第14話 再入場
坂を上ると、裏野ドリームランドのゲートが見えた。はじめは白く塗装されていたのだろう。それははがれており、赤茶の錆びが顔を出していた。大きく、関係者以外立ち入り禁止と書かれた看板が立っていた。
「おーい、こっちに自転車があったぞ!」
近くの茂みで捜索をしていた警察官がこちらに手を振っている。
確認のため、オレ達も通され、そこには5台の自転車が並んでいて、中学校で配られるステッカーが貼られていた。それの中に陽菜の自転車があった。自分が買ってあげた物なので間違いない。
「近くのフェンスに穴がありました。おそらく、そこから入ったのだと思います。今、このフェンスから捜索をしている警官もいるので、他の皆様はゲートの方からお願いします」
警官にそう促されて、オレ達は遊園地のゲートから入る。
ゲートからすぐそこが駐車場。長らく使っていないせいでアスファルトにヒビが入り、その隙間から雑草が生えている。
暗くてよくわからないが、黒く大きな影が見えた。多分、観覧車だろう。
遊園地の入場口に入る前に、アトラクションの中には入らないで欲しいと説明された。老朽化が進んでいて、何かあったら危険だからだそうだ。
しぶしぶ頷く保護者もいたが、なんとか中に入る。
中は、前に陽菜を見つけた時と変わらない。雑草が伸びきっていて建物はすべてにシャッターが下りている。さらに壁にはカラースプレーで落書きがされていた。
雑草を踏んだ跡で追えるかと思ったが、それでもダメそうだ。
あまりの静けさに、揺れる草木の音や風の音が、誰かが通った音に聞こえる。真っ暗なせいで、小さな子どもの影がちらちらしているようにも見えた。
「おーい! 海璃―!」
「祐樹―! どこにいるの!」
「陽介―!」
「陽菜―!」
オレはありったけの声で叫ぶが、返事はない。
前に陽菜を見つけた場所は、遊園地のエントランスだった。でも、今回は肝試しをする為にきているのなら、きっとエントランスにはいないだろう。
「陽菜! 陽菜―!」
オレが中央の観覧車の所まで行った時だった。
スマホの着信にしてあるカノンが鳴った。カノンの設定をしているのは家族だけだ。
「陽菜!」
画面には陽菜の名前があり、オレは急いで通話ボタンを押す。
「もしもし……?」
オレは緊張と不安でいっぱいになりながらも声を絞り出す。陽菜は無事か。もし、陽菜ではなく、スマホを拾った誰かか、誘拐犯だったらどうしようとそんなことばかりを考えていた。
どうか陽菜であってほしい。
『た、隆お兄ちゃん?』
「……陽菜!」
オレは思わず、声を上げてしまった。電話の相手は間違いなく陽菜だった。
オレは安心したと同時に、声を低くする。
「お前、今どこにいるんだ!!」
オレは怒ったように問い詰めると、陽菜は少し怯えた声で言った。
『ご、ごめんなさい……私、花火じゃなくて』
陽菜は帰ってこないことにオレが怒っているのではなく、嘘をついて肝試しをしていることに怒られると思っているような言い方だ。
「わかってる! とにかく今どこにいる……」
向こうの方から何か聞こえる。
一体何の音だろうか。ラッパや小太鼓の楽しげな音楽は、途切れ途切れに聞こえてきた。
「なんの音だ?」
それは自分に問いかけた言葉だった。
オレはこの音楽をどこかで聞いた。ずっと昔。思い出すんだ……
『ゆ……遊園地の音楽だと思う……裏野ドリームランドにいて……電気が……』
電話口で陽菜の説明を聞いてオレは思い出す。
(そうだ。遊園地のBGMだ)
しかし、遊園地はもうとっくに閉園している。何より、今ここにオレがいて、電気なんて1つもついていないのだ。
「電気? お前、何言ってんだ。陽菜、お前は本当に遊園地にいるのか?」
しかし、陽菜の返事が返ってこない。
「陽菜? 聞こえてるか? 陽菜!」
『隆お兄ちゃん?』
陽菜にはオレの声が聞こえないのか、オレの名前呼んでいた。
「高野瀬さん?」
気づいたら、浅沼がオレの後ろに立っていた。
「妹さんと電話が通じたんですか?」
「ええ、でも向こうに声が聞こえてないみたいで……」
「ちょっと借りても?」
オレは正直渡したくないと思いながらも、スマホを浅沼に手渡した。
「もしもし? こちらは警察署の浅沼という者なのですが……」
浅沼がそういってしばらく黙ると、スマホをオレに返した。
「確かに、向こうに声は聞こえていないみたいでした。私のことを貴方だと思っていましたよ」
「妹はなんて?」
「貴方に謝って、すぐ帰る。声が聞こえないし、また電話すると。あと、一緒に肝試しに行った子たちも一緒だそうです。高野瀬さんは、妹さんをお話しできましたか?」
「ええ……遊園地にいるみたいでした……ここは電気がつくんですか?」
陽菜は遊園地にいるようなことを言っていた。音楽も聞こえてきたが、いまここは真っ暗で音楽が聞こえてくるような場所ではない。
「残念ながら、電源は入りません。どうしたんですか?」
「……いえ、なんでもありません……」
オレはスマホをポケットにしまって、ライトを握りしめた。
浅沼の一言でオレは確信し、オレは浅沼に背を向けた。
「遊園地にまだいるということはわかりました……ということは……高野瀬さん?」
振り返った浅沼が、オレがいなくなって驚いていることだろう。しかし、今はそんなことを考えている場合じゃない。
オレはエントランスに行き、入場門を出て、振り返った。
ボディバックから定期入れを取り出す。これを使うのは久しぶりだ。
ボディバックから取り出した定期入れを握りしめて、再び入場門から入る。
その瞬間、空気が変わったような気がした。蒸し暑い空気も、虫の音も聞こえない。
『ピーッ! ガガガガガガガ! ブブッ!』
壊れたスピーカーからブツキレな音楽が聞こえてきた
小太鼓やラッパの音は確かに聞こえるが、狂った調子のマーチは不快そのもの。
「ご来園ありがとうございます……」
閉じられていたシャッターはいつの間にか開けられており、そこに黒い何が鎮座していた。
その黒い何かは目がない。それなのに、オレと目が合った。
そして……ねちゃりと粘着質のある音を立てて、口が開いた。
「ご来園ありがとうございます……さぁ、入場券をお見せください」
オレは臆することなく、そいつに近づき、定期入れに入ったフリーパスを見せた。
そいつはオレのフリーパスを見ると小さく頷いた。
「確認しました……ようこそ……裏野ドリームランドへ…………ん?」
そいつは急に首を傾げた。
オレを二度見どころか三度見して、またフリーパスに目を落とし、再びオレに目を向けてからそいつはフリーパスを手から滑り落とした。
「ぎゃぁああああああああああああ!!!! でたぁああああああああ!!!!」
大口を開けてそう叫んだのは、その黒い何か。オレは拳を強く握る。
「うるせぇええええええええええええええええ!!!!」
「ぎゃぁあああああああああああああああああ!!!!」
拳で顔面を殴られたその黒い何かは、悲鳴を上げて顔(?)が歪んだ。
ぜぇ……ぜぇ……と呼吸をしながらオレがその黒い何かを睨みつけると、黒い何は目がないのに涙を浮かべながら言った。
「テメェ……不知火!!! 追い出されたくせに無駄にデカくなって帰ってきやがって! 帰れ!!! 現世に今すぐに帰れ!!!」
「うるせぇ! 旧姓で呼ぶんじゃねぇよ!!! ぶん殴るぞ!!!」
「すみません! 殴らないでください! 霊体でも痛いんです!」
黒い何はオレに土下座をして謝り、オレはため息をついた。
オレは12年ぶりに戻ってきてしまった。
裏野ドリームランドに……




