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どのくらい、その場で立ち尽くしていたんだろう。
キャッキャッと子犬と戯れる彼が
ふいに、こちらを見た。
「あれ、妃ちゃんじゃん。」
「は、春くんっ」
初めて、その口から名前が出てきて
キュンッと心が鳴った。
…どうしちゃったんだろう、私。
「妃ちゃんも、こっちなの?」
「う、うん。
いつもは、健太くんがいるんだけど、用事あって。
春くん、隣の中学校なんでしょ?
美也ちゃんから聞いた。
もしかしたら、家近いかもね。」
ゆっくり彼に向かいながら話した。
彼の中学は、私の通ってた中学校の
ほんとにすぐ近くにあった。
ここら辺は子供の人口が多いらしく、
それで近くに学校が2つあるらしい。
昔、お母さんから聞いたことがある。
「あ、トイプードルだ。」
彼の腕の中でフルフルと震えている。
「こいつ、捨てられちまったみたい。
うちで飼ってやりたいけど、母ちゃんが動物アレルギーでさ。」
「…だったら、うちで飼う?」
「まじで⁉︎」
キラキラとした瞳で覗き込まれて、
心拍数がどんどんと上がっていった。
「う、うん。
うちの両親滅多に家に帰ってこないから。
ちょっと寂しくて。
春くんとこの子が良かったら、だけど。」
「おー、良かったな、五右衛門。」
「ご、五右衛門?」
「こいつの名前。かっこいいだろ?」
「ぷっ…ちょ、ちょっと変えたほうが…」
「何で笑うんだよー、そんなに変かぁ?」
「だって、この子女の子だもん。
可愛い名前がいいよねー?」
「…っ」
「春くん?どうしたの?」
「え?」
「ぼーっとして。」
「い、いつものことだよ!」
ほんのり赤くなった頰を隠すように
頭をガシガシどうかいた。
「あ、そうだ。ちゃんとかいらないから、普通に妃って呼んで?」
美也ちゃんにもそう言ったが、
「ちゃん付けのほうが可愛いから。」
とかわされてしまった。
今まで、友達に呼び捨てで呼ばれたことがなく、
なんとなく、寂しかったから、
せめて、彼には…
「妃。」
想像以上の打撃です、神様。
「お、送ってくよ。こいつのこともあるし。」
「あ、ありがとう。」
「あ、そうだ。ヒメ。って名前、どう?」
「ヒメ?」
「妃っていう字もさヒメって読むことあるじゃん?
だから。」
先ほど、私が可愛い名前。
といったのを気にしてるのか、
若干不安げに尋ねた。
「ふふっ、私の名前から使ってくれるなんて
嬉しい。」
春くんの頰が、さっきより赤くなった気がした。