第18話 合流
「……」
「どうした、高野瀬?」
私はネオンカラーに光る観覧車を眺めていると、隣にいた入江くんが声を掛けてきた。
私たちはあのミラーハウスから出てすぐそこのベンチに座っていた。鈴木くんと安藤くんがもしかしたら出てくるかもしれない。そう思っていたけれど、鈴木くんも、安藤くんも出てこなかった。その間、私は観覧車を見ていたんだ。
中央にある観覧車がゆっくりと回っているのを私は見とれてしまっていた。
「え……いや……夜の遊園地の観覧車綺麗だなと思って……」
前に来た時にも観覧車を見たような気もするが、まったく覚えてなかった。
こんな怖い所にきたというのに、ライトアップした観覧車を見て綺麗だと思うなんて自分でもおかしいと思う。
やっぱり、入江くんはため息をついて言った。
「綺麗ね……オレはそうは思わねぇけど……」
「あはは……そうだよね……」
私がそういうと、また観覧車に目がいく。
「……高野瀬ってさ……」
「何?」
「ホント、目が離せないよな……」
「え、急に何!?」
入江くんがそう言い、私は意味が分からなかった。
「いや、なんていうか……高野瀬を見てると、小さい子どもが目を離しちゃいけないって理由がよくわかった気がする」
「私、同い年だよ! 子どもと一緒にしないでよ!」
なんで私を見て小さい子どもを連想させるんだろう。背なの? 背なの? これから伸びるんだから!
「はいはい……」
入江くんはそういうと、バックから手のひらサイズのリングノートとボールペンを取り出すと、何かを書いていく。
「何書いてるの?」
「手紙。これ見たら、安藤も鈴木も、カイリもオレ達が出口に行ったってわかるだろ」
入江くんは手紙を書くと、付属でついていたシールでベンチに手紙を貼る。
「よし、いくぞ」
入江くんは躊躇いもなく、私の手を取って歩き出した。
手を繋ぐ、というよりも私の手の甲を掴んでいる。
「い、入江くん……痛いよ」
「あ、悪い」
入江くんはそういうと普通に手を繋ぐ。
「だ、だから! べ、別に手を繋がなくても……!」
「繋がなかったらどっか行きそうなんだよ、高野瀬は」
「行かないよ! 子どもじゃないんだから! それに山田さんに見られたら怒られるよ!」
「カイリは関係ねぇだろ……それに、こうして安藤も、鈴木も、カイリもいなくなっちまったんだ。誰が、外に行って親に知らせるんだよ」
「…………」
私はそれを聞いて、足を止めた。
「……高野瀬、どうした?」
「……鈴木くんも、安藤くんも、山田さんもどこに行ったんだろう……」
なんでみんな消えてしまったんだろう……
安藤くんも、鈴木くんも。山田さんは……また私に嫌がらせをするつもりで出て行ったのだろうか。でも、それならわざと一人で逃げるようなことはしないと思う。どちらかというと、山田さんなら、私を一人で置いていくと思う。
山田さんと離れたのは正直ほっとした。だけど、少し心配だ。鈴木くんが一人でいたってことは、きっと山田さんも一人になってしまっているだろう。こんなところで一人でいるなんて私なら不安で泣きそうになってしまう。
「お前、カイリのこと嫌いじゃなかったのか?」
「え?」
入江くんの意外な言葉に、私は目を丸くする。
「嫌いじゃないのか? 変な噂流したり、嫌がらせしたり、あいつ、性格が昔から悪いからな……」
「入江くん、そんなこと言ったらダメだよ……」
「知るか。あいつだって人の悪口を言ってんだ。あることないこと話して、いい迷惑だろ。高野瀬だって、苦しかっただろ……?」
「……そ、そんなことないよ」
私は少し嘘をついた。
苦しかった。お父さんとお母さんがいないことを笑われたり、私が遊園地で行方不明になったことを話されて、仲良くなった子たちが離れて行くのが嫌だった。隆お兄ちゃんの事だって、血が繋がってない人と暮らしてて、それを兄と呼ぶのがおかしいとか言われたこともあった。
「高野瀬?」
ぽろぽろと涙が零れてくる。
「わっ! お前大丈夫か!?」
いつも眠たそうな目をしている彼が、ぎょっと目を見開いた。
「ご、ごめん!」
私は慌てて涙を拭く。
「ち、違うの! こ、これは汗! そう、冷や汗! 入江くんと手を繋いだことで緊張して出てきた汗なの!」
「……はぁ……何年前のギャグだよそれ……それに、手を繋いで出た冷や汗だったら泣くぞ」
入江くんはため息をつきながらそういうと、私から目を逸らさずに言った。
「カイリの幼馴染なのに、あいつのやらかしてたこと今まで止められなくて悪かった……」
「え?」
「悪口とか、変な噂のこと。だから……」
「だから?」
入江くんは、言い澱んだあと、ぼそっと言った。
「今回は、遊園地にカイリを置いていこうと……ちょっと考えてたんだ……」
「!?」
初めて聞かされた。でも、なんでそんなことを考えていたんだろう。そういえば、遊園地につく前に、入江くんが「帰らね?」と言っていたことを思い出した。
「な、なんで?」
「あいつ、こっそり高野瀬を遊園地に置いていく計画立ててたんだよ。だから逆に遊園地で迷子になったとか、怖い思い出もすれば、ちょっとは大人しくなるかなってさ……まあ、今はもっと怖い思いをしてるだろうけど……」
もう肝試しどころじゃなくなった状況だ。一人でいる山田さんはきっと怖い思いをしてるかもしれない。
でも、私はそれを喜べなかった。
昔、この夜の遊園地に一人でいた時の恐怖を知っている。
「でもここ、本当に裏野ドリームランドなの?」
「……」
ここは廃遊園地だ。それなのに電気もついてアトラクションも動いている。それに、さっきから人影のようなものもちらちらと見えるような気がした。
(怖い……)
昔の恐怖がまた甦ってくる。子ども達の笑い声、知っている人がいない恐怖。波のように不安が押し寄せてくる。
ぎゅっと私の手を握られた。私がハッとして顔を上げると、入江くんがため息をついた。
「やっぱり、高野瀬は目を離せないな……」
「え……?」
「何でもないよ……んでさ、高野瀬……たぶんここは……」
そう入江くんが言いかけた時だった。
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
どこからか叫び声が聞こえ、入江くんがハッとする。
「カイリ?」
「え?」
入江くんは私の手を引っ張って走り出した。
「行くぞ! 高野瀬!」
「え……きゃあ!」
グイグイと引っ張られ、私はすぐに息が切れる。
声が聞こえてきたのは、近くのアクアツアーからだった。
「カイリー! カイリ! どこだー!」
「ぜぇ、はぁ……や、やまださーーーん!」
私と入江くんが山田さんを呼び、アクアツアーの方につくと、水辺の柵の前で山田さんが膝を抱えて座っているのが見えた。入江くんは私の手を放すと、山田さんの名前を呼んだ。
「カイリ!」
入江くんの声を聞くと、山田さんはこちらに顔を向けた。何があったのか、顔は真っ青で顔色が悪い。ボロボロと涙をこぼしながら、山田さんは入江くんに飛びついた。
「入江! 入江!!! 鈴木くんが……鈴木くんが……!」
ガタガタと震えながら山田さんがいうと、入江くんは自分から山田さんを離した。
「落ち着け、カイリ。鈴木がどうしたんだ?」
「……鈴木くんが……さっき、水辺に浮いてて……それで……白い手が鈴木くんを水の中に……」
「……」
入江くんは懐中電灯のライトをつけて水辺を照らした。私も覗いてみたけど、鈴木くんどころか、ゴミすらも浮かんでない。
「何もないぞ……」
「ウソだよ!! 確かにあれは鈴木くんだった!!!」
「落ち着け、カイリ。ひとまず、遊園地から出よう……話はそれからだ。もしかしたら、先に出てるかもしれないし……」
「うん……」
山田さんがそう頷くと、入江くんは私の方を向いて行った。
「高野瀬、確かパンフレット渡されてたよな?」
「あ、うん……」
私はバックからパンフレットを出すと、入江くんはそれを開いた。
「ドリームキャッスルの後ろだな……」
出口はドリームキャッスルの後ろにあるみたいだった。
入江くんはまたメモを貼って、私たちはドリームキャッスルを目指した。




