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3・お兄ちゃんと、王子 ①。

朝、3人で食事をしていると、玄関の扉が叩かれました。


「フレッド、ちょうどいいところに来た」


 玄関を開けるお父さんが、声を出す。扉の向こうから入ってきたのはお兄ちゃんです。フレデリック・アシュリー。年齢は殿下と同じ17歳です。隣国の騎士学校に下宿して通っているので、時々しか帰ってこないのに今日はどうしたのかな。


「ちょっとまって父さん、今から急いで領府に行かないといけなくてさ。身支度だけでもと思って帰ってきたんだ」


 そういうと、お兄ちゃんは早足で自室へ向かう。あ、そういえばお兄ちゃんの部屋には今殿下が。

 声をかける前にお兄ちゃんが扉を開けてしまいました。そして、その場で一時停止したのです。


「昨日はすまなかったなエマ、でもってすまな………フレッド……」

「あのねお兄ちゃん」


 私が声をかけるも、お兄ちゃんは無表情で部屋に入り自分の服を取り出しました。まるで殿下がその場にいないような様子で無言のまま服を着替え始めたので、私は着替えが見えないような場所に移動しました。扉は開いているので中の二人が話せば会話は聞こえるけれど、二人とも無言です。


「フレッド」


 やがて、殿下が口を開きました。けれど、お兄ちゃんは何も返さない。スルスルと着替えの音だけが響いています。


「フレッド、今までどこにいた?カレンを知らないか?先日の晩餐会で王宮を追い出されて以来、カレンに会えていないんだ。可哀想に、きっと今頃俺と同じように寒空の下倒れているかもしれない。俺に暴言を吐いたのも、きっとこれからの生活に不安が募ってのことだろう。探し出して助けてやりたい」


 カレンという名前に聞き覚えがあります。そう、その名前の女性に無体なことをしたとして、お兄ちゃんは通っていた王立学院を退学になったのですから。戻ってきた当初、噂になりましたがお兄ちゃんの清廉潔白で優しい性格は近所の皆さんはよく知ってくれていたので、噂など笑い捨てて今まで通り暖かく接してくれました。

そして領主令嬢のオフィーリア様も、わざわざ出向いてくださり王立学院でのことを家族に近所に伝えてくださったのです。フレッドは女性に無体なことはしない、あの時もふらついたカレンという人を支えただけなのに未婚の女性の身体をみだりに触れたと、お兄ちゃんの事を一番知っているはずの殿下が激怒したのだそうです。

 もともと優秀であるけれども、殿下に強引に連れてこられた王立学院です。殿下の怒りを買ったことでお兄ちゃんは通って数か月の王立学院を自主退学しました。そのあと、実家に帰ってきて父の仕事の手伝いをするつもりだったお兄ちゃんですが、領府に呼び出され、領主さまの推薦で隣国の騎士学校へ留学することになりました。領主さまもお兄ちゃんの優秀さを認めてくださっていての先行投資、とのことだそうです。将来、領府の重要な地位に上げてくださるのでしょうか。とにかく領主さまにも令嬢のオフィーリア様にも、私の家は頭が上がりません。

 そんな経緯しか知らないので、殿下とお兄ちゃんとカレンという人の間で何があったかは、私にはわかりません。けれど、お兄ちゃんの態度に、もう昔のような光景は見られないのかと悲しくなりました。

 

「聞いているのかフレッド!」


 体力が戻っていないのでしょう、殿下が叫んでおられますが声量が足りません。


「貴方は誰ですか? 人のベッドを勝手に使い、私の名前をなれなれしく呼び捨てる、貴方は」


 お兄ちゃんの冷ややかな声がしたので、私はこっそり部屋を覗き込みました。お兄ちゃんの、殿下に向けるまなざしはとても冷ややかです。そして殿下もまさかお兄ちゃんにそのような態度をとられると思っておられなかったのでしょう、呆然としておられます。


「お、俺はジェラルド・ルーク・レイクリーズ。レイクリーズ王国の第一王子だ。なんだ、2年しかたってないのにもう忘れたのか?」

「レイクリーズ王国の王子にジェラルドという者はいない。もしジェラルド王子を名乗る不逞の輩が現れたら、領府に申し出る事とお触れがあるそうです。重ねて問います、貴方は誰ですか」


 お兄ちゃんの突き放すような言い方に、殿下は息を飲まれ口をつぐまれました。そして、昨日のように顔をゆがませてから、お兄ちゃんに向き合われます。


「ルーク・カーヴェル、ただの平民だ」

「そう、ルークね。今は俺もこの部屋に住んでいないし、君も重傷で動けなさそうだから置いてやる。でも、元気になれば出ていくように。もし出ていかなければ、俺が力づくでも追い出すからそのつもりで」


 すると、殿下は顔を真っ赤にしながらお兄ちゃんを睨まれました。目から涙が浮かんでおられます。殿下はこんなにもよく泣かれる方でしたでしょうか?


「お前も、俺が平民に堕ちたら手のひらを返す奴だったのか!お前だけは、俺が平民になっても変わらないと信じていたのに!俺はただ、カレンと一緒になりたかっただけなんだ。それなのにあいつ、オフィーリアがカレンをいじめてけなして。それだけではない、ただカレンと一緒にいたくてあいつに結婚を破棄すると言い渡しただけなのに、あいつは周りを丸め込み俺たちを市井に追いやった。淑女の鑑、完璧な侯爵令嬢だなんて嘘だ、あいつは悪逆非道の悪女だ!」


 全身で訴えるように叫び、殿下はベッドに倒れ込みました。まだ傷が癒えていないのですから当たり前です。お兄ちゃんは、そんな殿下を冷ややかに見つめます。昔なら、お兄ちゃんは今頃ベッドに駆け寄って、困ったように笑いながら「だから無茶したらダメだと言いましたのに」と殿下が少しでも楽な体勢になれるよう気を配り、そして殿下も笑いながら「すまん、ついやってしまった」と謝られたはずです。


「俺は、王立学院を退学した後、領府で父の手伝いをしようと思っていたんだ。が、領主さまに呼び出され、推薦状を持って隣国の騎士学校に留学することになった。そこで、なんとか特待生として見られる成績を上げることが出来、王太子殿下の目に留まり護衛や補佐をさせて頂いて、勉学だけでなく家に仕送りをすることもできるようになった。領主さま及びオフィーリア嬢には、頭が上がらない。俺や家族だけではなく、このエヴァレット侯爵領に住む領民は皆恩恵を受けている。これ以上領主一族への不満を垂れ流すなら」


 お兄ちゃんの静かな声が、この後に続く言葉を物語ります。あえて言いたくないのか、言う必要がないのか。私は、前者であってほしいと願いました。


「お前まで、あいつの毒牙にかかったのかよ……」


 殿下は、お兄ちゃんに背を向けて呟かれました。


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