10.天使な女神さま、悪魔な女神さま、どちらも麗しいです。
目の前には麗しいオフィーリアさまと、良い香りの紅茶と、美味しいお菓子。この世の楽園を体験していた私は、突然玄関の扉が開いた音に、現実へ戻ったのでした。
「なぜ貴女がここにいらっしゃるのです、オフィーリア嬢」
息を切らし、目を皿にしたお兄ちゃんが帰ってきました。そういえば、私お兄ちゃんとオフィーリアさまが一緒にいるところを初めて見た気がする。数か月とはいえご学友だったのだもの、きっと仲が良く。
「あら、貴方が家にいると言っていたから、侯爵令嬢である私自ら書簡を届けてあげたのよ、感謝なさい」
砂糖菓子のような女神さまと同じ声で、どこか寒気を覚える声音が聞こえます。目を丸くして前を見ると、美しくたおやかな女神さまが、冷ややかな眼差しと自信あふれた女神さまに代わっておられました。
えっ、いったいどうなさったのですかオフィーリアさま!?
「それはそれは有難うございます。先触れくらいいただければすれ違いもなかったと思うのですが?」
「フレッド相手に先触れなんて必要かしら? それとも、昨日のやり取りでもしかしたらという気遣いくらいなかったのかしら。貴方、騎士学校でちゃんと学んできたの?」
ふん、と呟かれ、オフィーリアさまはどこかから取り出した書簡をお兄ちゃんに渡されます。お兄ちゃんは、騎士らしい礼をすると、オフィーリアさまから書簡を受け取り、中を確認しました。
「まぁ、餌を得たワンコのようだこと。それにしても、元殿下の足取りだけはわからないのよね。ワンコのその鼻は利かないのかしら」
オフィーリアさまからルークさまを示す言葉が出て、私は目の前がくらくらとしてきました。足取りはわかってる、今すぐ近くで臥せっておられるんです。でも、言えない。まだ体調も戻られてないルークさまが捕らわれたら、悪化してしまうんじゃないか。いや、オフィーリアさまならそんなご無体はなさらないはず。私の家よりも医療がしっかりとした領府でなら、早く回復なさるかもしれない。
でも、今目の前にいらっしゃるオフィーリアさまに、ルークさまをお渡しするのは怖い気がする。
「私は人間で、犬ではありませんから」
「あ、あのオフィーリアさま」
「なぁに、エマ」
私が声をおかけすると、オフィーリアさまはお兄ちゃんに向けておられた表情から、二人でおしゃべりしていた時みたいに、砂糖菓子のような笑みを浮かべられます。まるで、先ほどの冷たさが嘘みたい。
「いえ、何でもありません」
「かぶった猫が外れておられますよ、オフィーリア侯爵令嬢。出来れば可憐でたおやかで美貌の女神さまという妹の妄想を、崩さないで頂きたかったものですね」
「大丈夫よ、私が見下すのは貴方だけだもの」
えっ、あの慈愛溢れたオフィーリアさまが、お兄ちゃんだけを見下す!?
「お、お兄ちゃん、オフィーリアさまに何か失礼なことをしたんじゃないでしょうね!?」
「はぁ?俺は何もしてないし」
「何もしてなかったら、慈愛溢れて可憐で美しい女神のようなオフィーリアさまが『見下す』なんてお心を持たれるはずがないわ! さあ、今すぐ謝った方がいいよ。オフィーリアさまならきっと許してくださるわ」
私は、お兄ちゃんに言い寄ると、両肩を掴んで動かす。でも、お兄ちゃんは頑丈すぎて私の力では微動だにしないわ。泣きたい。
「何もしてないのに、謝るだなんて」
「つまり、お兄ちゃんの存在自体が罪ってことなのね」
「ええ、それはあながち間違えではないと思うわ」
「いやいや、それはあんまりだと思うんだが」
揺すっても微動だにしないお兄ちゃんにかまけて、私は忘れてはいけない人を忘れていたことを、後々悔やむことになるのです。
オフィーリアさまの性格はもちろんテンプレなアレです。
あらすじにぼちぼち更新とありつつ毎日更新してきましたが、数日更新ストップいたします。




