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2・王子が目を覚ましたみたいなのですが。

目の前を馬車や馬を入り混ぜた人々が練り歩いていく。その中で、私の目当てを見つけました。キラキラと光をはじいて輝く黄金な髪、整った顔立ち、馬に乗ってピンと伸びた背筋。この国の第一王子にして王太子のジェラルド殿下です。そして、その隣には殿下の馬の綱を持った、私と同じ茶髪くせっ毛の少年。私の大好きなお兄ちゃん。

 数年前、お忍びで私たちの住むあたりにやってきた殿下は、平民の私とお兄ちゃんを散々連れまわしました。最初は他の子供たちもいたのですが、今殿下が連れまわしているのはお兄ちゃんだけです。平民にして殿下の付き人。もしかしてやっかみが、と思いましたが、殿下の奔放で俺様な性格についていけるのはフレッドだけだと、お兄ちゃんは一目置かれるようになりました。えっへん。

 そんな理由で殿下の馬を引いているお兄ちゃんに、私は手を振ります。気づくかな?

 先に殿下が気づいてくれたようで、馬下のお兄ちゃんに話しかけています。あまり身を乗り出すと危ないですよ。

 私と目があったお兄ちゃんは、少し照れながらこちらに手を振りかえしてくれました。

そんな風に、身分の差など気にせず誰とでも親しくも強引に接する殿下と、振り回されるお兄ちゃんの友情は、ずっと続くのだと思っていました。あの日までは。

 





 殿下のそっくりさんを拾って数日が経ちました。実はその日の晩、そっくりさんは高熱を出して、急いでお医者様に来てもらい、なんとか峠は越えたらしいのです。今は熱もなく、すやすやと心地よさそうに眠っています。

 とにかく早く起きてもらいたい。そして怪しい人ならとっとと追い出さなくてはならないのです。もし殿下なら、なぜこうなったのか知りたい。

 しばらくぼんやりしていたのでしょう、ふとベッドが揺れたので私は体を起こしました。ゆっくりと開かれる碧眼を見て、息をのみます。


「殿下」


 私の声に、ぼんやりとしながらもそっくりさんはこちらを向きました。


 「エマ? いやまさか、こんなところにいるはずもない」

 「ジェラルド殿下ですか」

 「そうだ、カレン!カレンを探さねばっ!!!」


 急に起き上がり、殿下はもう一度ベッドに逆戻りしました。体中傷だらけの重傷だったのですもの。しかも、綿に湿らせた塩水しか飲んでいません。動けるはずがありませんよ。


「殿下、まずは簡単な食事をお召し上がりになって、体力をつけないといけません」


 私がそう言うと、殿下は泣きそうに、くしゃりと表情をゆがめました。


「その言い方、フレッドみたいだな」

「そりゃ兄妹ですもの」

「そりゃそうだ」


 そう呟くと、殿下の目から大粒の涙が流れ落ち、殿下は私と反対側を向かれました。


「何か口に入りませんか? 暖かいスープなどお持ちしますので、少々お待ちください」


 そう言い置いて、私はお兄ちゃんの部屋を出ました。台所では、お母さんが夕飯を作っていて、お父さんが椅子に座って刀を磨いています。


「今目が覚めたよ。やっぱり殿下みたい」


 声をかけると、両親は互いに顔を見合い、口をつぐみました。


「やっぱり噂は本当だったんだな」

「噂?」


 お父さんは領府の下っ端ではあるが役人なので、何か城下の噂でも見聞きしたのでしょう。


「国王主催の晩餐会で、殿下とその学友たちが事件を起こしたらしい。そのことで王の怒りを買って、殿下は王太子の地位をはく奪、学友もそれぞれの爵位継承権をはく奪され、市井に出されたと」

「エマには見せなかったけど、こんな広報紙が配られているのよ」


 そういってお母さんが見せてくれた紙には『市井でジェラルド殿下の名を出す不届きものが現れても、信用するべからず。ただちに領府へ申し出る事』と書かれている。お忍びで街に出るけれど、実際市井の生活をしたことがない殿下ですもの、家に転がり込んでは臣下のように住人を使うかもしれません。


「さてどうしようか」

「とりあえずお兄ちゃんに相談かしら。領主令嬢ともご学友だったし、悪いようにならないようにしてくれるでしょ」

「オフィーリア様なら、なんとかしてくれるかも!」


 あの怪我だとお兄ちゃんに手紙を出して帰ってくるまで動けないだろうからと、私たち家族はそう結論付けたのでした。

 話しながらもお母さんは夕飯を作っていて、先に仕上げた殿下のスープをお兄ちゃんの部屋に持っていく。扉を叩いて開くと、殿下は少し赤くなった目でこっちを見ていました。


「いきなり空っぽのお腹に食べ物を入れると危険ですので、今日はスープで我慢してください」


 ベッドの傍に寄り、器を差し出す。器を受け取ろうとする殿下の腕が止まり、顔がゆがみました。まだ痛むのですね。


「では、失礼ながら私が」


 匙で薄い乳白色のスープをすくい、軽く息を吹きかけて冷まして殿下の口元へ持っていきます。躊躇なく、殿下は素直に目を細めて匙を口に含みました。喉元が上下に動くのを見て、少しほっとします。

 すると、殿下はまたも目元に涙を浮かべ、下を向いてしまわれました。


「すまん……まさか再びこのような暖かいものが食べられるとは思っていなかったから」


 庶民の作った安いスープです。自虐ではありませんが、殿下が食されるような高級食材をふんだんに使われたスープとは、格も時間も値段も違います。それなのに、こんなに泣かれるなど、事件があったとされる日から今日まで、どんな苦しい生活をなさったのでしょう。

 今までの絶対な自信を持ち溌剌と奔放な殿下のイメージとかけ離れた、弱音を吐かれる殿下に心が痛みます。


「はいはい殿下、ずっと泣かれておられますと、暖かいスープが冷めてしまいます。まずは全部お召し上がりになってから、泣いてくださいませ」

「………すまん」


 器のスープを飲みきって、殿下が横になったので私は音をたてないように部屋を出ました。直後、部屋の中から、殿下の苦しげな声が聞こえたのです。誰か、女性を呼ぶ声。名前を呼んでいるだけなのに、会いたいと仰っているように聞こえて、私は急いでその場を立ち去りました。


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