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第16話 お客様



 そして現在、オレは12年、いや、肝試しの時のことを入れたら6年ぶりに裏野ドリームランドにきたわけだが、まさかこんなに簡単に中に入れるとは思わなかった。おそらく、オレの名前を知られていないのが原因だろう。

 昔、幽霊に追いかけられまくっていたころ助けてもらった拝み屋のばあさんに言われた言葉を思い出す。

『いいかい、隆くん。君は幸いにもあちらに関わっているにも関わらず、あちらに拒絶されている。自ら足を踏み入れることはできても、呼び寄せられることはあまりないでしょう。だから、あちらの世界に足を踏み入れるのはやめておきなさい』

「確か……幽世かくりよだっけか……ここ」

 神隠しに遭った人はその幽霊世界に閉じ込められる。時間の流れが違い、また幽世ごとに世界の作りが違うのだ。

 昔、オレが神隠しにあった時、なぜオレだけ現世に戻れたかというと、元々変な加護を持っているオレだ。簡単な話、そんな邪魔な奴は早めにおかえりいただきたいのだろう。本来なら帰りたいとは思っても幽霊たちは絶対に帰らせない。

「そうだよ! 幽世だよ! わかったらさっさと帰れ! 不知火!」

 黒い何かが半べそかきながら言い、オレはため息をつく。

「ごちゃごちゃうるせぇな、妹を見つけたらさっさと退散してやる……ん?」

 エントランスの方から何かが歩いてくる。

 ピンクのウサギだった。オレと同じくらいの身長に、風船を持っている。それはこの遊園地のマスコットなのを覚えている。

 さっきまでいた黒い何かは、オレが目を離している間に、逃げて行ってしまった。

「いらっしゃいませ……」

 そいつの声は女性とも男とも取れない調子の合わないラジオのように、狂った音程をしている。

「おや……?」

 そいつはオレの顔を見て、首を傾げた。

「おやおや……この遊園地の入場は締め切ってしまったというのに……なぜ貴方がいるのですか……不知火様」

「……」

 妙な緊張感が走る。オレが黙っているとそいつは続ける。

「ここは遊園地……もう最後のお客様は入場済み。お客様以外は入場禁止……」

 ギラリとあいつの目が光ったような気がした。オレは持っていたフリーパスを奴に見せた。

「ほらよ。フリーパスだ……これでいいんだろ?」

「……」

 あいつは無言でフリーパスを見つめると、そのままオレにフリーパスを返した。

「たしかに……まさかあなたが最後のお客になるとは……今すぐにでもおかえり願いたいですが……止む得ません……」

 一礼するとウサギはオレに背を向ける。

「それでは、不知火さま……たのしい時を……」

「まて!」

 オレはウサギを呼び止めると、ピタリと足を止めた。

「……妹はどこだ!」

「妹……?」

「女の子が友達を連れてきたはずだ! その子もフリーパスを持ってるはずだ!」

 オレがそういうと、あいつは首を傾げて顎を撫でる仕草をする。

 そして、ポンと手のひらを打った。

「……ああ、あの子ですか……今ごろお友達とアトラクションを楽しんでいるはずですよ……」

「んなわけねぇだろ……こんなところで楽しめるかって」

「おやおや、貴方も以前は楽しんでいたではないですか、不知火様」

「覚えちゃいないね!」

 オレは吐き捨てるように言った。

「……妹には……何もしてないだろうな……?」

 とにかくオレは強気で出た。

 正直12年前、この遊園地で遊んだという記憶はあっても、何をして遊んでいたのかは覚えていない。だからか、オレはコイツに対する恐怖が微塵にもわかない。元々幽霊を殴れるという履歴書にもかけない特技があるのもある。おそらく、あっちもオレがフリーパスを持っているお客様な限りは何もしてこないだろう。

 あいつは首を傾げて言った。

「さぁ……私はわかりかねます」

「ちっ!」

 オレが舌打ちをすると、ウサギは言った。

「不知火様、貴方はここから追い出された身。そのことを理解しておいでですか?」

「ん? あー、やっぱりオレは追い出されてたのか?」

 それは何となくわかっていた。変な加護を持っているというのもあって、オレが邪魔だったのだろう。

 ウサギは言った。

「貴方は、他人のフリーパスを使ってきた言わば、招かれざる客。しかし、その異質な縁のせいでここの子ども達はおろか、私すらも手は出せません」

「へぇ……そりゃいいこと聞いたわ」

 オレは不敵に笑うと、ウサギは恨めしそうに言った。

「ええ、本当に忌まわしい縁ですよ。どうやってあなたがその縁を手に入れたのはわかりませんが、早めのおかえりを願います」

「はっ! 言われなくたって妹のこと見つけたら帰るってーの!」

 言われなくたって、陽菜さえ戻ってくればここには用がない。お望み通り、現世へ速攻帰ってやる。

 ウサギは何か考えているのか無言でこちらを見ていた。

「…………ところで」

「ん?」

「貴方は、不知火ではなくなったそうですね……今のお名前をお聞きしても?」

「……」

 オレはべっと舌を出した。

「ばーか! お前に真名まなを教えるわけねぇだろ……オレを言霊で縛って追い出そうなんざ10年早ぇんだよ」

 オレがそういうと、ウサギは長いため息を吐きながら頭を抱える。

「……本当。どこからそんな知識を得たのか……さすがは不知火(物理)ですね」

「……なんで遊園地の引き籠りがそのあだ名知ってんだよ」

「さて、私も暇じゃないので退散するとしましょう」

「聞けよ!」

「不知火様」

 ウサギはオレにずいっと近づき、あまりの近さにオレはのけ反った。

「な、なんだよ」

「今回はくれぐれも、器物破損はおやめください。いいですか?」

「は? なんだよそれ?」

「イイですか????」

 さらに距離を詰めてくるウサギにオレはしぶしぶ頷くが、「はい」とは言わない。

「あ、ああ? 気を付けるよ……」

「本当、そこで『はい』って言わないのが貴方らしい……それでは、不知火様、楽しい時を……」

 ウサギは速足で闇に紛れて消えていく。オレはさっきの言葉の意味を理解できず、首を傾げた。

「今回は? なんのことだよ……」

 前回のことを全く覚えていないオレはため息をついた。

 そして、狂った調子のマーチを聞きながらオレは歩き出す。

「さて……どこ行ったのかな……」




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