君から好きだと言ってくれ
一話は短編であげたものと同じです。既読の方は二話からどうぞ。
大学の入学式で出会った彼女は、浮き足立つ同級生たちとは少し違って見えて、大人びたその姿に俺は一目惚れをした。
それから彼女とは偶然にも同じ講義がいくつも重なり、数あるサークルも同じものを選び(これは俺の作為的なものだけど)、一緒の時間を過ごすうちに晴れて付き合うことになった。
オッケーされた時、俺は自身のキャラ的に人目をはばかるような反応こそしなかったものの、心のなかでは盛大にガッツポーズを決めたのは秘密だ。
そんな俺はわりと男女問わずの友達が多く、仕切り屋な性格のためか、仲間内からは「俺様」なんて言われてる。自分ではよくわからないが、自覚してたらたぶんやばいやつだと思う。
ある日飲みの席でダチから、なんて彼女に告ったのか、と酔ったノリで聞かれて、俺も酔った勢いで「俺と付き合え」と言ったというとその場の女子たちから「うっわ、ひっど!」「ありえない」「サイテー」というブーイングの嵐。
その告白には続きがあったのだがそんなこと知らない女子たちはヒートアップし、 実はその場にいた彼女に「なんでそれでオッケーしたの!?」「こんな俺様でほんとにいいの!?」と、喧々囂々たる有様に。
彼女は彼女の反応を待つ俺を含んだ周囲に、常と変わらぬ静かさでアルコールを飲みながら「だって私も好きだから」とさらっと言ってのけたのだ。
そんなことをこんな雰囲気の場で言えてしまう、気負いのないところだとか、落ち着いたところに惚れていた俺は嬉しい反面、複雑な気持ちだった。
だって彼女、俺には、言ってくれないのだから。
付き合ってからわかったことなのだが、大人っぽく見えた彼女は大の恥ずかしいがり屋だった。いつも静かで無口なのも人前であれこれ主張するのが苦手だから。
そういうギャップも俺の好意をさらに深めるだけで欠点にはなり得ないのだが、問題はそうじゃない。
出会って三年、付き合って半年。
三年も一緒にいて、付き合ってからも、もう半年経つというのに、俺は未だに一度も彼女からの「好き」という二文字を聞いていないのである。
居酒屋の件からして俺のことが好きなのは確かだけど、彼女はそれを言葉にはしない。いや正確に言えば、俺には直接言ってくれない。
俺の部屋でいい感じにイチャイチャしてる時に「好きだよ、お前は?」と言ってみても、「うん」とか「知ってる」とかたまに「私も」とかそんな言葉ばかり。しつこく言わそうとすると向こうからキスのお返しが来るだけで、「好き」が返ってくることはなかった。
愛されてないとは思わない。けど、物足りない。
そんな折り、週末泊まりに来た彼女は、俺に背を向けてひたすらパソコンとにらめっこをしている。その後ろ姿をただ見る惨めな俺。
今週はずっとお互い忙しくてなかなか一緒にいられなかった。二年になってから以降お互いの講義にズレが出て来て授業も別、時間帯も別、会えてお昼の一時間のみなんてのも少なくない。会えない欲求不満をこの土日で埋めようと二人で決めたのにこのザマだ。
……正直愛されてる自信を無くす。この忙しいのは今だけだと彼女はいうけれど、もし今後、このまますれ違い続けていたら、どうなってしまうだろう。
俺はずっと好きなままだという自信がある。だけど彼女は? 彼女にとって俺は本当に必要なんだろうか?
俺らしくないネガティヴな感情がぐるぐると巡る。彼女といると今まで知らなかった自分がいっぱい出て来て嫌になる。好きすぎて空回りしてるのが自分でもわかるのだ。でも止められない。
こんなに好きになったのは彼女が初めてだった。他の誰とも違う、特別な存在。
……だけど。それは俺の話であって彼女にとっては違う。
キスには答えてくれるけど、好きには答えてくれない。名前を呼んでも「んー」という生返事。
俺と課題どっちが大事なんだよ、なんてめんどくさい女みたいな言葉まで浮かんでさすがに俺は一人落ち込んだ。
寂しくクッションを抱えてソファーの上、寝っ転がって微動だにしない彼女の背中を見ているうちに俺はいつの間にか眠ってしまった。
「ね、起きて、寝るならベッド行きなよ」
彼女の声が聞こえる。でもまだ目は開かない。課題は終わったのだろうか。やっと俺とイチャイチャする気になったのだろうか。そうしたら起きるのも吝かじゃないんだけど。
「私まだ課題あるから、先に寝てて」
決めた。絶対に起きない。彼女は優しいからここで眠る俺をそのままには出来ないだろう。その間だけでも構って欲しいなんて……我ながら子供じみた考えだ。それもこれも俺を放っておく彼女が悪いのだと責任転嫁して俺は狸寝入りのふて寝を続ける。
「ほーら、起きてー」
二人きりの時だけ見せてくれる【彼女】の顔と甘い声。でもここで絆されてなるものか、まだ、我慢。
「私じゃ運べないから、起きてってば」
……運べたら運ぶつもりなのか、実際にはありえないけど少しだけ気になった。
「もう、困ったな。……ほんとは起きてるんじゃないのー?」
そう言われてドキッとする。でも関係ない、俺は、彼女が俺を優先するまでは起きるつもりはない。
「………………、だよ」
ぼそり。言って彼女は「……寝てるときなら言えるのにな」とため息をつく。
そのまま立ち上がると彼女はリビングを出て行った。たぶん、寝室から毛布を取って来てくれるのだと思う。だが俺はそれどころではなかった。
……い、い、今、彼女は、……!
この至近距離だ、いくら彼女が声を潜めたところで聞こえないわけがない。
好きだって、言ってくれた!
嬉しくてのぼせ上りそうになる。彼女が、俺のために、俺の前で、好きって言った! と、浮かれそうになって、ふっと思う。でも今の俺は寝てるのだと。そういうテイだとしても。寝てる相手、に言うのは、ノーカンでは。と。
考えなければそのまま浮かれていられただろうに、馬鹿な俺はやっぱり起きてるときに言って欲しいと思ってしまった。もったいないからノーカンにはしないけど。
「あれ? 起きたの?」
「ん、さき、寝るな。お前もほどほどにしろよ」
嬉しさとその分のガッカリと、それ以外の寂しさと、持て余して俺は諦めて本当に寝ることにした。寝て忘れよう。彼女に好きと言わせる方法は、また明日考えればいい。ちょっとぶっきらぼうな言い方になってしまったが、寝起きということで許して欲しい。寝起きは寝起きだから。
「……そっか、わかった。おやすみ」
何故か凹んだ風な彼女のおやすみを少し不思議に思いながら俺は一人でベッドに沈んだ。あー隣にぬくもりが足りない。
翌日は快晴。なんて素晴らしいデート日和。今日こそ彼女に構ってもら、いや、構ってあげたい。一緒にうまいメシを食べて、プレゼントでも贈って、いい感じになったら「好きだ」って言って、そうしたら彼女もきっと……。
何回も行って、何回も失敗した使い古しのプランだけど、結局この方法での成功でしか俺は喜べない。
だまし討ち、とか、酔い潰して、とか、そんなことして言わせてもちっとも嬉しくない。彼女が素直に喜んでくれて、嬉しくなって、どうしても言いたくなって、それから言って欲しいのだ。百パーセントの好意で言って欲しい。
だから今日こそとびっきりのデートで彼女を喜ばすのだ! と、勢い込んだものの、彼女が起きてこない。朝起きられないほど夜ふかししたのだろうか、少しだけ心配になって寝室に戻る。
「おーい、おはよー」
彼女は起きていた。その目は何故か充血している。
「もしかして徹夜?」
なんの返事もない彼女にますます心配になる。眠れないほど課題があったのだろうか。そんなこと言ってなかった気がするのだが……。
「どっか行こうって、言える体調じゃなさそうだな。お粥でも作ろうか。そしたら薬買ってくるからそれ飲んで寝な」
風邪薬がいいだろうか、頭痛薬がいいだろうか、頭の中で考えながら冷蔵庫に米はあったかと悩む。すると今まで黙っていた彼女がボソボソと喋り出した。
「……なんで、そんな優しいの」
なんでってそんなの決まってる。彼女が大好きで大切だからだ。心配もするしやきもちもやく。構って欲しいし、構ってあげたい。彼女なんだから当然だろう。
「私のこと、嫌になった?」
なるわけない。
「私、まだちゃんと言えてないのに」
「……え? 何を?」
一体どのことだろう。体調? それとも課題の多さ? 具合が悪いなら寝ていて欲しいんだが、眠そうな様子はない。それもまた不安だ。体調不良の原因が徹夜なら一刻も早く寝て欲しい。
「ね、私のこと、好き?」
「当たり前だろ」
「じゃあ、言ってくれる?」
「急にどうした? それよりも早く寝なって」
「いいから。お願い、言って」
急におねだりされて不思議に思いながらも、俺は口にする。何度言っても足りないくらいのその言葉を。
「好きだよ、誰よりも、何よりも」
あの日の台詞と同じものになったのは至って偶然だ。もしくは俺があの日からなんにも変わっていないせいかもしれない。けど、あの日と違って言われた方は、どうしてか表情を曇らせる。
「どした……頭痛い? 大丈夫か」
「ううん、違うの、あのね……」
彼女は、口を何度もまごつかせて、もどかしそうにしながら呻く。気持ちでも悪いのだろうか。心配だ。病院も選択肢に考えた方がいいかもしれない。
「……私も、……す、き、……だよ!」
どこかに詰まっていたものを吐き出すように彼女は、言った。俺はそれをすぐには理解出来なくて、たっぷり三十秒固まったあと、ベッドに横たわる彼女を抱き寄せたのだった。
つづく