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  作者: 鼈甲飴。
第1章【転移編】
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第8話〈埒外〉

*5月6日差し替え完了

「わぁ!美味しそう!見てよアキト!」


「へい、いらっしゃい!嬢ちゃんべっぴんさんだねぇ。青リンゴ飴、どうだい?」



所狭しと並ぶ屋台のうちの一つ。


そこはメインストリートに繋がる横道の一本で、道幅も30メートル程はあり中々の繁盛地帯。

軒を連ねる店々はどこも大繁盛。売り切れの商品も出て嬉しい悲鳴をあげている店すらある程。


その繁盛地帯の中で、明らかに売れていない雰囲気を醸し出している店にサチコが引き寄せられていく。



「いやいやいやいや……やべえって絶対。」



両隣の屋台にはクレープっぽいものや麺類っぽい何かが売られていて、行列が出来るほどの中々の繁盛具合なのに対し、この店には1人も客がいない。

店主も1人だけでやっていて、しかも明らかに暇そうだ。


売れていないのは店主の強面のせいか、それともその青りんご飴とやらの人気のせいか。


劇薬でも入っているかと疑う程の青。氷水に浸かっているリンゴは明らかに日本にあったものと同じだろう。程良い赤で、とても美味しそうだ。


同じくリンゴ飴製作に使うであろう水飴も通常通りの透明な色。それがどうしてこんな真っ青になるのか。


毒々しい程の青色に、アキトは顔をしかめる。



「おかしい……リンゴ飴ってのはリンゴに水飴をかけただけの筈……何でこのリンゴにその水飴をかけてこんなんになるんだ……」


「兄ちゃん。細かい事は気にすんなって。」


「細かくねぇよ!自分の口に入るものだぞ⁉︎これを!食って!たまるかよ!」


「お願いアキト……」


「うっ……」



意図して上目遣いでアキトに縋ってくるサチコに、さしものアキトも心が揺らぐ。



「それとよ。何とこの青リンゴ飴を食べると恋人と結ばれるらしいって専らの噂だぜ……?」


「いや、俺たちは恋」


「ホントに!やったぁ!アキト!お願ーい!」



アキトのささやかな反論はサチコの満面の笑みにかき消され、アキトの心も大分買う方向に傾く。



「それと、禁断の恋ももしかしたら……?」


「よっしゃ買うぜ。いくらだ。」


「お兄ちゃん……」



いくら何でもタイミングが良さすぎるし、恋人の方も出鱈目だろう。


店主の方も久々の客で何としても買わせたいらしく、強面を精一杯歪ませてガン押ししてくる。



「1つ10オンだ。ここらじゃぁかなり安い方だぜ……?」


「よし。カナタ、10オンだとさ。」



10オン。それが日本円でどのくらいかは全く持って想像がつかないが、それでも今朝来る時にヤエサルから1000オンを預かっていた。カナタが。



「カナタちゃん、お願い!」



サチコも必死に懇願する。そう。最初のアキトへのねだりは全くの無意味だったのだ。今ではアキトもねだる側。



「……はぁ。じゃあ一つだけお願いします。」


「え⁉︎俺のは⁉︎」


「お兄ちゃんはダーメ。」


「そんなぁ……。俺とカナタの熱いパトスが……」


「毎度あり!」



店主が氷水に浸かっていた新しくリンゴを取り出し、手際よく洗う。ここに置いてあるのを出すんじゃなく、新しく作るのはいい心掛けだが……



「青リンゴ飴誕生の秘密が、今、明かされる……!」



アキトが固唾をのんで見守る中、水飴がリンゴにかかり……



「何、だと……?」



水飴が当たった瞬間、青色に変色していく。赤から紫へ、紫から青へ。


その変化はとうとう全体まで広がり、先程まで赤かったリンゴが真っ青なリンゴ飴に変貌する。



「はいよっ!」


「わぁ!ありがとう!」



当たり前のような顔をしている店主も店主だが、それを当たり前のように美味しそうと言ったサチコもサチコだろう。


これが適応能力の差というやつか。アキトはきっと適応能力が低いのだろう。


魔法があるのならこういった事も起こりうる。そうアキトは自分を無理やり納得させた。いや、納得は全然していなかったが。



「ありがとうございました!」



サチコが主に礼を言い、店を離れる。



「ねぇ、アキト。食べていい?」


「え?あぁ。召し上がれ。」


「はーい。いただきます。」



道を歩きながら青リンゴ飴に齧り付くサチコを見て、アキトが顔をしかめる。いくら禁断の恋がどうとかというご利益があったとしても、青いリンゴ飴は食べるのを躊躇させる程のインパクトを持っている。



「どうだ……?」



ゆっくり咀嚼するサチコに恐る恐るアキトが感想を尋ねる。



「うんっ!美味しいよコレ!」


「マジか……。」



そのまま二口、三口と食べ続けるサチコ。


これがそれほど美味いのだととすれば、見た目は差し引いても客は来るだろう。やはりこれはあの店主の顔が問題だったか。



「あれ……?店主、どんな顔してたっけ…………ま、いっか。」


「はむっ!」


「ん?」



後ろから可愛い音が聞こえたので、振り返ってみるとカナタが何やらサチコの隣で口をモグモグ動かしていた。



「ん?今カナタそれ食ったか?」


は、はんほほほ(な、なんのこと)?」


「まぁいいや。それよりヤエサルさん戻って来ないなぁ。」



ヤエサルと別れてからもう30分以上は経つ。すぐに戻ると言っていた割には遅い。



「あっ!すみません。」



その時!アキトは向かいから歩いてきた人物とぶつかってしまう。



「あぁ、悪い。」



その人物は、黒のローブで全身をすっぽり覆っていて、見るからに暑苦しい格好をしていた。


男。フードから覗くその顔は、アジア系の顔。

黒髪に黒い瞳。

だが顔はいかにもな悪人面で、目つきが悪い。

ローブの膨らみから推測するにどうやら帯剣しているようだった。


男はアキト達を一瞥すると、そのまま去って行ってしまった。



「珍しいねお兄ちゃん。」


「あ、あぁ……人にぶつかったのなんて初めてかも……それより、ヤエサルさんだ。」



元の場所に戻るべく、アキトははぐれないように2人の手を取り歩き出す。



「お兄ちゃん?」


「いや、ヤエサルさんと早く合流した方がいいと思ってな。元の場所に戻ろうと思って。」


「でも、そっち逆じゃない?」


「あれ?そうだっけ?」



出鼻を挫かれ、アキトが恥ずかしそうにUターンし、通りの逆に向かって歩き出す。



「ん?んー?」



違和感。戻り始めてすぐにアキトは違和感を感じる。


しかし、そこにはクレープっぽいものと麺類っぽい何かを売る店が隣接しているだけで、特に異常は見られない。


アキトは気のせいだろうと頭を振る。どうやら今朝の胸の痛みも合わせて少し身体の調子が悪いようだ。



「どうしたのアキト。早く行こう?」


「あぁ。」




そして、黒ローブの男。いくら人が多いとはいえ、この暑い日中にそんな暑苦しい格好をしている者がいれば必然的に目立つ。だが、その黒ローブの男は忽然と姿を消していた。







△△△△△△△






「迷った……!」



結論。


3人は、迷っていた。



「おかしいな……」



あれから3人は何の問題も無く、歩いていた筈だった。だが、何かの見えない糸にでも引き寄せられたかの如く、あれよあれよと人の少ない、大通りから離れた裏路地に入ってきてしまっていた。


それに、何よりも……



「ねぇ、アキト。さっきから同じ場所通ってない……?」



そう。ループ。とても異世界チックなファンタジーイベントによって先程からアキト達は全くもって進んでいなかった。

移動どころか、この場所から離れられなくなってしまっていたのだ。


遠くに、先程から位置が変わっていない巨大な塔も見える。



「こんな日中からなんつーイベントだよ……」



ちょうど午後2時くらいだろうか。カンカン照りの太陽から容赦無く浴びせられる熱線に、カナタもサチコも文句こそ言わないが相当に無理をしているはずだ。

それに、あのココナッツミルク風の飲み物を飲んでから一切水分を取っていない。体力が自慢のアキトも流石に疲れてきていた。



「お兄ちゃん。私達、この屋敷の周りを回ってるみたい……」


「そうなんだけどさ……」



アキト達の目線の先。そこには、半壊した屋敷があった。それなりの大きさだが、それはまるで内側から破裂したかのような外見で、庭も長らく手入れをしていないのだろう。雑草が繁茂していた。


日中だからまだいいが、夜中ならこれは夏の風物詩、肝試しの会場にピッタリなその外観にアキトは似合わずも怖気づいていた。



「ちょっと休もうよ。」


「ここで、か?」


「そう。」


「わ、わかったよ……」



カナタも大分疲れているようなので、アキト達は恐る恐る屋敷の敷地内に入る。



「ここ、は崩れてないな……」



屋敷の崩れていない部分に入り、一旦休憩を取る。日陰になっているのもあるだろうが、雰囲気も相まっていくらか涼しく感じる。



「これ、なんなんだろうね……」


「なんなんだろうな。」


「ねぇ、アキト。これからどうなっちゃうんだろう……?」


「そうだな……。まぁヤエサルさんか、仕事が終わればアレクスが探し出してくれるのを待つしかないな。俺はこの手のイベントにはすっかりハマるタイプだから。」


「ループって、こんな異世界っぽい事も起こるんだね。」


「そうだな。」



カナタがいくらか感慨深そうに呟く。そんな悠長に言ってる場合でも無いだろうが、他にする事が無いのだ。仕方が無い。


アキトはゆっくりと腰に下げられた剣の鞘を撫でる。いざとなったら、これを使わなくてはならないかも知れない。最も、相手が魔法を使ってきた場合には手の打ちようが無いが。


この現象が誰かが意図的に起こしたものなのか、それともこの場所に起こりうる自然現象のようなものなのかの区別すらつかない今、アキト達がすべきなのは待つ事しかなかった。



「あ!そうだアキト!ちょっとループしてるの見てみたい!」


「そうだな……。じゃあちょっくらそこの道まっすぐ走ってくるわ。」



サチコの提案に、暇を持て余していたアキトが快諾する。

目の前の真っ直ぐな道は屋敷から100メートル程離れていて、長さとしては200メートル程はあるだろうか。

もちろん、3人で目の前に見える真っ直ぐな道も歩いてみた。だが、それも気がついたら元の場所へ戻ってしまっているのだ。アキト1人でやったとしても変わるはずも無いのだが。


アキトはそう言うとご丁寧に準備運動までしてゆっくりとスタート地点へと走り出す。



「よっしゃー!よーく見てろよー!」


「頑張ってー!」



真っ直ぐな道のスタート地点に立ち、2人に向かって手を振るアキト。のんびりしていて何かのトレーニングをしている最中のようだが、これは立派な実験である。



「ふぅ……待ってろループ。俺のガチ走りでお前を突破してやるぜ……!」



そう言うとアキトは両手をつき、腰を上げてクラウチングスタートの格好をとる。馬鹿だ。



「お兄ちゃんクラウチングスタートやってるよ……」


「アキトの走ってるのカッコいいよね……。」



「いくぜ!」



ドン!と土煙をあげ、猛スピードでカナタ達の目の前を通り過ぎていくアキト。それはそれは速い。200メートル程の長さを一気に駆け抜けていく。



「おらぁぁぁぁぁぁ!」



馬鹿みたいに絶叫して走り抜ける。


カナタもサチコも、その瞬間を見逃さまいと、目を大きく開けてアキトの勇姿を見続ける。


そして…………ゴール地点にたどり着き……走り去っていった。





「あれ?お兄ちゃん?」


「うん?アキト?」






ポツポツと、雨が降り出す。


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