普通の女の子が異世界に転移した場合 ~普通にオークを殴り殺す~
「そこのうぬら、道を聞きたいのだが」
目の前のゴブリンと、その横に居るオークと思わしきコンビ。
それが異世界で遭遇した第一住人であった。
「あぁん? 人間が、このゴブリン様に……な、なんだぁお前! オーク……いや、オーガ族か!? それともゴーレムか!?」
「私(我)は……いや、言葉が上手く通じておらぬのか? どこからどう見ても人間だが。ええと、アイアムアヒューマン」
「お前のような人間がいるか!」
「何やら不可思議な事に巻き込まれてな。ここへ飛ばされたのだ」
あやつらも不思議な事を言う。
我は普通の女の子である。
趣味はWEB小説と、非常に乙女らしいだろう。
スペックは身長223センチ、体重236キログラム、体脂肪率1パーセント、銃火器の扱いはまだまだだが、格闘戦には自信がある。
この成人男性の胴体ほどの細腕1本で、打撃から関節技までそつなくこなす。
それよりちょっと太い股肉、パンプアップしていて猪を一撃で生肉に仕上げるという女子力。
年齢は花も恥じらう乙女という事でヒミツだ。
ちなみに自分探しの武者修行(海外旅行)中に、拳銃を持った強盗に襲われて、5人程昏倒させて、相手のハイエースをスクラップにしている時に転移させられるというテンプレである。
「く、くそっ! コイツはやばい! 俺の勘が言っている! いけ、オーク!」
「グゴアァァアア!」
どうやらゴブリンの方は普通に喋るが、オークの方は指示されて動くだけのようだ。
道を聞くためには、ゴブリンの方を残しておけばいいか。
オークは、獣のような雄叫びをあげながら、我に突進してくる。
だが、遅い。
あれでは各駅停車のパワーとスピードしかない。
我を一撃で仕留めるのなら、新幹線くらいは用意して欲しいところだ。
「邪ッ!」
我は一呼吸、そして一気にジェット気流のように吐き出す。
この時に鳴る、独特の呼吸。
それをオークが聞いた時は、既に頭を潰されている状態だろう。
「う、うわあああああ!? オークが一撃で殴り殺された!?」
放ったのは『我流隼飛拳』。
何の事は無い、カウンター気味に音速の右ストレート。
ただそれだけで、オークの頭蓋を砕き、即死させる。
例え、力量の格差があっても──戦うのなら一撃必殺が理想である。
「怯えるなよ? うぬに道を尋ねたいだけだ」
「あ、あわわわわわ」
モンスターというやつも、存外柔いものだ。
身体も精神も。
ここは、優しく赤子に囁きかけるように──。
「落ち着け、冷静になれ。おしゃぶりを取られた赤子か、目の前で恋人をF○ckされている優男のようだぞ? それに、手持ちは無いが、それなりの対価を支払ってやろう」
我は優しく微笑んだ。
「うぬの命の保証という、対価をな」
「はいいいいい!! 喋ります何でも喋ります! だから殺さないでえええええ」
豚の鳴き声のようなモノが響き渡った。
* * * * * * * *
「──ということです、羅嗚子様」
「ふむ、分かった。……が、その名前はよせ。我には、ラッコちゃんというペンネームがある。それで呼べ」
「は、はい……ラッコちゃん様」
どうやら、この世界はファンタジーである。
我も大好きなテンプレというやつだ。
モンスターもいれば、魔術もある。
このゴブリンもゴブリンシャーマンというやつで、魔術特化型のモンスターらしい。
現に、さっきのオークも蘇生させてしまった。
「う、うごご……俺様……恐い……」
木の陰に隠れて震えていて、その巨体は見る影も無いが蘇生されたオークだ。
「そ、それじゃあ、俺達はこれで……」
去ろうとするゴブリン。
我は、その頭を軽く片手で握り込む。
「まぁ、待て。うぬらは便利そうだ。我のフレンドにならぬか?」
「あ、えーっと……夕食の時間までには帰ってこいとゴブ母からの言いつけで──」
「この感じ、握り潰す前のスイカの感触に似ておるな」
ゴブリンは古い全自動洗濯機のようにガタガタと震えだし、小水を漏らした。
「ひぃぃいいい、なります、ならせて頂きます! そこのオークと一緒にぃぃいい」
テンプレ物のお約束である最初の仲間を手に入れた。
さて、次は──。
* * * * * * * *
「頼もう」
「なんでぇ、ガキが冒険者ギルドに何のようだ?」
我達は、近くの街の冒険者ギルドに来ていた。
軽食や、酒類も出せるように木のテーブルが並び、依頼が壁に張り出されている。
やはり、テンプレとしてはギルドに来て、色々とやるものだろう。
「ガキ? うぬは誰の事を言っておるのだ?」
「ラッコちゃん様……今の俺らは、変身魔術で姿を変えてるんですって」
「そ、そうだぞ。ラッコちゃん」
そこらへんにある鏡で、自分の姿を見てみる。
身長は130センチくらいしかなく、頬も腕もプニプニとした脂肪が付いてしまっている。
本当の姿の半分の背丈と言った所か。
髪は動きやすいように、後ろにまとめ上げてポニーテールにしている。
顔も幼い感じに可愛くなっており、睨みを利かせてもただのジト眼になってしまう。
一般的には小学生の外見だろうか。
なぜこんな事になったか。
「そ、そんな不機嫌そうな顔をしないでくださいよ……何か異常に魔力の耐性が高くて、そのくらいのサイズしか無理でしたし……」
ゴブリンの方は、身長170センチくらいのサッパリとした優男になっている。
男はもっと筋肉がある方が好みだが、モンスターが街に潜り込むためには警戒されない人の姿が必要だったのだろう。
「そ、そうだよ。お、俺達みたいな、筋肉モリモリマッチョマン、街、入れない」
オークの方も人間に化けている。
少し口べたな感じだが、短髪ヤンチャ兄貴と言った感じの180センチくらいの筋肉質な男性。
……我と比べて、二人とも大きい。
魔力に耐性、厄介なモノだな。
……いや、待てよ。そもそも──。
「アイアムアヒューマン……」
「ラッコさんみたいな人間、見た事ありませんって……歩く山脈かと思いましたもん」
「う、うん。うん。姿、変えなきゃ、街、入れない」
まぁ、姿形等どうでも良い。
ペンネームラッコちゃん名義で書いていたファンタジー小説のような世界に来たのだ。
冒険者というものになってみるのもまた一興也。
「受付はここで良いのか? 冒険者になりたいのだが──」
カウンターの向こうにいる、エプロンドレスを着た女性に話しかける。
たぶんギルドの受付嬢だろう。
だが、反応したのは別の人間。
5メートルほど後ろの席で酒を煽っているガラの悪い男だった。
「おぉい、お~い、嬢ちゃん? さっきからぁ、ここはガキの来るところじゃねーって言ってんだろ。早くママの所に帰っておっぱいでも吸ってな」
我は、ガラの悪い男の方へ近付いた。
5メートルほどの距離を、2歩で。
「打ッ!」
そのまま疾風のような勢いを利用して、掌底を相手の肩に当てる。
肉の下で砕ける確かな手応え。
「ぐあああああ!?」
放ったのは『我流鹿踊拳』。
ガラの悪い男は吹っ飛び、よだれと鼻水を垂らしながら肩を押さえる。
それを一瞥。
「うぬは天にでも還りたいのか? だが、あいにくと、我は戦士と悪人にしか振るう拳は持っていないのでな」
カウンターの奥で、口を大きく開けたままの受付嬢らしき相手に近付く。
「それで、冒険者になりたいのだが?」
「えっ!? ──は、はい! 少々お待ち下さい!」
カウンターの上まで背が足りないので、小人族用の踏み台を用意してもらって、簡単な手続きを済ませる。
──冒険者カード発行には少し時間がかかるらしいので、我達はテーブルに座って待つ事にした。
「ラッコちゃん様、何か飲み食いしますか? 手持ちは俺達があるんで」
「ふむ、悪いな。だが、森に行けば獣の生き血と、生レバーで腹を満たせると思うのだが──」
「……俺達でもどん引きっすよ、それ」
仕留めてすぐの生レバーはそのままでも美味いのに。
メニューを開いて、適当に眺める。
そして、目に入ったものを選んだ。
「では、リンゴジュースとお子様ランチで」
「……え?」
ゴブリン優男は怪訝そうな顔を向けてくる。
「どうしたというのだ?」
「い、いえ。……ウェイトレスさーん、注文いいっすかー!」
ゴブリン優男は肉、オークマッチョ男は肉、我はお子様ランチを頼み、しばし待つ。
初めて頼むお子様ランチ、どのようなものか。
スペインで脱走した殺人闘牛を一撃で倒し、礼として『丸焼きを振る舞おう』と言われた時と同じくらい心躍る。
「お待たせしました~」
料理を運んでくるウェイトレス。
テーブルに置かれるお子様ランチ。
プレートの上にはポテトや、ソーセージ、ハンバーグや揚げ物。
おまけにオムレツには、ドラゴン柄の旗が刺さっている。
「さっきの見ましたよ、強くて小っちゃい冒険者さん。格好良かったのでサービスしておきました。では、ごゆっくり~」
「恩に切る」
ウェイトレスはウインク一つ残して給仕に戻っていった。
我は低い視点で、それを見送る。
──それにしても、この料理は可憐だ。
ファンタジーという世界で、仲間、冒険者ギルドというテンプレで進み、次は料理。
地球では、見聞きはしていたが、こんなものは食べた事が無かった。
幼き頃から密かに憧れてはいたが、ついぞ手を出せなかった一品。
これが地球だったら、ラッコ名義で写真を撮って、料理エッセイとしてアップするところである。
いや、写真機を持っておらぬな。
網膜に焼き付けて、模写すべきか。
我が眼ならそれくらい──おっと、いかん。
冷める前に喰らわなければ、死した動物や穀物、料理人等に対して無礼である。
我は、両手を強く合掌。
軽快な破裂音を発生させながら──。
「頂きま……」
ドガシャア、と眼前のテーブルが音を立てて割れた。
どこかから人が吹き飛んできて、ぶち当たったのだ。
我は、普段の修行から瞬きや、身動き一つしなかった。
冷静に状況を把握し、次に最善の一手を放てるようにしているためである。
「う、うぅっ!」
テーブルに飛んできたショートカットの少女は、頭を下げて謝罪をした。
言葉を喋れないのか、きちんとした発声は出来ていない。
だが故意では無いし、謝罪をしたのなら寛大な心を持つべきだろう。
いくら、はらわたが煮えくりかえりそうな、この地獄の業火をも凌駕する怒りを持っていても。
その拳を振るえば、振れるだけで相手は命を失う。
「お子様ランチの代金を弁償してくれれば、何も思わん」
「う、うぅ!」
懸命な様子で、首を上下に振るショートカットの少女。
だが、よく見るとその身なりはぼろ布を貼り付けただけのような格好に、金属製の首輪が付いていた。
「あらあら、ワタクシの奴隷が粗相を。まさか、躾けをしただけで、こんな簡単に吹き飛ぶなんて思わなかったもので」
高飛車な声が響き渡る。
なるほど、と納得した。
テンプレ展開でいえば、次は奴隷である。
ついでに主人の悪役令嬢っぽいのまで混ざっている。
「庶民はこんなものを食べているのかしら?」
悪役令嬢は、こちらに近付いて下を見る。
無残にも地面にバラ撒かれたお子様ランチ。
「良かったじゃないですか? これ、落ちる前も落ちた後も、そう変わらないでしょう?」
そういって、旗の付いたオムライスを踏みにじった。
──あの可憐なお子様ランチを。
「ほら、ワタクシが食べやすくしてあげましたわよ。お食べ、庶民」
「ふむ」
我は、スッと立ち上がる。
今のサイズ的に、悪役令嬢の方が背が高い。
だが、両手を前に押し出すようなポーズを取ると、丁度良く──腹に当たる。
「浮ッ!」
ノーモーションでの、両手による強烈な掌打。
全力なら簡単に大木でも折れる威力だが、今回は肉袋を破裂させて食事処を汚してもいけないので手加減。
放ったのは『我流鶴水拳』
掌からの衝撃は背中まで突き抜け──。
「ブゴォオオオ!?」
醜い悲鳴と共に、遠くの壁まで吹き飛び、身体を打ち付けた。
「女よ。命は奪わぬが、力の前では権力など塵にも等しい事をわきまえるのだな」
「や、やべぇです! ラッコちゃん様! あいつは、この周辺の奴隷市を裏で牛耳る大貴族の令嬢っす! いくらラッコちゃん様が強くても──」
悪役令嬢は苦しげに起き上がり、憤怒を浮かべた顔をしていた。
そして、我に手袋を投げつけた。
「け、決闘ですわ!」
「良かろう。だが、飯屋の主人の迷惑になる。外に出ろ」
それを見たオークマッチョ男。
今まで黙っていたのだが、ぽつりと一言。
「ち、ちいせぇのにすげぇ迫力……けど、ここ飯屋じゃなくて……メイン営業は冒険者ギルドですぜ」
* * * * * * * *
外に出ると、悪役令嬢の付添人や護衛が待機させられていた。
その数、50程度だろうか。
杖を持った魔術師から、プレートアーマーで武装した屈強な戦士まで。
全員が、金属製の首輪を付けられていた。
「さぁ、決闘ですわ。貴女も誰か連れてきても良いのですわよ?」
「ら、ラッコちゃん様、いくらなんでも人数が違いすぎますぜ!」
固唾をのんで見守る観衆。
人数の差は歴然である。
相手も、最初からこういう形式で挑むつもりだったのだろう。
財力で勝負が決まる決闘方法。
投入人数無制限。
「ふ、ふはははははッ!」
「あ、貴女、気でも狂ったんですの!?」
つい、楽しくなって笑ってしまった。
これだけの人数が相手なら、少しは戦いを楽しめるかもしれない。
いつも一方的な蹂躙のみで飽き飽きしていたのだ。
異世界、テンプレ、良いでは無いか。
我は拳を強く握る。
──そして高く掲げる。
「来い。いつでも、何人でも良いぞ? その50人程度が、うぬの力なのだろう? 我の戦力はこの1本だ」
「な、何を……ええい! まずは弓を放ちなさい!」
悪役令嬢の前に歩み出る、10人の奴隷弓兵。
相手までの距離はかなりある。
ここは様子見と行こう。
「テェーッ!」
10本の矢が、我の小学生ボディに吸い込まれるように迫る。
特に魔法の類でも無い、ただの矢だ。
鍛えられた動体視力で捕らえれば、止まったように見える。
「噴ッ!」
5指の間に矢を挟み……一瞬にしてそれを相手へ投げ返す。
矢は弓で引かれた以上のスピードで飛んでいき、奴隷弓兵の腕へと突き刺さった。
「ぐぁっ!?」
「ば、馬鹿な!」
奴隷弓兵達は、その腕が使い物にならなくなり、二射目は放てない。
「──さぁ、我による、うぬらの蹂躙を始めようか」
我はゆっくりと歩みを進める。
「ひ、ひるむな! 魔術師、ウィンドカッターを放ちなさい!」
「は、はい!」
次は奴隷魔術師の集団。
あの喋れない少女を中心に、数人が杖を前に構え、集中している。
そして、緑色の光と同時に何かがこちらへ奔る。
見えない何か──。
それがこちらに到達すると、服の袖が切り裂かれた。
「ふむ、攻撃魔術というものか」
「ちょ、直撃のはずですわよ!? 何なんですの!?」
ゴブリンが言っていた、魔術に耐性があるというやつか。
──無くても特に問題は無さそうだが。
「つ、次、撃ちなさい!」
二撃目。
今度は意識すれば見える。
風による真空波だと分かれば、躱すなど容易いものだ。
左右への揺れるようなスローステップ、その最小限の動きのみで無力化する。
「ば、化け物……」
「どうした? 大道芸はこれでおしまいか? うぬら……もっと楽しませてくれないのか?」
「こ、こうなったら魔術師全員による極大魔術を放ちなさい!」
極大魔術? やっと楽しめそうなものが出そうだ。
「お、お嬢様! そんなことをしたら街にまで被害が──」
「うるさい! 奴隷の分際で! こんな醜態、婚約者であるあの転移者様に知られたら、ワタクシは、ワタクシは!」
ほう、この我の他にも転移者が来ていたのか。
もしかしたら、あの場にいた者か。
まぁいい、楽しもうではないか。
「ほら、待っててやるぞ。遠慮せず撃って来るのだ」
「くそ! 舐めやがってですわ! 戦士達、足止め──いえ、首を取ったものには賞金を出すわ!」
破れかぶれになり、30人程の屈強な男達が怒号をあげながら猛進してくる。
現代では見られぬ兵士による集団近接戦、壮観だな。
ついつい、笑みが漏れてしまう。
「貴様に恨みは無いが、死んでもらうぞ!」
「俺は! 俺は逆らって死にたくねーんだ!」
奴隷達は口々に叫んでいる。
それを見ると、彼らは心から戦いに悦ぶ戦士ではなく、仕方なく戦わせられている剣闘士と言った所か。
様々な事情があるらしいが──。
「今は楽しませてもらおう」
「な、なんだコイツ! この不利な状況なのに笑ってやがる!」
相手の剣が届く、戦闘範囲に入った瞬間──。
その刃を振り下ろしきる前に、横から回し蹴り。
放たれた一蹴は、易々と鋼鉄製の剣を砕き折り、相手の骨をへし折り、発生させた烈風によって心もポキリと折った。
蹴風は誰も立っていられない程にまで膨れ上がり、我以外が全員倒れていた。
「あ、あいつも風魔法を使うのですか!?」
「『我流豹風脚』──ただの蹴りだ」
「ほ、ほほほッ! 我流、ただの我流! さぞ名のある流派ならまだしも、ただの我流なら限界も近いでしょう! この極大魔術を喰らって塵と消えなさい!」
力を溜め終わったであろう、魔術師軍団。
太陽を思わせる赤い光が膨れ上がり、収束。
人を一人飲み込めるくらいのサイズの球体となり、かなりの速度で発射された。
「仕方が無い。そこまで言うのなら、我が一子相伝、王者の流派を見せてやろう」
「なんですって!?」
見せたくは無かったが、極大魔術とやらは街にも被害が出るらしい。
この哀れな奴隷剣闘士達も全員巻き込まれるだろう。
それは避けねばならない。
「はあぁぁぁ……」
変身魔法で小さな身体になっていても、本来の身体の感触はある。
足先から──下腿三頭筋で大地を踏みしめ、大腿四頭筋で胴体まで伝える。
「な、なんですの!? そのまま避けずに何を!?」
──大臀筋で受け止め、腹筋でさらに力を高め、大胸筋で凝縮する。
「麒麟王神拳奥義──」
限界まで膨れ上がった筋肉は、ついに右腕部分の変身すら弾き飛ばし、丸太のような本来の腕を出現させる。
──破裂しそうな合力を上腕二頭筋!
──その剛力無双を拳先へ向けて解放!
「八大龍王拳!」
極大魔術の球体を──単純に殴って消滅させた。
「い、一撃で極大魔術が……」
違う。
一発に見えるが、極限の威力を秘めた八発を目に見えぬ速度で放ったのだ。
伝説の存在である八大龍王──難陀、跋難陀、娑伽羅、和修吉、徳叉迦、阿那婆達多、摩那斯、優鉢羅。
一発一発がその名に恥じない威力を持ち、極大魔術とやらを削り、消し飛ばした。
「あ、ああ……。そんな馬鹿な……。人間じゃ無い……貴女、何者……」
「アイアムアヒューマン」
腕の筋肉を緩め、魔術耐性を低めて元の子供細腕へと戻す。
「ま、魔術を殴れる人間がいるはずないですわ……」
我は、悪役令嬢にゆっくりと近付きながらも、通り道の奴隷達の首に一撃を当てていく。
そして、悪役令嬢の前に立つのは、最初に出会った言葉が喋れない奴隷少女のみとなった。
「う、うぅ……っ!」
もう打つ手が無いとわかっていても、魔術師としての武器である杖を離さず、こちらを睨み付けている。
生きる事に必死な瞳で。
「うぬは、心強き者だな」
我は、その頭を撫でるようにして、気を送り込む。
喋れない相手を救った事は何度かあるので、たぶん同じようにやれば出来る。
「楽しませてくれた礼だ。望みを伝えてみろ」
「う、うあ……あ、あたし……しゃべれるように……」
ついでに奴隷の証らしい首輪に一撃を加え、簡単に砕く。
「ど、どれい。たすけて……。す、数年前に……転移者様がやってきて……貧しい人達を裏の特産品として扱いだして……」
「女よ。その願い、聞き届けた」
我は、そのまま歩み出そうとした。
「ま、待ちなさい! あなた! その転移者様はワタクシの婚約者なのよ! この街を実質、牛耳っているあの方を怒らせたら、タダじゃ──」
「ふむ、テンプレでは婚約破棄というものもあったな」
「え、なにを」
悪役令嬢の腹に、深く深く人差し指を突き刺す。
脊髄まで達する程度に。
「ぐぼぉっ!?」
「うぬに一ヶ月は消えぬ激痛を残した。死にはしないが、気を抜けば発狂するであろう。例え生き残っても、人としての人格は残ってはいまい」
婚約破棄完了。
あの5人の強盗の内、もし1人が転移していて、国の中枢に食い込んでいる場合、他の4人も同じ様な可能性がある。
強盗をするようなやつらを、この世界でも野放しにしておく事は出来ない。
……いや、一番楽しい戦いを望んでいるだけかもしれない。
強い奴と戦うという楽しみ。
そのためにする事──。
「ら、ラッコちゃん様、どこへ向かうんです!?」
ゴブリン優男が問い掛けてきた。
それに、当たり前のように答える。
「まずは、ここの転移者の一人を倒す。そして──」
「そして?」
拳をグッと握り、天へ向ける。
「我は国を盗る」