすることになる。
今度は名前を知られないようにすること。現世に帰るには何か縁が強いものを持つこと。他にも色々あったが、半分忘れている。家のメッセンジャーバックにばあさんからの教えが書かれたメモがあった。今思えばあのメッセンジャーバックを置いてきたことを後悔している。
オレは鏡の破片を踏まないように跨いで奥へ行く。
後ろから誰かが付いてくる気配がした。
「不知火……」
「おい、隆……」
後ろからオレを呼ぶ声がした。ずっと昔に聞いた懐かしい声にオレは答えずに進む。
「なあ、不知火。なんでシカトすんだよ」
「隆~、おい! 感じ悪いな!」
オレはその声が誰なのか知っている。しかし、答えることはしなかった。
「こっち向けよ」
「なぁ、オレ達、友達だろ?」
そう、その声は間違いなく、オレが今まで探していた友達の声。でも、それはもう本人ではない。
「なあ、隆。隆!」
「不知火!」
慌てず、そのまま、オレは出口のドアを開ける。
狂った調子のマーチが聞こえてくる。ネオンの明かりが地面を照らし、そこがあの遊園地であることにため息をついた。
オレは振り返ると、そこには誰もいなかった。鏡にも誰も映っていない。
オレはまた背を向けると、後ろから「ちっ!」と舌打ちが聞こえた。
「……じゃあな、会津、武……もっと早く迎えに来たかったよ」
バタン……
オレは出口のドアを閉めた。




