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  作者: 鼈甲飴。
第2章【蛇神編】
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第3話〈その記憶は、夢か、現か〉



「おぉ!すげーな!これぞ魔法陣って感じだな!」


「静かにしろこのど変態が。」


「え?待って?今の発言のどこに変態要素があった?」


「黙れゴミ。」


「もう嫌……」



アベレダード邸裏庭。


その一角に、巨大な魔法陣が描かれていた。使われているのは恐らく学校とかで使うような白い粉。今日は風も無く、雨も無く、月夜が地面を照らす絶好の治療日和だ。


アベレダード邸には一応灯りはあるにはあるが、マナの消費が激しいとかであまりに多用はされていない。なので、月光が照らすこの日は最高だと言えた。



「さぁ、アキト君。中心へ。」


「はい。」



魔法陣の中心。まだ、何も起こらない。当たり前だ。この魔法陣はマナの流れの促進と増幅を担うものであって、アキトがそこに立ったからといって何かが起こるわけでは無いのだから。



「さぁ、メアロ!俺の胸に飛び込んでおいで!」


「…………」


「おい待つんだメアロ。お前どこからそんなもん持ってきた。落ち着け。それはアイスピックだ。氷を砕く道具であって、俺の頭蓋骨を砕く為の道具ではないんだ。」



こんな事も挟みながら、渋々アキトと手を繋ぐメアロ。ちょこんと差し出された小さな手を、アキトががっしり掴んで離さない。



「グヒヒヒ……」


「お兄ちゃん?」「アキト?」


「はい、何でもありませんごめんなさい許して下さい。」


「よし、サチコさん。やろうか。」



そんなアキト達を華麗にスルーし、アレクスが開始を宣言する。



「集中して、語りかけるんだ……」



そう。ここで、というか2話程前から気になっている人もいるのでは無いだろうか。何故、アキトの治療にサチコが必要なのか。それも1週間前の出来事まで遡る。



*****




「そこで、魔法だっ!」


「アキト!かっこいい!」


「お兄ちゃん……魔法って多分誰でも使えるわけじゃ無いと思うんだけど……」



とある日のとある昼下がり。お腹一杯になって眠くなる時間帯に、アキトが唐突にこんな事を言い出したのだ。


魔法。対アガノ戦では、魔法を使われた事で大きく戦局が変化した。あの、瞬間移動的な魔法と、爆発する魔法。


あの時のアキトにはその魔法を防ぐ力も、その知識も無かった。


だが、安心してほしい。



「主人公は、進化するのだっ!」



そう。この物語の主人公は恐らく、多分、きっとアキトである。知識が無いのなら、身につければいい。魔法が使えないのなら、使えるようになればいい!



「魔法か。確かに使えれば便利ではあるね。僕は使えないけど。」



勇んでアレクスの所まで駆けていったアキトとサチコ。そして連れ回されるカナタだったが、アレクスのその言葉は理解できなかった。


僕は使えないけど。はて。おかしいな。それでは、何がどうしてああなってこうなった。意味分からんが、分かって欲しい。分からん。



「へ?へ?はい?ほい?」


「僕は、周りに存在する精霊(エンブリオ)達に、ただ頼んでいるだけなんだ。」


「あー!なるほど精霊ね精霊。よかったよかった。理解しました。そっちの感じね。オッケーオッケー。」


「君達が魔法を使えるかどうか視てみようか?」



アレクスが精霊使いというめでたい職業な事が判明し、アレクスが魔法を使えるかどうかが分かるという事は置いておき。アレクスの提案にもちろんアキトは大きく頷く。



「へい!ばっちこいや!」



そして、10分後。



「何故だ、何故なんだ……」


「えっと、ゴメンねアキト……」


「まぁ、こんなとこだろうと思ってたんだけど……」



地に手をつき、土を見つめるアキトと、それを慰める2人の画が出来上がっていた。


アレクスが何やら精霊(エンブリオ)の力を借り、3人の身体を精査した所、アキトには才能全く無し。


マナ保有量はそこそこだが、それを使う為の通路が無く、マナも魔法を使う為には使えない種類のもので、つまり可能性ゼロという事だった。あんなに勇んでいたのに、この有様である。ゴメンなさい。アキトは、進化できなかったようである。



「えーっとね。カナタさんは才能あるね。こんなに兄妹で変わるもんかなぁ。で、サチコさんは僕と同じタイプだね。これ、見えるだろう?」


「え?これ、アキト達には見えないの?」


「ガビーーーン!」



カナタは魔法が使える可能性大、サチコは精霊(エンブリオ)が見えるからこっちはアレクスと同じタイプ。つまり、精霊使いといったところか。


サチコはどうやら初めから精霊(エンブリオ)が視えていたらしく、その天然発言は容赦無くアキトの心を踏み潰す。アキトは既に再起不能。

やめてあげて!アキトはもう、HPゼロよ!



と、いう事でこの一週間、サチコはアレクスと精霊(エンブリオ)との対話を、ここには魔法を使える者がいない為、カナタはアレクスに剣術をそれぞれ習っていた、というわけだった。



「はいっ!」



サチコが魔法陣の手前で祈るように手を組み、目を閉じる。


アレクスは腕を組み、目を閉じる。その格好はとても精霊(エンブリオ)にお願しているようには見えないが、アレクスは集中する時はいつもこうしてきたそうだ。

アレクスがやってるからいいものの、他の人がやるともう威張っているようにしか見えないが。マントのシャチホコマークも心なしか偉そうだ。


アレクスとサチコの周りから光が溢れ始める。


これが、普段どこにでもいる精霊(エンブリオ)達の姿。


アレクスと、そしてサチコの願いとマナによって顕現し、力を振るう。


光が魔法陣を包み込み、遂には魔法陣自体も光り出す。幻想的な風景だが、それを実際にやっているアレクス達は真面目な表情だ。


アレクスとサチコのマナは容赦なく食われ、力として変換されていく。マナはメアロを経由し、アキトには流れ込む。



「ぐっ……⁉︎」


「アキト君動かないでくれ!」



激しいマナの奔流に、思わず身体がよろけるアキト。そのマナがアキトを通る前に、メアロを経由しているのでメアロの額はすでに玉の汗だ。



「い゛っ⁉︎」



ゴォォォォォォ………………



耳元で濁流が流れていく。身体の中が揉みくちゃにされる。


おかしい。事前の話では別に痛くも痒くも無いという話だったが、これはそんな生温い範疇を超えている。


身体の中身を、グチャグチャに踏み潰して再編するような感覚。いや、違う。もっと、自分では無い何か。何かが、全身を支配し始める。


アキトはもはやそこから動く事はできなかった。アキトの凄まじい握力にメアロが悲鳴をあげる。



「ぐっ⁉︎何だっ⁉︎マナが、逆流……!」


「アレクスさんどうしよう!精霊(エンブリオ)達が全く言う事を……!」



次第に音が遠のき、視界が澄んでいく。目は、開けていない。開けていない……はずだ。






虚無。何も無くて、何も無い。







ーーここ、は……



クスクス。クスクス……



笑い声が聞こえる。まるで、アキトを嘲るかのように笑う声。



ーー誰、だ……?



クスクスクス……



分かる。理由は分からない。分からないが、分かってしまう。この笑い声の主が、左腕の回復を邪魔している。

明らかに、マナの動きを停滞させている。



ーー邪魔をするのはやめろ!俺には、左腕が必要なんだ……!



クスクス……クスクス……



笑い声は、止まらない。


アキトは焦っていた。左腕。このままでは、もう元には戻らないかも知れない。いや、もはやこれさえも現実逃避。現実を見よう。

もう、このままでは左腕は戻らない。一生、動かないまま。つまり、片腕。つまり、隻腕。


戦いの世界では隻腕というのはそれだけでもう負けたようなものだ。単純に、できる事が1/2、いや、下手すれば1/4まで減ってしまう。


日本では、それでも良かっただろう。良くは無いが、少なくともこの世界で隻腕になるよりずっとマシだ。再生医療も来たるべき未来ではもしかしたらあるかも知れない。


だが。


この世界には、失った腕を戻す方法は無いらしい。この治癒魔法も、究極的には本来のアキトの治癒能力を高めているだけであって、本来のアキトには無い腕を生やす能力なんてものは存在しない。


だから、アキトは焦っていた。



クスクスクスクス…………



ーー頼む……邪魔を、しないでくれ……



『おもいだして』



唐突に響く声。


アキトの頭の中に直接語りかけてくるような、そんな感覚。

思いだして。そのフレーズが頭の中でこだまする。



ーー何、を……



『おもいだして』



その声は、そのフレーズを繰り返す。


思い出す。何を。何の為に。



ーーぐっ……⁉︎



頭の強烈な痛み。


かき混ぜられている。グチャグチャ、グチャグチャ。



□□□□□□□


「ダメだよ、アキト!」


「いいじゃん!」


□□□□□□□


「もうっ!お兄ちゃん!」


「ご、ゴメンなさい……」


□□□□□□□


「死ねっ!死ねぇぇぇぇぇぇぇ‼︎」


□□□□□□□


「そんな、永遠と繰り返される事に意味など無いさ……」


□□□□□□□



ーーあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ⁉︎



『おもいだして』



ーーやめろ……



声は、無情にも繰り返す。



『おもいだして』



ーーやめてくれ……



繰り返し続ける。



『おもいだして』



ーーやめろぉぉぉぉ!



アキトは頭を抱えた。ここは、闇の中。当然、身体があるかどうかなど分かりはしない。だが、それでもアキトは頭を抱えた。



『………………』



ーー何、なんだ……



『………………』



ーー何なんだよお前……



『何の為』



ーー守る、為だ……



唐突な声の問いに、だがアキトはしっかりと答える。



『何を』



ーー俺の、俺の大切なものをだ……



当たり前だ。カナタを、そしてサチコを。ここで出会った人々を。この世界で、出会った全ての人を。アキトの腕の届く範囲を。アキトの目が届く範囲を。


守りたい。



『………………』



ーー全部……全部を、だっ…………!



『……嘘つき』



『…………嘘つき』



視界が渦を巻き始め、再び轟音が響きだす。


闇が、遠のいていく。


ここはまだ、闇の中。






「……キト、アキト!」


「いちゃん……お兄ちゃん!」


「アキト君!」


「ぐっ……⁉︎」



アキトがよろめき、膝をつく。隣には、既にメアロがへたり込んでいた。



アキトは未だメアロの左手をガッチリ握りしめていた。その小さな手は、ボロボロだ。



「あっ……ゴメン……」


「私は、いい……」



辺りの風景は、一変していた。


地面が割れている。

魔法陣は、グチャグチャだ。もはや、原型を留めていない。


何が起きたのか。それは、言われなくても大体分かる。


放出。マナの、放出。


アキトを治す為に精霊から練られたマナは、魔法陣を通り増幅され、メアロを通って加速し、そしてアキトに衝突した。


何故マナはアキトを治さなかったのか。その理由は不明だ。だが、この惨状は、魔法陣のあった場所の中心、つまり、アキトがいる場所を中心として広がっていた。



「これ、は……」


「アキト君。そんな事はいいんだ。それより、左腕は?」


「えっ?あ、あぁ……っ!」



言われた通りに左腕を見る。右手で慎重に包帯を剥がしていく。



「動、いた……」


「治ってる!アキトの左腕、治ってるよ!」



動いた。左腕の傷はすっかり治っており、もはや何の障害もなく動かせる。



「ふぅ……どうやら、事は成し遂げられたようだね……」


「アレクス様……」


「すまないメアロ。周囲のマナが枯渇してしまった。明日には戻るだろうから、今日は応急処置だけで我慢してくれるかい?」


「それ、折れてんのか……」



メアロの左手は、見るも無残な姿になっていた。可愛らしいその小さい手は、指があらぬ方向に向き、内出血のせいで青く染まっている。



「……」


「ごめん……」


「……別に。こんなの、本来は数秒で治る。お前の左腕が異常。」



そそくさと去っていくメアロ。アキトは右手で抱きついているサチコを撫で、治った左手でカナタの手を握りながらメアロの背中を見つめていた。

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