Daily Life
鐘威はパソコンから目を離すと、大きく背伸びをした。そして呟く。
「現想園、ねぇ…」
『東馬鐘威、HN音差』
パソコンの画面の右斜め上には、そう書き記されていた。
十月十四日、午後七時。
今日のこれからの予定は、まず夕飯を食べる、それから風呂に入り、チャット、そして寝る。
いつもの日常だ。何の変哲もない、ただの日常。
「……暇だ。」
非日常が欲しかった。皆が普通に過ごしているような日常ではなくて。和葉や葛箕の言っていた“異世界”に行きたいのかもしれない。
もう一度パソコンに目を向ける。
「……?…」
そこには今まで見たことのない画面が映し出されていた。背景は黒く、周りに白い羽をモチーフにした模様がある。それによく見ると、中心に小さく文字が書いてある。
欲しいか。
そう書いてあった。
瞬く間に文字は消え、違う言葉が映し出される。
求めるか、幻想を。
鐘威は怪訝な顔をする。
そしてまた違う言葉が現れる。
我が導こう、現想へ。
瞬きをすると、画面は元のホーム画面に戻っていた。
「…何、だったんだ?」
そう言い終るか終らないかのうちに、部屋の扉はすごい勢いで叩かれ派手な音を立てていた。
「鐘威ー!!ごーはーん、ごはん出来たー!」
「ああああ!わかったから叩くの止めろ!!」
そう叫ぶとすぐに静かになった。鐘威は椅子から立ち上がり扉を開ける。
そこには肩まである髪をハーフアップにし、水色のエプロンを身に着け、右手にお玉を持った少女が立っていた。
「…お前なぁ、扉壊れたらどうすんの」
鐘威のそんな呆れた声音に、少女は持っているお玉を軽く振る。
「そんな軟い扉じゃないでしょ」
「…人の物傷つけちゃいけませんって習わなかったっけ…?」
「んー、習ったかもしれないけど、その場合鐘威は例外だよね」
「美浪…」
土方美浪。同じ高校に通う鐘威の同級生であり、幼馴染。
中学の頃から、仕事で海外に赴任している鐘威の両親の代わりに夕飯を作ってくれている。
「それで、今日のメニューは?」
尋ねる鐘威に美浪は笑顔で答える。
「炒飯」
「…また中華かよ」
「文句言うなら食べない、食べるなら文句言わない!」
鐘威はため息をつく。実はここ二週間程、美浪が中華料理にはまったせいで中華料理のオンパレードになっているのだ。しかも、まだ始めたばかりなのかバラエティが少なく、炒飯、酢豚、天津飯が交互に出て、飽きてきている。
「絶対俺の夕飯作りを口実に中華の練習したいだけだよな?」
「良いじゃん別に。健康に害があるわけじゃないんだから…。それより、早く食べないと冷めて美味しくなくなっちゃうよ?」
美浪がお玉でリビングの方を指す。
「はいはい、食べますよ」
鐘威は美浪の肩をぽんぽんと叩くとリビングへ向かう。
「ちょっと!はいは一回…って鐘威パソコン点けっぱなし!」
美浪はそう叫びながら鐘威の部屋の扉を閉め、鐘威の後を追いかけた。