南
南との出会いは10年ほど前にさかのぼる。
友達同士の飲み会の時に、友達の友達ということで紹介されたのが最初だった。
年齢は20代後半で、どことなく大柄な印象を受けるが背が高くスタイルも良い。
黒く長い髪が印象的で、左目の下に小さな泣きぼくろがあり、
笑うと目が細くなりえくぼができる。
どちらかというと美人の部類ではないだろうか?
美人の基準は人それぞれであるが、おそらく多くの人は美人タイプと言うと思う。
そして人なつこくて明るい感じの女性で、これで色白なら私のタイプだったかもしれない。
飲み会の席では南の斜め前に座ることになった。
「はじめまして、賢治です。よろしく」
「はじめまして、南です」
軽く挨拶をして宴会が開始された。
南はよく気が利く女性だった。
お酒の追加や料理の取り分けなど動きに不自然さがなく、
ごく普通にこなしていた。きっと育ちも良いのだろう。
宴会の途中で南が突然聞いてきた。
「ケンジさんのケンジはどんな字を書くの?」
この質問はよく受ける質問である。
「宮沢賢治のケンジですよ」
いつもこう答える。
ここでその人の差が出る。
「賢く治めるですね?」南が少し首を横にしながら確認するように聞いた。
「そうです、賢治です」
宮沢賢治と聞いて「賢治」と分かる人は実はあまり多くない。
「え?どんな漢字だっけ?」と聞き返されることの方が多い。
特に、賢いという漢字が分からない人が多い。
小学校時代の悪友から毎年年賀状が届くが、いまだに「覧治」で届く。
何度か訂正した記憶があるのだが、一向に直る気配はない。
そんな中、南は「賢く治める」と言ってきた。
はたして、「賢」と「覧」の違いを認識しているかどうか定かではないが、
こんな言い方されたのは初めてだった。おそらく間違っていないだろう。
少し驚いたのが正直なところだ。
「賢治さんは、なんとお呼びすればいい?」と南が聞いた。
「え?・・・えっと・・・」
私は突然の質問に窮していると隣に座っていた愛美が
「あ?こいつ?私はケンって呼んでるよ」
愛美は「めぐみ」と読む。
本人は「まなみ」と呼んで欲しいらしいが、親がそう名付けたのだから仕方ない。
「ケン?」南が聞いた。
「そう、ケン。呼び捨てでいいよ」愛美。
南はビールの入ったジョッキを両手で持ちながら「では、ケンと呼ばせていただきますね」と言った。
何だか少し照れくさそうな様子が可愛く思えた。
私は少しにやけながら手にしていた梅酒ロックを一気に飲んだ。