数には数を
【ベルルーク国】
《A地区・正門》
「これはっ……!?」
正門から駆け出たデイジーが刮目したのは、海だった。
真っ青で果てしなく続く、海。
だと言うのに、その海からは空のような爽快さを感じない。
ただ不気味に動けめくだけの水の塊にしか見えないのだ。
「何してんだ、お前」
「だ、だんちょっ……!?」
彼女の目に映ったのは青色の男だった。
いや、正しくは青色の体液を全身に引っ被った男である。
彼は白煙を空に立ち上らせながら、真横で代えの刀剣を用意させていた。
「そ、そのお姿は?」
「[ウォータ]の体液だ。斬れば斬るほど出てきやがる」
「そんなになるまで、一体、何体もの数を……」
「百から先は数えてねぇよ」
ゼルは新たな刀剣を受け取り、それを数度振り回して具合を確認する。
重量や強度などを確認し、彼はそれを鞘へと収めた。
「デイジー、お前はスズカゼの護衛につかせてたはずだ。こんな所で何をやってる?」
「スズカゼ殿にはサラが着いています。……私は、こちらに援護に参りました」
「要らん。帰れ」
「しかし! ゼル団長も決して余裕という訳では……!!」
「違ぇよ。援護が要らねぇのは俺達じゃねぇ。ベルルーク国軍だ」
「……え?」
「見ろ」
ゼルの指した方向で繰り広げられていたのは、圧倒的な質量による蹂躙だった。
そう、ベルルーク国軍による、蹂躙である。
「ぬうぅぅうぇえええいあああああッッッッ!!」
巨人の咆吼が如き叫び声と共に、青色の海が爆散した。
空中へと舞い上がった水滴の一つ一つは等しく前進を拉げ、折り曲げ、屈折させている。
豪腕を振り払い、その男は落ちてきた水滴をさらに弾き飛ばした。
一撃一撃が砲弾の砲撃かと見間違う程までに、圧倒的。
そして、絶対的なまでに強力なのだ。
「うるさいですな、全く」
飛翔する水滴を弾き飛ばす弾丸の嵐。
一発とて外れる事はなく、全ての弾丸が的確に水滴の頭部を撃ち抜いていく。
だと言うのに、その弾丸を放った人物は微動だにしていない。
否、高速故に、弾丸を放つ所作が目に映らないのだ。
だが、彼の持つ武器は遠距離の物。
ウォータもそれを察知したのか、数で圧倒してやると言わんばかりに男へと襲い掛かる。
「あの大声馬鹿を止める為にはアンタが犠牲になれば良い。ケツ差し出してきな」
だが、その妖精達も一瞬で蹴散らされる事となる。
凄まじい脚撃が妖精を弾き飛ばし、身体を粉砕する。
ドレッドヘアーを揺らす彼女はそれ程の一撃を放ったにも関わらず、息一つ乱していない。
「全力で断ります」
「安いモンだろ、アンタのケツでアイツが大人しくなんなら」
「私の人生は決して安くありませんよ」
軽々と、飄々と、易々と。
ただ喫茶店で紅茶を嗜みながら談笑するように。
彼等は自らを囲む海を無情に破壊していく。
「……さて、第一部隊は左舷上部、第二部隊は右舷下部に突撃。殲滅しなさい」
「「「了解ッッッ!!」」」
そして、それだけでなく、目には目を、歯には歯を、数には数を。
ベルルーク国軍が誇る戦力は海が如き妖精にも勝るとも劣らない。
彼等が各々に武器を取り、妖精の海へと突っ込んでいく様は正に壮観。
まるで人間対妖精の大戦争のようだ。
「解るか、デイジー。俺達の戦力はあくまで補助。主戦力はベルルーク国軍だ。お前まで補助に回って、スズカゼに何かあったらどうする?」
「ですが、この数です! このままでは間違いなくボロが出る!!」
「……大丈夫だ。このままでもベルルーク軍が押し切」
ゼルの言葉を打ち切るように、それは訪れた。
彼の隣を走り抜け、その男はベルルーク国軍へと叫び回る。
男の言葉に妖精を蹴散らしていた兵士達の顔色が変わっていく。
数百のアルカーが城壁を登ってきているという、言葉に。
「なーーーー……っ!?」
「お、おい! あれーーーーーっ!!」
悲劇は連鎖するように。
彼等が蹴散らす妖精が迫ってきた地平線より、新たに数十の影が迫る。
地平線より現れた、その強大な影。
「……デイジー。前言撤回だ、手伝え。[破壊獣・ナガルグルド]まで来ちゃ俺達だけの手には負えん」
「りょ、了解しました!!」
「国の裏にもアルカーが迫ってる、つってたな……。こりゃ、いよいよマズくなってきたぞ」
現状、ベルルーク国軍は全戦力を出して、どうにか妖精、ウォータの海に競り勝っている状況だ。
そこに破壊獣・ナガルグルドまで攻めてこられては、確実に競り負ける。
実力的に考えればゼルやネイク達の手を借りればナガルグルドは倒せるだろう。
だが、その間に間違いなく軍はウォータの海に競り負け、国裏に迫っているアルカーは国内へと侵入する。
「ゼル騎士団長殿」
「……ネイク少佐か」
「現状、ほぼ手詰まりです。非常にマズい」
「だろうな。国裏にはアルカー共だ。ここから兵力を裂けばウォータとナガルグルドにやられるし、かといってアルカーを放っておけば国内に被害が及ぶ」
「……手がないことはないのですがね」
そう述べたネイクの表情は非常に複雑な物だった。
彼の言う[手]とは、即ち四天災者である[灼炎]ことイーグの事だろう。
大戦中、彼の実力を見知っているゼルからすれば、その案が実に合理的である事は解る。
だが、それでは解決にならない。
「例えイーグをアルカー側に寄越したとしても、こっちはどうする? 戦力の不足に代わりはねぇぞ」
「……その点に関しては貴方がいる、と言ってはいけませんか」
「……!」
この男は、今、何と言った?
少佐という地位を持つこの男は今、俺を頼ると言ったのか?
他国であり敵国に属する、この俺を?
「テメェ、どういうつもりだ?」
「何、言った通りですよ。こちらの算段は貴方頼りだ」
「馬鹿言え。他国の危機だぞ? 俺はこれを見捨てようと、何ら関係はない」
「見捨てられる人間ですかな、貴方は」
ゼルの目尻がつり上がり、口端は歪む。
刀剣を握る手には力が込められ、皮膚と柄が擦れ合い、じりっと音を立てた。
この男は知っている。大戦中の自分の姿を。
この地位まで上り詰めた自分の姿を、この男は知っているのだ。
だからこそ、こんな事が言える。
全てを見透かしたように眼鏡のレンズに視線を隠して、この男は。
「その枷を解き放てば、貴方はあの海と巨人を殺すことぐらい、簡単なはずだ」
既にウォータの海は彼等の眼前まで、ナガルグルドも全身を目視出来る一にまで迫っている。
兵士の絶叫や騒音がネイクの言葉を掻き消すが、それは確かにゼルの耳へと届いていた。
「……これは」
「他国の騎士団に頼るな、ネイク」
現れたのは、砂地を踏み潰し、その両隣に灼炎の猟犬を携えた男だった。
彼の一歩は砂地を焦がし、海を蒸し、破壊の獣の危険信号を打ち鳴らす。
「そうは思わないか、ゼル・デビット」
「お前っ……、イーグ・フェンリー……!?」
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