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第9話 虚像



「おーい、安藤くーん……」

「あんど~」

 懐中電灯で照らしながら私たちは安藤くんを探した。でも、安藤くんの声が聞こえることはなかった。

「安藤くん、どこに行ったのかな……」

「鈴木を見つけたって言ってたけど……」

 入江くんがそう言って急に立ち止まり、私は入江くんの背中にぶつかった。

「ご、ごめん!」

「ああ、大丈夫」

 気にしていない風に入江くんはスマホを取り出してカメラで写真を撮りだした。

 カシャッ! カシャッ!

 私もその方向をみるけど、何もない。ただ、入江くんと私が鏡に映っているだけだった。

「何してるの?」

「んー? 記念写真?」

(なんて悠長な……)

 入江くんの言葉に、私は少し引き目を感じながら、私は目の前にあった鏡を見た。

 15歳という年齢には幼過ぎる顔立ち、肩で切りそろえられた黒髪。お母さんに似たパッチリした目は、よく隆お兄ちゃんに「陽菜は母さんに似てよかったな」と言われたのを思い出した。昔、義兄弟というのが分からなかった私は「じゃあ、隆お兄ちゃんが大きいのはお父さんに似たんだね!」なんて言ったっけ……?

(隆お兄ちゃん……心配してるだろうな……)

 私は自分の姿が映った鏡に触れた。

「……高野瀬?」

 キャハハハッ! アハハハッ!

 また子どもの笑い声が聞こえてくる。

 それが嫌に近くで聞こえた時、鏡に映った私の顔がぐにゃりと歪んだ。

 まるで粘土が潰されたような顔を見て、私は鏡から手を放した。

「!!!」

 声も出なかった。

 歪み過ぎた自分の顔は真っ黒く染まり、飲まれたら出て来られないような穴が開いて渦巻いていた。

「貴方は誰? あなたは誰?」

 そう問いかけてくる鏡の私だったもの。

 それは鏡から手を伸ばして私に近づいてくる。

「ねぇ、遊ぼうよ、ここは楽しいよ……」

「や、やだ……」

 キャハハッ! キャハハハッ! アハハハハハハハハハハハハハハハ!!

 声が震える。胸が苦しく息苦しい。頭の中で子どもの笑い声がループし続け、呼吸もうまくできずに体が震え出す。

 まるで地震がきたように世界が揺らめいた。

 視界が歪み、目の前がよく見えない。

(怖い……怖い……隆お兄ちゃん……)

 私はぎゅっと目を瞑った時だった。

 とんっ

 誰かが私の肩に触れた。

「!!!」

 私はあの鏡から出てきた化け物だと確信し、それを見ずに突き飛ばした……はずだった。

 私の力では相手は倒れず、私の手を強く掴んだ。

 ぞっとした。

 わけのわからない物に捕まれて、全身に鳥肌が立った。私は強く腕を払おうとする。

「やだ!! 隆お兄ちゃん!!! 助けて!!!」

「高野瀬!!! しっかりしろ!!!」

 パンッ!

 その声と同時に私の頬に痛みが走った。じんわりと頬が熱くなり、顔を上げると、入江くんが呆れた顔をして私を見ていた。

「……入江くん?」

 化け物だと思っていた私はぽかんと彼を見つめてしまった。

 もちろん、彼の顔は私を飲み込むような穴も開いていない。私は彼の顔を見てようやく落ち着いて、動悸も収まっていた。

「何パニックになってんだよ……ったく……」

「ごめん……ごめん……」

 私が謝ると彼はため息をついて言った。

「拒絶されて兄貴の名前叫ばれるとか……傷ついたわー」

「本当にごめん!!!」

 彼の話し方は平坦なものだったが、私は慌てて謝った。

「……冗談だよ、オレも引っ叩いて悪かったよ。痛くないか?」

「あ……うん」

 私はまだ熱い頬に触って頷いた。

「何があったんだよ、あんなパニックになって……」

 入江くんはそういい、私は見たままを話す。

「鏡をみたら私の顔が歪んで……食べられると思って……」

「どんな幻覚だよ……ほら、行くぞ」

 入江くんは私の手を掴んで歩き出し、私はかーっと顔が熱くなった。

「手、手!」

「また突き飛ばされたらたまんねーし、安藤みたいにいなくなったら困るから繋いどけ……それともまた突き飛ばすか?」

「し、しないよ!」

「なら、そのまま繋がれてろ……ったく……」

 入江くんはそのまま迷路を歩き始めぼそっといった。

「近くにいる男より……兄貴の方が頼りになるのか?」

「え……?」

「高野瀬の兄貴。そんなに頼りになるのか?」

 入江くんは怒った口調で言う。

 そりゃ、いきなり突き飛ばされそうになって、身内の名前を出しながら助けを求められたら傷つくと、私も思う。

「ごめん……」

「頼りになるのかって聞いてんの? 謝罪なんて求めてねーよ」

 私は顔を上げると、入江くんが私を見下ろしていて私は目を逸らして答えた。

「……だって……私のことを誰よりも早く迎えに来てくれるから……」

 6年前だって誰よりも早く私を見つけてくれた。家族になった日も両親より早く帰ってきてくれた。3年前も血を繋がってない妹の私を見捨てずに育ててくれている。

 両親がいない今、誰よりも頼りになる人だ。

「そういえば、高野瀬の家って……」

「うん、お母さんとお父さんは三年前にね」

 授業参観の時に何回か隆お兄ちゃんが来てくれたこともあったから、同級生に隆お兄ちゃんのことと、家族のことを話したことがある。入江くんも私に親がいなくて隆お兄ちゃんと二人暮らしだってことも知っていると思う。

 隆お兄ちゃんのことを思い出して、私は早く家に帰りたいという焦りが押し寄せてきた。

 電話を掛けたあの時、隆お兄ちゃんの声は今まで聞いたことがないくらい慌ててて、怒った声をしていた。嘘をついて、それもこの遊園地に来てしまったんだ。怒るのも当然だ。

「帰らないと……家に……これ以上迷惑かけられない……」

「そんなのに気にしてるのは、血が繋がってないからか?」

「!」

 私はぎょっとして顔を上げた。

「な……」

「カイリが話してたことを鵜呑みにしているわけじゃないけど……お前の兄貴と血繋がってないって話、職員室で聞いたんだよ」

「……」

 私はそれを聞いて、さーっと体中から血が引いていくのを感じた。

 学校で山田さんが噂を流して、周りの子達から「気持ち悪い」と影から言われたことがフラッシュバックする。

「……入江くんも気持ち悪いって思う?」

「気持ち悪い?」

 なんだそれと入江くんは顔をしかめた。

「女子の感覚はわかんねぇな……別に一緒に暮らしてるだけだし……つか、お前の兄貴ってあれだろ……?」

「あれ?」

「茶髪で、背が高くて、イケメンのチャラそうな男の人……」

「隆お兄ちゃんはチャラくないよ!」

 確かに隆お兄ちゃんの顔はいい。髪は茶髪だし、少し髪が長くて家だと縛ってるし、ご飯だって最初はまともに作れなかったけど今はびっくりするくらい上達してるし、お友達もたくさんいる。でも、隆お兄ちゃんにはなぜか彼女ができない。

「た、隆お兄ちゃんは……チャラくないよ。なぜか彼女もいないし、エッチな本だってお部屋にないし、スマホにもエッチな動画だってないんだから!」

「彼女はともかく、エロ本くらいは持ってると思うぞ?」

「持ってない! 絶対持ってない! 隆お兄ちゃん言ってたもん!」

 私は断固否定し、入江くんに言った。

「絶対持ってない! 帰ったら入江くんに隆お兄ちゃんに会わせてあげるから! 隆お兄ちゃんはチャラくないから!」

「わかったわかった……」

 呆れた顔で入江くんは私を宥めた。私は頬を膨らまして大股で入江くんに並ぶ。

「とりあえず……ここから出るぞ……安藤のことだし、外で待ってたら出てくるだろ……」

「うん……」

 私と入江くんは鏡の壁にぶつからないようにゆっくりと歩いた。




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