第7話〈神のいる街〉
*5月6日差し替え完了
「街、かい?」
「はい。街です。」
街。それは、あらゆる情報の詰まった場所。どんな人種がいるのか、奴隷はいるのか、ケモミミはいるのか。
物流はどうか。物価はどうか。
治安はどうか。国はどうか。戦争は起こっているのか、などなど。
これらの中にはもちろんアレクスに聞けば分かる事がほとんどだ。だが、それでもアキトは自らの目で確認しておきたかった。
本当に、自分達が異世界に来てしまったのだという事を。
「うーん……」
「?どうしたんですか?治安悪いんですか?」
「いや、ここグロータニアンの街は王国内でも屈指の治安の良さと規模を誇るが……今は、祭りの季節なんだ。」
「祭り?」
「そう。オーボレル、君達がいた迷宮、第13迷宮オーボレル。今、オーボレルが活性化している時期でね。より多くの見返りを求めオーボレルに突入する人が増えるんだ。この時期だけは、厄介な者達も入ってくる。」
「へぇ……オーボレル、祭り、ねぇ。」
「今、この屋敷にメイドがいないのもそれに関係していてね。と言っても、常駐しているメイドは1人だけなんだけどね。」
メイド。やはりいたか。そろそろこの屋敷にメイドが1人も存在せず、ヤエサルさんが家事全般を全て1人でやっている超絶ブラック屋敷かと思い始めたところだった。
「なるほど。今出て行ったらダメなんですか……因みに、その祭りとやらはいつまで続くんですか?」
「この前始まったばかりだから、あと半年くらいかな?」
「半年……だと……?」
予想外の期間の長さにアキトが絶句する。
「まぁ、半年は流石に待てないだろうし、それに祭り期間中でも、今日は特別な日だ。大丈夫だろう。」
「特別、ですか?」
「あぁ。今日はこの国で3人しかいない聖騎士の中の、第五聖騎士の眷属の1人が視察に来る日なんだ。」
聖騎士。これはこれは、相当に男の子のヤンチャな心を刺激する単語が出てきたもんだ。
アレクスは、自分の事を騎士と言っていたがそれとは違うのだろうか。いや、3人しかいないという事は普通の騎士とは違うのだろうが。
3人しかいないのに第五とは一体どういう事なのか。気にはなるが、まぁ別に大した事では無い。
「聖騎士はもちろん普通の騎士とは異なる。国宝である聖剣に選ばれ、預かった騎士のことを言う。」
「聖剣…………」
「その聖騎士の眷属がやってくるんだ。普段聖騎士とその眷属は様々な仕事に就いているからね。これは凄いことなんだ。」
「なるほど。聖騎士の眷属って人間なんですか?」
「基本はそうだね。今回来る眷属は人間だと言われている。」
「眷属、ねぇ。」
「生憎僕も今日は仕事があってね。君達についていく事はできないが、代わりにヤエサルを護衛につけよう。安心してくれ。ヤエサルはそこらのチンピラに負けたりはしないから。」
ヤエサルがアレクスの言葉に謙遜する。この温厚そうな執事が剣を振っている所があまり想像できないが……。
と、こういう流れでアキト達は異世界の街へ繰り出したのだった。
△△△△△△△△
「あの、サチコさん……」
「ダメだよアキト。全く、ボクが手をつないでなきゃすぐにフラフラするんだから。」
「お兄ちゃん、サチコさんと手、繋いでて。」
「へい……」
グロータニアンの街のメインストリート。道幅が50メートルくらいありそうな、冗談抜きにぶっとい道に、人が溢れかえっている。
見渡せば様々な人種、亜人種。
普通の白人っぽい人からアジア系の顔立ちの人まで。
そして、何よりもケモミミを引っ付けた愛らしい顔立ちの人種がワンサカいる。
それを見てアキトは早速よだれ垂らしてナンパに行きかけたのでこうしてサチコが手綱を握っている、というわけだ。
「獣人系の方々は、好戦的なタイプが多いですから、気をつけて下さいね。」
との事だった。周りを見渡すと、アキトより背が高い人がたくさんいる。鎧を着込んでいたり、派手な傷が沢山ついていたり、刺青が彫ってあったりとより取り見取りでアキトの存在感もやや霞むほど。
アキトの腰には、剣が下げられている。真剣。一応護身用だが、その重みは実際の重さよりも遥かに重い。これは、人殺しの道具。
アキトもできれば持ちたく無かったが、仕方がない。カナタやサチコに持たせるわけにはいかないのだ。
「うぅ〜〜……人が多いよ……」
あまりの人混みにまだ到着してから30分程しか経っていないというのに、カナタは既にうんざりしてしまっている。
「カナタ、肩車してやろうか?」
「パンツ見えちゃうじゃん……」
因みに美少女2人はフンワリとしたシルエットの白い肩出しワンピース姿に麦わら帽子。
涼しげで、可憐である。何故麦わら帽子があるのかは置いておくとして。
そんなので肩車されたら丸見えも丸見えで、更に言えばアキトの背丈なのでもう見てくれと言わんばかりの大胆アピールになってしまう。
アキトはというと、何故かタンクトップに短パン。筋肉アピールができるのはいいのだが、もう少し異世界感を出して欲しい。
「それにしても人が多いな……。暑いし……。」
「では、飲み物を買って参りますね。」
あまりの熱気に今日は帰って寝るという案が浮かんだアキトに、すかさずヤエサルが反応しすぐに近くの屋台に向かう。できる執事である。
「すみませーん!この通りを第五聖騎士様の眷属様がお通りになられますので、道をあけてください!」
「おいおい、この通りのどこを通るってんだよ……」
警備員のようななりをした人達が規制ロープを張り、道の真ん中を開けていく。これだけいる人々も息を合わせて端に寄り始める。凄い統率力だ。これも、聖騎士とやらの凄さの表れだろうか。
「来ますね。」
いつの間にやら隣に現れていたヤエサルから飲み物を受け取り、冷たいココナッツミルク風の飲み物をガブ飲みしながら聖騎士の眷属とやらが登場するのを待つ。
アキト達は幸運にも、群衆のまえに出て目の前が規制ロープという絶好の位置取りを意図せずにしてしまった。これならパンツおっ広げにしなくても、背の低いカナタ達でも聖騎士の眷属を見る事ができる。
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎」」」」
どんどん、歓声が近づいてくる。すぐそこ、100メートル程前の角まで来ているのだろう。熱気がこれまで以上に高まっていく。
「すげぇなこりゃ……せいぜいディズニー○ンドのパレード程度だとタカをくくってた1時間前の自分を殴り飛ばしたい。」
「カナタちゃん、これ美味しいね!」
「そうですね!」
「あれ?もしかして全然興味無い?」
先程のココナッツミルク風の飲み物に夢中になる2人に、周りの人々に合わせて叫びまくっていたアキトも静かになる。
周りの歓声が大きくなり、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
「うぉぉ!来た!すげ……ありゃ?」
真ん中の馬車を囲むようにして一糸乱れぬ歩行で護衛する騎士達。
しかし、アキトが注目したのはそこでは無い。
馬車の上。そこに座っていたのは、見覚えのある赤い髪に、これまた見覚えのあるシャチホコ。
アレクスだ。
「何でアレクスがあんな所にいるんだ……?もしかしてアレクスが聖騎士でしたとかいうオチ……?」
「いえいえ、違いますよ。アレクス様はここ、オーボレル騎士団の副団長ですからね。ここの護衛を任されているんですよ。驚かせたいという事で黙っておりました。」
「すっげぇ重要な仕事じゃん!」
あれ、もしかして今日アキト達を街に出したのはこの勇姿を見せつけたいからでは?などという不遜な考えが浮かぶが、そんな事あのアレクスに限ってあるわけが無い。アキトじゃあるまいし。
「それより。来ますよ、本命が。」
「我らが救世主は前座かよ……。」
一層の歓声があがり、もはや互いの声が聞こえない程。耳が割れる。そんな感覚に陥りかけた時。
「お……」
一瞬。その姿が現れた時、一瞬だけ周りの人々全てがその神々しさに飲まれ、おし黙る。
瞬間の静けさの中で、その人物は確かに存在した。
顔は、分からない。鎧で覆われてしまっている。だが、鎧のフォルムから見て恐らく女性。
基本は白地の鎧に、所々あしらわれた金の装飾。腰には、あまりにも凄まじい存在感を示す剣が下げられている。
それは、まさしく聖騎士の眷属と呼ぶにふさわしかった。
「「「「「「うおぉぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎」」」」」」
「聖騎士の眷属様ぁぁぁ‼︎」
「ありがとう!ありがとうございます‼︎」
一瞬遅れ、凄まじい音量の歓声と次々に送られる感謝の言葉の数々。
「随分と大きい鎧だな。」
そのようなアキトの呟きは無視するとして、それにしても凄い歓声だ。ここまで歓迎されるのには何か理由があるのだろうか。
「聖騎士様、って結局何をしたんですか?」
サチコがアキトの疑問と同じ質問をヤエサルに投げかける。
「彼らは救国の英雄、と呼ばれています。特に今来ている第五聖騎士の眷属様は3年前の大戦争の際に第五聖騎士様とともに大活躍されたのです。」
「なるほど……ところで、何で3人しかいないのに第五なんですか?」
「他の国にもいますからね。」
「なるほど。」
そりゃそうか。聖騎士というのはこの国独自の役職ではないらしい。
「ふぅ……そろそろ腹が減ってきたな……」
聖騎士の眷属が離れていき、ようやく人々の熱気から解放されたアキト達。
「…………」
「あれ?ヤエサルさんどうしたんです?」
一点を見つめて険しい顔で黙るヤエサルに、アキトが不思議そうに話しかける。
「いえ…………すみません、アキト様。少し用事が出来てしまいました。すぐに戻ります。剣をお離しになりませんよう。」
「あ、ちょっ!」
ヤエサルはそう言うと止める間もなく人混みの中へ消えていってしまう。一体どうしたのだろうか。
「……じゃあ、ボク達だけで屋台巡りしよっか。」
「……そうだな。カナタ、行くぞ。」
「う、うん。」
カナタは、先程までの雰囲気とは違い、不安そうな顔をしている。
「……カナタ、大丈夫だ。お前は俺が守るから。」
「お兄ちゃん…………」
サチコも、カナタも、そしてもちろんアキトも昨日まではただの高校生。それが一夜にして一変し、自分の力で生きていかなくてはいけなくなってしまった。
不安は当然あるだろう。これからの見通しも立たず、この世界の事は分からない事だらけ。
だが、それでもアキトは日本にいた頃と変わらず言うのだ。
お前を、守る。
その先にあるものを、アキトはまだ知らない。