8.王子が何か決意をされたそうです。
女神さま降臨……って言ったのは………嘘だ!!!(キリッ)
いえ、当初はその予定だったんですが、いきなり女神さま降臨はおかしいと思ったのでちょっと差し入れる予定が長くなりました。
翌朝、私はいつものように朝食を作り、ルークさまの部屋を叩く。返事はないので、まだ寝ておられるのでしょうか。片手で盆を持ちつつ扉を開き、中に入ってルークさまの眠るベッドサイドのテーブルに盆を置く。日が昇ってカーテンの隙間から入る明るさでルークさまの寝顔がしっかり見えた。
毎日思う事だけど、やっぱり綺麗。光に当たって、金髪はキラキラと輝き、整った顔は人形のよう。肩幅も広く、ほどよく筋肉がついていて、背中を濡れた布で拭く時は心臓がバクバクしてたまらない。つい手が滑ってお体に触れてしまっても、ルークさまは叱責することなく笑ってくださる。そういえば、王族や貴族の方は全て他人任せと聞いたのだけど、ルークさまは手の届く範囲は自分で拭かれるんだよね。いや、胸とか腹とか拭くなんてはしたないやら恥ずかしいやらなんだけど。
と、はしたない考えは置いといて、冷めないうちにルークさまを起こさないと料理が冷めちゃう。
「ルークさま、朝ですよ」
部屋のカーテンを一気に開くと、かすかに声をあげてルークさまはぼんやり目を覚まされました。
「おはよ…エマ」
「おはようございますルークさま、昨日いいお野菜を分けて頂いたので今日は具だくさんのスープを作りました。お口に合えばよろしいのですが」
これは、ルークさまが来てから毎食ごとに言ってしまう口癖のようなものだ。今まで豪勢な一級品の料理に慣れ親しんだルークさまが、庶民の味に満足できないと判っていても。けれど、今まで泣かれたことはあれども不満を漏らされたことはありません。それどころか、いつも顔をほころばせて美味しいと言ってくださるのが、お世辞でなければよいのですが。
「ん、これも美味い。焼き立てなのだろう温かくやわらかなパンと口の中でとろける具材とスープ………俺だけがこんなに贅沢をしていてもよいのだろうか」
「贅沢だなんて。ルークさまはお城で比べものにならないくらいに豪勢な料理をお召し上がりになっていたのでは?」
少し嫌味になってしまっただろうか。私の発言に、ルークさまは食べる手を止められました。
「……ああ、確かに豪勢だっただろうな。けれど、何を食べても味がしなかった。作法に、腹の探り合いのような会話、張り付けた笑顔の中で食べても美味しくはなかった。この発言こそ贅沢だと言われそうだが、俺にとって、城で食べた贅を尽くした料理より、カレンの作った弁当の方が美味しかったのだ」
ポツリ呟かれ、ルークさまは匙を口に運ばれます。
「まぁ、カレンの弁当よりエマの作った食事の方が美味しいんだけどな。なんというか、俺の体調を考えてくれているのだろうな、出されたものは残さず食べると決めていたが、毎度無理なく食べられる献立と量が用意されていて……とても有難い」
「それならばよいのですが」
「カレンはどうしているんだろう。俺のように誰かに救われているだろうか。それとも、まだ涙を流しながらさまよい続けているのだろうか。腹が立つのは変わりないが、セドリック、クリフォード、ヴォーレス、ギルモア先生、誰かが守っていてくれているといい」
ルークさまはカレンさんという人をとても好きなんだろうな。
「カレンを探すためには、まず体力をつけねばならんな。あと、自力で金を稼がねばならん。こう見えて俺は学院内でも剣の腕は立つ方だった。幼いころから国王になるために帝王学も学んだし、学院でも2学年途中までは首位だったし、卒業まで名前が掲載される順位にはいた。周辺諸国の言葉は外交に申し分ないくらいはまだ頭に入っている。傭兵、護衛、事務官、あと何ができるだろう」
「ルークさまが、傭兵になられるのですか?」
「ああ、平民が出来る仕事で今俺が出来るものといえばそれが手っ取り早いと思う」
「でも」
ずっと王族だったルークさまが、あんな怖い人たちに混ざることが出来るのでしょうか。私にとって傭兵の印象は、がさつで怖くてお酒に酔っててすぐに暴れるといったもの。危険だし、できれば他の道を選んでほしいのです。
「ずっと上の立場にいた俺が、最下層に行くのが心配なのか?確かに殴られ蹴られボコボコにされるだろうな。だが、パーティの翌日、まだ明けきらないうちに城から放り出され数日、今まで味わったことのない屈辱にまみれた。だから、再び同じ目にあったとしても、カレンと共にいられるなら俺はなんだって耐えることが出来る」
そういって、ルークさまは私に笑顔を見せてくださいました。
「そう思うのも、エマやアシュリー家の皆のおかげだろうな」
こうして信用されると心が苦しい。私や家族、いやエヴァレット領の皆はエヴァレット侯爵の恩恵を受けている。もし、お兄ちゃんがオフィーリアさまに報告してオフィーリアさまがルークさまを捕らえて差し出せと仰られたら、きっとそうしてしまう。もし隠して逃がしたら、見つかった時に家はどうなるのだろう。散々侯爵家の恩恵を受けてきたのに、仇で返すつもりかと責められるだろうか。いや、それよりオフィーリアさまに幻滅されるのが一番辛い。恐れ多くも、ずっと妹のように可愛がってくださったのに。今こうしてルークさまのお世話をしている時点で、もう嫌われても仕方ないことをしているのだ。ただの行き倒れを助けただけならよかった。お兄ちゃんの言うとおり、回復したら早く出て行ってもらわないと。
だから、私はルークさまの言葉に何も返すことが出来なかった。
つ…次こそちゃんと女神さまのターンです。王子ターンはお腹いっぱいな皆様お待たせしました。
ちょっとは話が動くと…いいなぁ。