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5・王子の金銭感覚が不安です。

 さて、殿下の様子は、と部屋を見ると、殿下は理解が出来ないといったように、ぼんやりとしておられます。


「あの、殿下」

「エマ、お前もオフィーリアが好きか?」

「はい、私もオフィーリアさまを尊敬しております。兄が申していたように、この領に住む者はエヴァレット侯爵の恩恵を受けておりますよ。特に、領府の事業にオフィーリアさまが関わられてから見違えるようになりました。片田舎と言われたここが、流行の最先端とも言われるようになり、見たことも聞いたこともない商品が生まれ、発展しました。兄が申すには、特に福祉が充実して他の領内と比べ路上生活者や食う物に困る者が少なくなり、領内の施設に匿われたりしているそうです。その結果、領民は美化にも気を配るようになり、観光業も右肩上がりになったそうです。全部兄から聞いた話なので、具体的な話は出来ませんが……あ、もし動けるようになられましたら、一度街を見てくださいませ。私でよろしければご案内いたしますよ」


 殿下とオフィーリアさまの間で何があったかはわかりません。けれど、私から見たらオフィーリアさまは女神のような方です。そんな御方がキラキラと神々しい殿下と添い遂げられる。エヴァレット領民なら、誰しも素晴らしい婚姻だ、将来が希望で満ち溢れていると拍手喝采でしょう。

 それなのに、カレンという方を殿下が選ばれたなら、その方はオフィーリアさまよりも素晴らしい方なのでしょうか。


「カ、カレンも素晴らしい女だぞ。この前なんて、寒空の中凍える者に炊き出しをしようと慈悲深い提案をしてな。それに、王立学院で催し物を開催して、収益を全て恵まれない者に寄付しようと言ったんだ」

「それでいかがでしたか?」

「ああ、大盛況だったぞ。皆笑顔で、俺も鼻が高かった」


 ん?

 私には政治とか経済とかさっぱりわかりませんが、なんだか曖昧すぎて霧の中に手を差し入れている心地になりました。


「それに、金を持つものが金を動かさないといけないと言ったから、色々と買った」

「えっ、それ大丈夫なのですか?!」


 少なくとも、殿下が使われるのなら国民が納めた税収からでしょう。それを色々で済ませていいものなのでしょうか。オフィーリアさまは以前、領民が納めてくれた税収は、しかるべき事に使わなければならないと仰っていました。半年に一度くらい、街中の掲示板に領府が作った「領内便り」というものが張り出され、そこには税収の一部が何に使われたかと書かれています。古くなった教会、傾きかけた孤児院、道の舗装、良いことに使われれば、嬉しくなってもっと頑張ろうって思います。


「少しは悩んだが、カレンが喜ぶし、国のためになるならと」

「うわぁ……」


 えっと、殿下は王子様なのだから、世間と感覚がずれておいでなのでしょうか。

 私が言葉に詰まらせていると、殿下は何かを思い出したように下を向かれました。


「やはり俺は世間知らずなのだろうな。王宮から市井に放り出された日、身ぐるみ剥がされた」

「ええっ!? 殿下お強いのでしょう?どうして抵抗なさらなかったのですか」

「俺はこの国の王子だぞ、国民に手など出せるか。なんとか言いくるめようとしたのだが、さっきのフレッドのように、この国にジェラルドという王子はいないと言われた。あと、殴られ蹴られている間、王太子だった奴は無意味に散財をし、女に貢ぐ奴だと言われた」

「貢ぎ……って、殴られ蹴られたのですか?!」

「ああ、骨も何本か折れたかもしれん。だが、こうして生きている。なんだろうな、今思えば俺が何かをすると時々フレッドが諌めてくれていた。昔、フレッドを伴って城下へ降りた時のことだ。剣術に励み力が付いたと過信し、自由に動きたいとフレッドが止めるのを無視して遠くにいた護衛を撒こうと路地裏深くまで入り込んでしまった。そこで、ボロボロの服を身にまというつろな目をした子供が俺を見上げているのに気付いた。一国の王子として施しを与えてやらねばと思い、財布を取り出そうと懐に手を入れると、気が付けば十数人に囲まれてしまっていた。覚えている限り、手持ちの金では行き渡らないと思ったのでな、一度出直そうとしたんだ。そうして引き返そうとしたら、服を掴まれた。一度引き返して戻ってくると言っても、聞かない。服だけではなく、腕も掴まれて初めて、俺は命の危険を感じた。決して刃物を持っているわけではない、俺を害しようとしているわけではないと判っていても、くれ、くれ、と求める声が、恐ろしく感じたのだ。その時だ、空から銅貨が落ちてきたのだ。それをみて、周りの者は一目散に銅貨へ飛びついた。一気に解放された安堵感からか、そこからどうやって大通りに出たのか覚えていない。フレッドの怒った顔と大声で、我に返り、それから護衛にしっかり怒られた。後から知ったのだが、銅貨を投げて俺を救い出したのはフレッドだったらしい」

「無事で何よりでしたね……」


 お兄ちゃんは、ちゃんと殿下を守っていたのね。でも、それなのに今は。


「あれから改めて、施しに行こうとしたのだが、フレッドに見つかって止められたんだ。今そんな事をしても焼け石に水だし、ただの自己満足なのだと。そして、貴方がするべきことはそういう環境を変えることだ。それは王族である貴方しかできないと言った。今まで王族とは偉くて国をまとめるくらいにしか思っていなかったが、市井を見て考えもあるのにフレッドにはできないことが俺にはできる。国を良い方向に導くことが、俺の目標だった………んだ」


 殿下が、不意に言葉を途切れさせ顔を手で覆われました。鼻をすする音がするので、また泣いておられるのでしょうか。というか、先ほどの炊き出しの話と、城下の話ってなんら変わりない気がするのですが、私の気のせいでしょうか。お兄ちゃんの話だと、殿下は呑み込みが早く、同じ過ちは起こさないと聞いていたのだけれど。私の中に、小さい疑問が生まれます。


「どうしてこうなったのだろう。俺はただ」

「殿下?」


 殿下が顔を上げられました。その表情は、愕然としておられます。本当に色々と表情が変わるほどの経験をされてこられたのでしょう。私たち庶民からしたら普通の生活も、絢爛豪華な生活に慣れ親しんだ殿下からしたら不自由なのでしょうね。逆に私が殿下のような生活になれば、不自由すぎて泣きそうです。まぁ、ありえないので考える必要もありませんが。


「エマ、今の俺は王子でも殿下でもない、ただのルークだ。そう呼んでくれ」

「は、はい、ルークさま」


 殿下、いやルークさまはまっすぐ私を見ておっしゃいました。その目には、どこか強い光が見えた気がします。ルークさまは生きる気力を取り戻されました。きっと、大丈夫。


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