第4話〈真紅に染まり〉
「本当だ。すっかり元通りじゃん。」
「触るな。」
「えぇ〜!昨日少しデレの兆候出てたのに!」
翌日。あの後、左腕が問題なく動いたのを確認したので、今日からアキトも朝稽古に参加する事になっていた。
「……ところで、さ。」
「何」
「その格好、大分エロごぶっ⁉︎」
アキトが指摘したメアロの服装。昨日までの装飾いっぱいフリフリメイド服から一転し、靴は何だか凄く動きやすそうな白い靴。
スカートはより短くなってガーターベルトとホルスター丸見えだし、尻尾は揺れてるし、もう、素晴らしい。拍手喝采、その絶対領域を舐めまわしたいレベル(※アキト談)。
装飾は大分減っていて、何だかまるでこれからメアロも朝稽古に参加するかのような軽装だ。それでもスカートなのはメイドの意地なのか、それともサービスなのか。
「さてアキト君。」
「はい。」
「カナタさんに聞いたんだが、君はあの時だけでなく、剣を持つと心臓が痛くなるそうだね。」
「あ。忘れてた……」
そう言えば、そういう設定あったな。という訳ではなく、左腕の事で実は精一杯だったのだ。
一応アガノとの戦いでは剣を使えていたし、忘れているのも無理は無い……いや、やはり無理はあるか。脳筋もここまで行くともう救いようが無い。
隣でカナタが深刻そうな顔でウンウン頷き、サチコが心配そうな顔でアキトを見る。
「これをちょっと持ってみてくれ。これは、僕が騎士団に入った時に授かった剣だ。」
「あ、はい……っ⁉︎」
ドクンッ…………
心臓が破裂するかのように痛み、すぐに剣を落としてしまう。
痛むのは覚悟していたが、以前より酷くなっている。これは……まずい。
「ふむ……では、盾はどうだろうか。」
「盾……あ、これは大丈夫なのか……?」
アレクスが渡してきた盾。こちらは、どうやら大丈夫なようだった。
「次は、これだ。」
見ると、アレクスの後ろには様々な種類の武器が山積みになっている。これを全て試すつもりか。一体どれ程時間がかかるのか。
***
「はぁ、はぁ……」
「ふぅ。思った通りだったね。」
結論から言ってしまうと、アキトは攻撃する武器、つまり剣やら槍やら、人を傷つけるための道具は一切持つ事が出来なかった。
持った瞬間に心臓が暴れ出し、1秒も耐える事が出来ない。あまりの惨事に、アキトが本当の意味で地面に膝をつく。
「だがアキト君。まだ諦めてはいけないよ。」
「こんな俺に、何ができるっていうんですか……!」
「君にはまだ残された武器がある。」
「⁉︎そっ、それは……⁉︎」
「君の、その拳だ。」
「そうか!それがあった!」
そう。既にアキトの身体にくっついているこの両腕。これならもちろん心臓が痛くなるなどあろうはずが無い。ついでに足もついている。
アキトは希望を取り戻し、再び立ち上がる。
運命という逃れられない枷から、自らを解き放って!
「そこで、メアロだ。」
「はい?この流れで何故メアロが出てくるか、全く理解不能……まっ、まさか⁉︎」
「そう、そのまさかだ。」
下らない茶番を経て、ようやくメアロの軽装の説明がなされる。
「メアロは、武器無しの近接戦闘が得意なんだ。」
△△△△
ドスンッ…………
アキトが仰向けに地面に寝転がり、宙を仰いで空を見る。雲一つ無い夕焼けに、アキトは少し文句を言う。
「夕焼け空には雲があるべきだろ……」
ザッザッ、と近づいてくる足音。
メアロだ。相変わらずパンツ丸見え。
「おい。いつまで休んでいる。起きろ。」
「ぶごぉっ⁉︎ちょっと!起こす度に腹を踏むのやめろよ!何時間やってると思ってんだ!少し休ませろ!」
「まだ5時間……くらい?」
「可愛く言ったってダメ!」
アキトは、今日からメアロに訓練の相手をしてもらっていた。訓練?何のかって?そりゃあ、騎士のに決まっている。
メアロは何だかんだ言って一日中アキトに付き合ってくれていた。アキトの仕事は、1日でも早く強くなって騎士になる事。そうすれば、色々と便利だとアレクスに丸め込まれた。
だが、このメイド服を着ているネコミミは暇なのか。
屋敷の仕事は、思ったよりも大変では無かったようでカナタとサチコ2人で十分だったようなのだ。
それならお前何でメイドやってんだ。というか、何でメイド服着てんだ、と言いたくなるかも知れないが、別にアキトにはデメリットは無いしむしろメリットしか無いので黙っていた。
「ところでさ。」
「?」
「今日はイチゴパぶぐっ⁉︎」
学習しない脳筋である。いや、本能を追い求めた結果がこれなら尊敬すべき人物と言えるか。いや、言えない。やはり、ただの馬鹿だ。
メアロは、近接戦闘が得意というレベルではなく、もはや近接戦闘の鬼と言うべき程の実力だった。
これだけの体格差を物ともせず、アキトを殴り飛ばし、殴り倒し、投げ飛ばし、投げ倒し、張り飛ばし、張り倒した。一切の手加減なしで、容赦なく。
まぁそれに耐え切ったアキトの耐久力も耐久力だが、こんな小さな女の子に吹き飛ばされて、アキトも少なからずプライドがシュレッダーにかけられていた。
「…………」
「ん?どした?」
「……何で隠す。」
「何が……って、そりゃあ分かるか。」
メアロが起き上がったアキトの左腕を見て言う。
左腕。見た目は全く問題無い。動かすのにも全く支障は無い。痛みも全く無い。
一体どこにナニを隠しているというのか。
下ネタでは無い。真面目な話だ。
「……感覚が無いんだ。」
そう。痛みが、全く無かった。
初めは治りたての副作用かとも思っていたが、今日になっても戻らない感覚にアキトも流石におかしいと感じていた。
痛みどころか、動かしている感覚も、触っている感覚も、触られている感覚も、暑さも寒さも感じない。
感覚的には、左腕は昨日までと全く同じであった。
まるで、左腕が無いかのように。
まるで、アキトが隻腕であるかのように。
「……どうするんだ。」
「どうしようもこうしようもないだろ。何も問題無いんだから、敢えて心配をかける必要も無い。黙っててくれ。頼む。」
サチコや、もちろんカナタには心配をかけたく無い。別にアレクスには言ってもいいかも知れないが、また迷惑をかける事になる。
午前中は、アキトも手伝って荒れてしまった裏庭の整備をした。
あまり、これ以上迷惑をかけたくはなかった。
「…………分かった。」
渋々といった感じでメアロが頷く。これは、もうそろそろメアロルートも開かれているのではないか?とアキトは思っていたのだが。
「さぁ、そろそろ夕食の時間だな。」
「夕食で呼びに来るまでやるに決まってる。」
「うぅ……鬼だよ……鬼メイドだ……」
正確には、ネコメイドではあるが。まだまだネコミミメイド、メアロのデレは遠いようである。
△△△△△△△△
「さてアキト君。」
「俺、もうこの流れ慣れちゃった……」
いつものように夕食の席で神妙な顔でアキトの名を呼ぶアレクスに、アキトがぼやく。だが、それも一瞬の事。アキトもアレクスの表情を見て即座に真顔になる。
その爽やかなイケメン顔は、苦悩に満ちていた。
「……行方不明だった、治療師の事なんだが。」
「行方不明だったんだね……」
もはやメアロとの特訓でヘトヘトだが、それでもただならぬ事態の予感にアキトが顔をしかめる。
「先程、グロータニアンと王都を繋ぐ道の途中で死体で見つかったと報告が上がった。」
「……死体、ですか……」
治療師。王都ではかなり有名で、王国内でも指折りの治療師が、死んだ。当たり前だが騎士団による護衛がこれでもかと注ぎ込まれていた。それが、死体で見つかった。それは当然……
「護衛の騎士も、1人残らず死んでいた。」
これは、この食事の場で話す事ではない。別に食事中だからという意味では無く、これは国レベルの大事だという事だ。
護衛の騎士というのは、アレクスによれば王都のかなり上の方の騎士。それが、揃いも揃って全滅。
「王国内の警戒レベルは10段階の内、今日で3から5まで上がった。ちなみに後1上がると内戦または紛争状態だ。」
「その……相手は……」
「そう。君達を襲った黒ローブの集団。この国唯一の反乱分子。」
アキトが黒ローブの集団に襲われた時の事を思い出し、口に運んでいたパスタっぽい何かを食べるのを止める。
「もうそろそろ、話してもいいだろう。あの離れの人物について。」
「おぅ……何だか、食欲がなくなってきたよ……」
アキトのみならず、カナタとサチコもフォークを止めている。
「大体は予想がついているだろうが、あの離れにいるのは王族の1人。我が王国、エルデハン王国の第三王女殿下。ミレイナ・グローリア・エルデハン様だ。」
△△△△△△△△△
「んあっ…………あちぃ……あれ?」
真夜中。月が雲に隠れ、街灯が無い屋敷の敷地内が闇に染まる時間帯。
アキトは何か違和感を感じ、目を覚ます。
「ここ……廊下か……?」
廊下だ。紛れもなく。
だが、これはおかしい。アキトはいつもの3階の部屋でベッドに横たわり、カナタとサチコの3人で仲良く寝ていたはずだ。
それが、なぜかこんな夜中に寝巻きのまま廊下に突っ立っている。しかも、何だか空気がよどんで蒸し暑い。
アキトは汗びっしょり。
一体どういう事なのか。
「えーっと、確か……」
記憶を遡り、ここにいる理由を思い出そうと試みる。
確か、あの後はすぐに解散となった。
アレクスから伝えられたのは、王都の対応とこちらの対応について。
アキト達は、ここから、つまりアレクスの屋敷の敷地内からでない事。それが、アレクスからアキト達に言われた事だ。
アレクスの屋敷には結界が張ってあるとかで、ここからでない分には安心安全だそう。
そして、王都の対応だが、この状況下で王女を動かすのは逆に危ない、との事だそうだ。
アレクスの屋敷は安全だし、今日から24時間体制でオーボレル騎士団の護衛が大っぴらに始まった。アレクス邸敷地内には入らないが、アレクス邸の周りをぐるっと一周囲んでいた。
王都が警戒レベルを5に引き上げた事が市民にも知らされ、今まで極秘だった護衛も大っぴらにできるようになったのだ。もちろん王女がここにいるという事は未だ極秘事項だが。
そういう話をした後、風呂に入ってそのままベッドに直行したはずだ。
サチコもすぐに来たが、カナタは勉強するとか言って部屋の端っこで灯りを点けてこの世界の本を開いていた。
そして……アキトは、寝た。そう。寝たはずだ。おかしい。思い出してみても、自分が何故廊下に突っ立っているのかの説明がつかない。
「ん?何でカーテンが……」
アレクスの屋敷では、廊下のカーテンは夜になっても閉めない。というか、そもそもカーテンが取り付けられていない。つまり、ここはアレクスの屋敷では無い?
「っ……!」
アキトは急いで窓に走り寄り、カーテンを広げる。
「なんだ……やっぱりアレクスの……」
ここで、アキトの顔が真っ青になる。
窓から見えたのは、正門だった。いつもの正門。見間違える事も無い。
別に、何も不思議な事は無い。正門は普段通りにそこにある。
なら、一体何に気づいたのか。それは……
「こ、こ……離れじゃねぇか……」
そう。裏庭の左手にあったのは本棟。つまり、アキト達が普段泊まっている場所。
ここは、離れの3階であった。
「何、で……」
一体何故離れにいるのか。夢遊病者のように歩いてきてしまったのか。
いや、そもそもアキトはここには入れなかったはずだ。おかしい。では、何故ここにいる。
ヒタヒタヒタ…………
「っ……⁉︎」
足音。
しかも、この足音は裸足だ。
月明かりが入っているのはアキトの所だけ。真っ暗闇の中、何かが少しずつ近づいてくる。
「だ、誰だ……⁉︎」
嫌でも迷宮で遭遇した幽鬼を思い出してしまう。
だが、ここは結界に守られた安心安全のアレクス邸。モンスターなど、いるはずもない。
「アキト、さん……?」
「なっ、何だ……ミキルかっ⁉︎」
そう言えば、今日は一度もミキルに会っていなかった。ここが本当に離れだとしても、ミキルがいるのは当然の事だ。アキトがそう思って安心しかけたその時。
ゴォォォォォ……
頭に響く轟音。
視界に走るスパーク。
これは……
「何っ、で……⁉︎」
まだ、致命傷は愚か、怪我も何もしていないのに。この現象は瀕死になった時だけ起こるのかと思っていたが、違ったのか。
視界のスパークが激しくなり、世界に黒い亀裂が入る。
「アキトさん?」
あぁ、これは、一体何なんだ……
バリバリバリ…………
剥がれていく。世界が、剥がれていく。
いや。これは……?
「アキトさん」
「ミキ、ル…………」
ミキルが不思議そうな顔をして近づいてくる。アキトが開いたカーテンの位置。
そこに立ち、少しの月明かりで僅かに覗いたミキルは、笑っていた。
真紅の瞳を、輝かせて。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………………
世界が、剥がれ落ちた。