力を持って数を制す
「オートバーン! アンタは左右のをやりな!! 私は真ん中を潰す!!」
「Wis,任せたぞ!!」
ネイクの引き裂いた海を疾駆し、ヨーラとオートバーンはナガルクルドへと突貫していく。
彼等が地を蹴る度に砂地は弾け飛び、黄土を空中へと舞い上がらせる。
だが、ウォータの海とて空いた穴を開けて置くほど間抜けではない。
彼等が走り抜けた側から、段々と海は水を引き戻し、数十秒もしない内に彼等は完全に軍隊から孤立した。
だが、それでも彼等がその足を止めることはない。
眼前の、自分達の数倍はあるであろう化け物へと勇敢に拳を向けるのだ。
{ヴォォォォオオォオオオオオオオオオオオッッッ!!}
然れど、それはナガルクルドからしてみれば羽虫の戯れでしかない。
自分の指ほどしかない存在が立ち向かおうと、それはただの戯れなのだ。
ならば潰す。ならば砕く。ならば壊す。
余りに巨大な三体の破壊の獣は、向かい来る二匹の羽虫に向かって腕を振り落とした。
「むう! 面白い!!」
迫り来る薙ぎ倒されし巨木が如き一撃。
圧倒的な質量を誇る三の拳が眼前より振り下ろされるのも構わず、ヨーラとオートバーンは足を止めない。
だが、ナグルクルドの一撃による風圧が肌に衝突した瞬間、オートバーンはヨーラよりも前へ疾駆して、一気に停止した。
「行くぞ!!」
「任せな!」
オートバーンはあろう事か迫り来る三の巨拳へと背を向けた。
幾ら彼の肉体が強固であろうとも、その拳を全くの無防御で受けて無事で済むはずがない。
だが、彼の両手は防御ではなく、ヨーラの足場を用意するように組み合わされていた。
ヨーラは彼のその手に片足を掛け、オートバーンはそれと同時に彼女を跳ね飛ばす。
オートバーンによる補助加速とヨーラの跳躍は、容易く巨大なナガルクルドとの身長差を無効化したのだ。
だが、破壊の獣からすれば、幾ら羽虫が眼前に上がってこようと代わりはない。
その圧倒的な質量を持って掌で叩き潰すのみ。
「崩脚撃」
破壊獣・ナガルクルドの捕らえた景色。
それは自分の顔面へと、女性にしては剛骨な脚を向ける一人の人間の姿だった。
だが、羽虫の抗いなど破壊の獣からすれば頬を撫でる風よりも柔い。
今は拳を振り切っているが、それを止めるまでもないだろう。
このまま頭突きで潰ーーー……。
めごりっ
その音は耳に響いたのではない。
脳に直接、震動として響き渡ったのだ。
{ゥゴ}
ぶづり、と音は続き、首が奇妙な浮遊感に襲われる。
視界が横へと流れ始め、自分の拳が急に右方向へと流れていった。
視界が白色に染まっていく。
最後に見えたのは自分と同じ存在が、羽虫へと拳を振り下ろしている瞬間だった。
何が起きたのか、何をされたのか。
断末魔すら上げられず息絶えた破壊の獣が、それを知ることは無かった。
「後は任せたよ、オートバーン!」
首が引き千切られた胴体へと着地したヨーラは、軽快でよく通る、力強い声でそう叫んだ。
巨人の拳を背に負ったその男は、振り返る事なく、返事と共ににやりと笑む。
{ウゴッォオオオオオオオオッッ!!}
真横で同族が死に絶えた事に、一瞬の戸惑いを見せた二体の破壊獣だが、それ故に眼前の羽虫を完全な敵として見なした。
手加減はない。全力で、全質量を持って、破壊の名が如く。
その巨木が如き豪腕を全身全霊で振り切った。
ベギォッッ!!
老樹を根元から押し潰したような、圧砕音。
それは生命の悲鳴と言うには余りに鮮烈で生々しい物だった。
勝利を確信した二体の破壊の獣は歓喜の咆吼をあげる。
自らの眼前に広がる海を、そのさらに奥の敵軍をも震撼させる咆吼。
そして、悲鳴。
「うぅむ。中々に良い拳だ」
二体のナガルクルドに背を向けたまま、オートバーンは両手で双対の拳を受け止めていた。
小さな、破壊の巨拳よりも遙かに小さなその双掌で。
自らの衝撃により潰された腕の先にある拳を、受け止めていたのだ。
「だが、柔いな」
オートバーンはその拳を、子供の手を振り払うかのように地面へと叩き付ける。
悠然と彼を見下ろしていたはずの破壊獣・ナガルクルドの視線はいつの間にか彼と同位置まで下がっていた。
そう、彼が拳を振り払ったことにより、ナガルクルドは地面へとねじ伏せられたのだ。
自分の何割以下程度でしかない、男によって。
「男ならばそそり立たんか!!」
破壊の獣が地面へ頭を垂れると同時に、オートバーンは反転してそれを掌握する。
自分の何倍とあるナガルクルドの頭を、容易く。
彼の指は破壊の獣の皮膚を突き破り、頭蓋を砕き、脳みそに指を食い込ませる。
その苦痛たるや、幾ら精霊であるナガルクルドとて耐えれる物ではないだろう。
だが、オートバーンはそれだけでは終わらせなかった。
「むぅぅぅぅうううううううんっっっ!!!」
破壊獣・ナガルクルドは再び天高く聳え立つ。
だが、その天へと向けられていたのは頭ではなく両足だった。
オートバーンは何と、充分の何倍とある二体のナガルクルドを直立させて両手で持ち上げたのだ。
彼は両腕の筋肉を隆起させ、血管を浮き出させているにも関わらず、非常に清々しい表情をしている。
そして、その表情のまま、全力の咆吼と共に、背面に広がる海へと破壊の獣を叩き付けた。
爆音、爆裂、爆散。
海は容易く弾け飛び、質量とイコールで結びつけられるが如く地面も陥没する。
たったそれだけの行為で、ウォータで構成された海の一割半が弾け飛んだのだ。
「どうかな、ゼル・デビット」
その光景に唖然としていたゼルに、イーグが語りかける。
彼の言葉に驚きはない。我が部下ならば当然だと言わんばかりの目付きでもある。
だからこそ、ゼルは絶句していた。
「我が軍は中々だろう?」
ゼルの耳にイーグの言葉は届かない。
彼はただ思案していた。
もしも、この連中が戦争を起こすなどと考えていればどうなるのか、と。
その結果は言うまでもない。
破壊、崩壊、壊滅。
全てが壊れて、終わる。
「……あぁ、中々だよ」
それだけは阻止しなければならない。
この圧倒的な軍隊に猛威を振るわせることは、決してあってはいけない。
「……中々だ」
そう、決して、だ。
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