よく分からないけど、寂しくはない。
初めてあの人と出会ったのは、高校一年の冬のことだった。
あの人は、コンビニ前に屯していた不良たちに、「青春せよ、若者たちよ」と言い放った。
不良たちは怒った。当然だ。わけのわからんやつに、自身の青春の如何を問われたくはない。
今、僕たち私たちは青春を謳歌しているのだから。――そう、言い聞かせているのだから。
それを、否定しないで欲しい。
私は、そう思った。私は、不良の一人だった。
その人は、続けて言った。青春は走り抜けるもので、立ち止まるものではないのだ、と。
走る体力は若いうちにしかないんだから。年をとれば立ち止まってばかりなのだから、と。
そんなこと、知ったこっちゃない。私はそう思った。
だって、私は走っているのだ、走っているつもりなのだ。それを、この人に言われたくはない。
――気付いている。
――分かっている。
それでも、止まれないのだ。周りが先に行ってしまうから。立ち止まったら、向きを変えたらそこにはもう、誰も居ないから。
独りぼっちは、寂しいのだ。どうしても。
私は、孤独を、恐れていた。
気が付くと、私は一人で立っていた。
いつの間に、みんないなくなったのだろう。コンビニの前には、私とその人しか、いなかった。
私は孤独を恐れていた。だから、言ってしまうのだ。どうしても。
「一人は嫌だ」と。
その人は、ハルカと名乗った。
そして、ぶっきらぼうに「あんたの名前は?」と聞かれ、「加奈子です、西條加奈子」
「そうかい、じゃあ、行こうか」
「行こうって、どこへ?」
「ひとりじゃ、ないところさ」
私は、ハルカさんの乗るバイクの後ろに座り、ハルカさんに掴まった。とても、暖かいと思った。なんだか、とても安心した。こんなに安心したのは、いつ以来だろう。
気が付くと、バイクはもう止まっていた。――バイクに乗りながら眠ってしまっていたらしい。
「話しかけても何も言わないから死んでんのかと思った」なんて、ハルカさんはおどけていたけれど、笑い事じゃない。
それでも、安心して眠った、なんて、家じゃありえないことだ。最近はあまり眠れていなかったから、疲れがたまっていたのかもしれない。
「ほれ、入るよ」
そう言い、ハルカさんは私を促す。どうやら喫茶店のようだった。
私が先に、そのあとにハルカさんが店内に入ると、店員の一人が満面の笑みで近づいてきた。思わずハルカさんの後ろに隠れ、腕を握りしめてしまった。
「あー、ごめんごめん。驚かせちゃったかな。僕はここの店長で、佐島徹っていうんだ。ハルカさんとは恋人になりたいお友達って関係かな」
「誰がお前なんかと付き合うか、ボケ」
思ったより、変な人のようだ。二人とも。――いや、知らない人についてきた私もか。
そう考えると、不思議と親近感が湧いた。
店内に客の姿はなかった。
「こっちは、加奈子ちゃん。ここで働かせて」
「「えっ?」」
私と佐島さんは同じ声を出した。当然驚いたのだと思ったが、次の言葉が続いた。
「またですかー、ハルカさん。勘弁してくださいよ。そうやって続いてるの、十三人中薫ちゃんだけですよ? いくら僕がぞっこんだからって、限度ってものがあるでしょう」
なんと、ハルカさんはここにバイトをよく連れてくるらしい。しかも、恐らく私のような子たちばかりなのだろう。それでは、バイトなんて続かないだろうな、なんて他人事みたいに考えたが、私も同じ状況だと気づく。
――別に、働くのが嫌なわけではないが、物事を始めてから碌に続いた試しがないと自覚している私だ。
まあ、それでも家にいるよりはましかな、なんて考え始めていたのだが。
「まあいいんですけどね。えっと、加奈子ちゃん。ここで働くかい?」
その言葉に、私は「はい」と答えた。
◆
それから数日後、私の日常は一転した――なんてことは勿論なく、普段通りに学校に行っては、ときどきサボったりを繰り返していた。それでも、喫茶店には、足を運んでいた。
喫茶店の名前はエトワール、フランス語で星という意味だそうだ。私は週に二日、二時間のみという、バイトにしては少なめの日程で、シフトに組み込まれていた。
そもそも、バイトに困っていないのではないだろうか、ここ。
店では、店長の佐島さんの他に、副店長の花山紀香さん、話に出ていたバイトの薫ちゃん、それと――スカウトのハルカさんが働いている。ハルカさんは違うかもしれない。
小さな喫茶店なので、基本的に佐島さんと花山さんが居れば回るが、休日は多少人が増えるため、そのためにバイトを雇っているようだ。今週は水曜日の夕方と土曜日のお昼に入っていた。
でもまだバイトの薫ちゃんには会ったことがない。今日のシフトで薫ちゃんと被っていたので、そこで会えるだろうと思った。
今日は土曜日。普段ならば意味もなくブラブラするか、どこかで駄弁っているかだった。その時間に私が働きに行くなんて、なんだか不思議な気分だ。でも、悪い気分じゃない。
エトワールに着くと、見知らぬ女性が店の服を着ていた。恐らくこの人が薫ちゃんだろう。
薫ちゃんは、なんだか真面目そうな、勉強が出来そうな、眼鏡っ子だ。私とは相容れなさそうな雰囲気だが、一応挨拶をしておこう。
「最近新しく入った西條加奈子です、よろしく」
「あ、きっ菊池薫です。あの、よろしくお願いします」
どうやらコミュニケーションが苦手なようだ。なんで喫茶店なんかで働いているんだろう。
しかし、そんな質問をするほど野暮ではない。私も着替え、早速仕事にとりかかった。
特に問題もなく、客足も少なく時間はゆっくりと過ぎていった。
そして近づくバイト終了の間際、ハルカさんがやってきた。
「お、今日は加奈子ちゃんがいるんだねー、えらいえらい」
「馬鹿にしてるんですか」
「そんなことないよー、前にコンビニ前に屯ってた子連れてきたら一日も来なかったからねー」
「それが普通ですよ」
「じゃあ、加奈子ちゃんは普通じゃないね」
そうですね、と言うとほぼ同時に、鳩が三時を知らせた。仕事は終わりだ。
「あれ、帰るの? 送ってこっか?」
「大丈夫です、歩いて帰るので」
そう言い奥に戻り、着替える。どうやら薫ちゃんも今日は終わりのようだ。特に合わせたわけではないが、一緒に店を後にした。
なんだか、不思議な感じだった。こんな真面目そうな子と歩いたことなど、久しくなかったのだ。
なにか話そうかと思ったが、相手に対して何も知らないと、なにを話そうかということも思いつかないものだななんて、これまた他人事のように考えた。
すると、薫ちゃんから話しかけてきた。
「……あの、西條さんって、城山高校ですか?」
「そうだよ」
「ああ、やっぱり。あの、見たことがあると思って、その。それだけ、なんですけど」
「薫ちゃんってなんでここでバイトしてるの?」
ふと、薫ちゃん、なんて言ったけれど、先輩かもなと思った。まあ、関係ないか。
「えっと、わ、私は、図書館の駐輪場に不良がいて通れなかったときに、ハルカさんに助けてもらって。そのあと、あ、あれよあれよという間にって感じです……あとは、その、もう少し、人とちゃんと、話せるようになりたいと……思って」
「そっか」
「その、西條さんはどうして」
「私は――」
――独りが嫌だったから。なんて、なんだか自分がみじめで、そのあとは言えなかった。
「なんとなく、だよ」
そう、代わりに呟くように言った言葉が、薫ちゃんに届いたかどうかは、分からなかった。
二人で並んで歩くのはやっぱり変な感じだったけれど、不思議と寂しくはなかった。
文章力をつけるための練習のようなものなので、感想などありましたら書いてくれると嬉しいです。
短くて感想とかないかもしれませんが。