第15話 不知火
オレ、高野瀬 隆には、いやな過去がある。
12年前、オレは不知火という姓を名乗っていた。
中1の夏休み、思い出作りに遊園地に行こうと同級生たちに誘われたのだ。
当時、オレの両親は不仲で、よくケンカをしていた。怒りの矛先がオレに向かってくることなんてしょっちゅうだった。そんな元気のないオレを友達が誘ってくれたのだ。
『町にある遊園地に行こう』
両親は友達と出かけることにすぐ許可してくれた。というか、家に居るオレが鬱陶しかったのか、小遣いを渡して「行きたきゃ行け」って感じ。それと一緒に、今でいうガラパゴス携帯ってやつを持たされた。
12年前、そのころ携帯ってスマホとは違って折り畳み式のもので、中1で持っている奴はあまりいなかった。
遊園地に行く時に、友達がいいなと羨ましそうに言っていたのをよく覚えている。
その日、オレは友達と遊ぶことだけを考えて一日中遊園地で遊んだ。それはもう真っ暗になるまで。夜になると、マスコットのウサギがやってきて、オレの友達にフリーパスを渡した。夜限定で乗り物に優先的に乗せる券を配っているらしい。それは最大4人まで同時に使える。だから、一枚だけ手渡された。もちろん、オレたちは喜んでた。
オレは特に門限なんてなかったし、遅くなったって親はどうせ気にしないだろう。
そう、どうせ遅くなったって気にしない。気にするなら他の友達のはずだった。
それなのに、オレは夢中になって遊んでいたのに気づいてしまったのだ。
時間は9時。アンテナは立っていない。オレは何となく、家に電話をしないといけないって思ったのだ。
そんな必要はないのに。
ここは電波が通っていないなら、遊園地の外にでる必要がある。
「悪い。オレ、外に出てちょっと遅くなるって電話してくるわ!」
「えー、なんで外なんだよ?」
友達はそういうと、オレは答える。
「ここじゃ電波入んないし」
「じゃあ、これもってけよ。外に行くならフリーパスでまた再入場できるだろ?」
パスポートを差しだされ、オレは友達からそれを受け取る。
「サンキュー!」
「すぐ戻って来いよ!」
「へーい!」
オレはそういって、遊園地から出た時だった。小さな女の子とすれ違ったような気がした。でも、こんな時間に子供が一人でいるわけがないと思って振り返らなかった。
入場門を出ると、何か中で騒々しい。
「なんだ?」
オレは首をかしげたが、まずは電話だと思って、携帯を開いた。しかし、携帯を開いても電源が入らないのだ。
「おっかしいな…さっきまで使えてたのに……」
「ん? おい、キミ。こんなところで何をしているんだ? まだ中学生だろ?」
近くに通った警備員がオレに話しかけ、目を丸くした。
そういえば、そろそろ営業が終わる時間だ。そんな時間に子どもが一人でいたら、警備員も驚くだろう。
「あ、すみません。今親に連絡をしようと……」
「キミ、不知火 隆くんじゃない?」
早口でオレの名前を言う警備員に驚きながらオレは後ずさりをする。
「え? あ……はい」
なんでオレの名前を知っているんだ?
「他のお友達は? 今までどこにいたの? それより、ちょっと事務室にきてくれる?」
「え……はい」
急に早口で問い詰められ、問答無用に事務室に連れて行かれた。一瞬、不気味に思ったが、時間が時間だ。オレは友達の親が、なかなかオレ達が帰ってこないから遊園地に電話したんだと思った。
でも、事情は違ったんだ。
事務室にあるカレンダー8月。しかし、年が2年早いのだ。このカレンダーは不良品かと思いきや、監視用カメラのモニターはブラウン管型ではなく、薄型になっているし、扇風機には羽がない。
(どうなってるんだ?)
オレは頭が混乱していた。
警備員のおじさんがどこかに電話をしていた。それがどこにかけているのかはわからなかった。
「はい、そうです。ええ、そう行方不明になっていた子が……」
(行方不明? オレたちはずっと遊園地にいたんだぞ? 行方不明はいくらなんでも言い過ぎだろ)
警備員のおじさんが電話を終えると、ペットボトルのお茶をくれてオレの前に座る。
「キミ、名前を聞いて良い?」
「あ、不知火 隆です」
「……歳はいくつかな?」
「12歳……今年で13」
「……12? キミは14歳だろう?」
「は? 何言ってんですか?」
オレはこの人が何をいっているんだかわからなかった。
「キミ、お友達を一緒にここにきていたでしょ? そのお友達は? それよりも、今までどこにいたんだ?」
「どこって、ずっと遊園地にいましたよ。友達はまだ遊園地にいると思うし……もしかしておばさんから電話ありました?」
「…………」
警備員は苦い顔をすると、また言った。
「キミ、自分が行方不明になって今何年だと思ってる?」
「行方不明? オレはずっと遊園地にいたんですよ? 何年も経ってるわけないじゃないですか! なんですか、さっきから!」
さっきからわけのわからないことばかりだ。オレが怒ったようにいうと、警備員は言った。
「じゃあ、今何年?」
「……200×年でしょ?」
「……200○年……君がいっている年の二年後だよ」
「は? ……でも!」
手元にあったフリーパスを見せても警備員は納得しなかった。
そこからがまた面倒臭かった。警察が来て保護されて、事情聴取されて、友達は未だに行方不明。親は離婚してるし、みんな老けてデカくなってるし、意味が分からなかった。まるで浦島太郎になった気分だった。
オレは母親の元に帰り、気持ち悪い目で見られるようになる。そりゃそうだ。二年前にいなくなった息子が、姿変わらぬまま戻っと来てたらな。
おまけに行方不明だった2年間の記憶がない。精神的なショックからの一部的な記憶障害と診断されて、何度か病院にも行った。
そして、さらに母親を不気味に思わせることが起きた。
オレは見えるようになっていたんだ。幽霊を……
『助けてくれ! 助けてくれ!』
『痛い、苦しい、死にたくない!』
『あはははははは! ねえ、あそぼうよ!』
始めは幻覚、幻聴だと思った。
でも、それが幽霊であると分かるのに時間はかからなかった。理由は簡単。この世に留まっている幽霊のほとんどは、土地に縛られている。毎日同じ場所に頭から血を流している人間が立ってたらおかしいだろ。
頭から血を流している奴だっているし、手足がなくなっているやつもいる。たまに逆に若返ったりしてる人もいた。大体は死んでるってわかる姿をしてるけど、わかりづらいやつもいるし、そもそも自分が死んでいることに気付いていない奴だっていた。
昼も夜も関係にない。アイツらはいつだってそこに存在している。
オレは怨念を持つ幽霊に追いかけられることが多々あった。
『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる』
オレの背後を纏わりつく血まみれのサラリーマン。恨めしそうにオレを見ながらずっと低い声で呟いていた。
正直鬱陶しい。
『見えてるんだろう。そうなんだろう? ああ、むかつく。なんでこんなガキが生きててオレは死ぬんだ。お前が死ねお前がしねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が………』
エンドレスで恨み言を呟くそいつにムカついて、オレはくるりと振りかえる。
そして──
「鬱陶しいわ!!!! お前が死ね!!!」
『ギャァアアアアアアアア!!!!!』
オレの拳がサラリーマンの顔面に埋まり、大きく顔が歪んだ。サラリーマンはまるで漫画やアニメのように数メートル先まで吹っ飛んだ。完全にサラリーマンは伸びてしまい、目を回している。
「オレについてくんな、鬱陶しい!」
なぜか物理攻撃が有効になっていた。
近所の拝み屋のばあちゃんの所に行くと、オレには特別な加護が付いているらしい。
加護にも色々あるが、なんでもこの加護は幽霊が嫌がるものらしく、幽霊を寄せ付けないものらしかった。しかし、幽霊というものは、生に執着するものだ。だから、幽霊が見える者や感じるものに忍び寄り、悪さをしでかす。しかし、オレはその変な加護があるため、幽霊がオレに近づけばはじき返される。幽霊はその加護は気づかないのかというと、気づく奴もいる。しかし、この世に未練がある幽霊というのは、見境がないのだ。そういう奴は、オレに殴られて気づく。このサラリーマンのように。
オレが幽霊を見えるようになったのも、元々そういう素養があったのか、それともあの遊園地にいたせいなのかはわからない。
とにかく、物理攻撃が有効なのは便利なもので、たいていの幽霊は自分の拳で何とかなった。
おかげで近所の幽霊からは不知火(物理)と呼ばれるようになっていた。(※不知火とは九州で見られる蜃気楼の一種。妖火の一種ともいわれている)
そんなこんなことをしているうちに、オレは遊園地から帰ってきてから半年も経たずして、とある理由で高野瀬家に養子として入ることになる。




