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獣人の姫  作者: MTL2
西の大国
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白手袋は幕を切り落とす

「何でお前がここに居る!? イーグ!!」


ゼルの絶叫に、イーグは鼻で笑うように返すだけだった。

彼は国裏のアルカーに対抗するために向かっているはずだ。

そうでもなければアルカーを防ぐ術はなく、国内に侵入される事となるだろう。

いや、既にされている可能性すらある。

何故なら現総戦力の全てがこのベルルーク国正門前の砂漠に集結しているのだから。


「国を見捨てたのか!? アルカーを、あんな化け物を国内に入れて次は民を餌に自分達が助かる算段でも立てたのか、あの大総統は!!」


「ぎゃあぎゃあ喚くな、ゼル・デビット。貴様らしくもない」


「らしくもないだと!? 貴様は自分の立場を解っているのか!?」


「解っているとも。だからこそ対策も立てた。アルカー共は、今は、そうだな」


彼は思案するように、そして、その上で答案を知っているかのように怪しげな笑みを見せる。

背筋を逆撫でするような、氷の刃を首元に突き付けられたかのような不快感がゼルを遅うと同時に、彼の頬を一筋の汗が伝うのを感じていた。

自分は何かを予期している。何かを予想している。

何だ? 何を感じている? この不快感を上回る、不安感は何だ?

そんなゼルの思想も、眼前より迫り来る海と破壊の獣の群れの前には些細な事でしかない。

彼は歯を食いしばり、要らぬ思想を振り払い、再び眼前の光景へと意識を戻した。


「今から俺は騎士団を連れてアルカーの方面に向かう! ここはお前に任せて何ら問題は無いな!? イーグ!!」


「別に向かう必要性は無いがな。ここでゆるりと見物しても良いぞ?」


「……何をした?」


その腕に紅蓮の炎を灯し、男は嗤う。

灼炎の中に浮かぶ笑みは余りに禍々しく愉悦に染まり、全てを存知するかのように。

その笑みと腕に灯る紅蓮の炎は、ゼルの脳裏に過去の大戦を想起させる。

この男が一歩歩く度に味方が焼け、木々が燃え、血肉が焦げた。

その記憶は彼の不安を増大させ、イーグの笑みをさらに禍々しく歪めていく。


「器に溜まった水はいつしか溢れる。例え排水溝があったとしても、それは余りに小さい。故に広げた。それだけだ」


「どういう意味だ……!?」


「案ずるな。どうせ、すぐに解る事だ」


笑みを浮かべたまま彼は海へと向き直り、腕を振り払う。

それは一撃、いや、一撃ですらない魔力の放出だった。

ただ無造作に、ファナのように魔力を収束させて撃つ訳でも無く、腕より発した魔力を海へと放り投げただけの行為。

だと言うのに、その海の三割には爆音が降り注ぎ、それらは一瞬で焦土と化す。

圧倒的なまでの存在にウォータとナガルグルドは一瞬の怯みを見せるが、それでも彼等は進撃を止める事は無い。


「面白い」


三割を失ったにも関わらず突進してくる海に対し、イーグは拍手を送る。

彼の小さな称賛など、海の轟音の中に飲み込まれていくのは当然だろう。

幾億と迫る妖精に対しても、彼は依然として体勢を崩さない。


「……さて」


だが、その小さな称賛は彼の口端が下がると共に終わりを迎える。

もしもこれが波打つ海ならば、その広大さに感心し、彼も今暫く眺めていただろう。

だが、所詮、これは作られた海。砂漠の上にあるはずのない、作り物。

そして無粋なことにその海の果てには醜い破壊獣の群れだ。


「全隊、突撃準備」


イーグは真っ直ぐに天を指すが如く、白き手袋を掲げ上げる。

彼のその行為に反応したのはベルルーク国軍だった。


「ヨーラ! ネイク! オートバーン!」


彼の呼びかけにネイク達はWisと叫び、敬礼を行う。

その姿に先程までの余裕も軽快さもない。

それは正しく、軍隊の一員としての姿だった。


「魔方陣の使用を許可する。サウズ王国騎士団の者共に貴様等の実力を披露してやれ」


「「「Wis,了解」」」


彼の言葉を幕開けに、ヨーラの脚部に、ネイクの腕に、オートバーンの両肩に魔方陣が展開される。

魔力元素を構築し高度な計算式により生み出される魔方陣だ。

即ち、それに準ずる魔術や魔法も高威力となる。

無論のこと、それらは決して容易に習得出来る物ではない。


「潰せ」


イーグが振り落とした手は火蓋を切り落とす。

蠢く海と巨大なる破壊の獣が生み出す地鳴り音はその火蓋など踏み躙り、蹂躙するだろう。

だが、その蹂躙劇とて単に獣が暴れ終幕、では済まされない。

ハリボテの海と、それを泳ぐ巨人の末路など、ただ決まっている。

勇猛果敢なる兵士達によって殺され、砂の海に血肉を沈めるのみだ。


「私が道を開く。ヨーラ中佐、オートバーン大尉、後ろのアレを潰しなさい」


「「Wis,了解」」


ネイクはヨーラとオートバーンより先行し、妖精の海へと片足を突っ込んでいく。

だが、道を開くとは言っても彼の武器は双銃だ。

二丁一対の拳銃は決して威力は高くない。

現に先程までも、妖精相手に頭を撃ち抜くという技術力の元に威力を発揮していた。

まさか破壊獣・ナガルクルドまでを埋め尽くすウォータ全ての頭を撃ち抜く訳にもいかないだろう。


風駆(ヴィーラン)一式(ワント)


だが、彼は、ネイク・バーハンドール少佐は。

まさか行わないであろうと思われたそれを。

たった二丁の拳銃で海を裂くという技をやってのけたのだ。

全ての妖精は等しく頭部を破壊され、その体液を撒き散らし。

ただ一直線に、真っ直ぐ、歪み無く。

一本の通路を生み出したのである。


「見て居ろ、ゼル・デビット。……ここからが我が軍の本領だ」



読んでいただきありがとうございました

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