青色の襲撃
【ベルルーク砂漠】
「どう見ますかな、ゼル・デビット騎士団長」
「俺に聞くな」
砂漠の砂を踏みにじり、彼等は果てしない地平線を眺めていた。
多少の隆起や枯れ果てた樹木などあれども、その地平線は遙か彼方まで続き、視界の最果てを作り出している。
だが、彼等の瞳に映る最果ては砂漠の砂を表す黄土色ではない。
「妖精。魔法石を使用すればド素人だろうが獣人だろうが獣だろうが召喚できる存在ですね。召喚魔法を覚えて、一ヶ月もあれば使えるようになる」
「今更の説明は要らん。……問題はアレをどうするか、だ」
「そうですね、所詮は妖精。武器を振り回していれば勝てますよ」
「あの数に、か?」
彼等の、いや。
ベルルーク国の城壁上を含め、その周囲に居る全ての者達の視界を埋め尽くす、青色。
ゼルとネイク、そして騎士団と軍兵一同の視界は青の海に染まっていた。
「[ウォータ]……。妖精の中でも下級の存在ですね。それと先程の言葉は訂正しましょう。単体ならば、です」
「数、解るか? アレの」
「私に砂漠の砂粒を数える趣味はありませんので」
「……良い返事だ」
「しかし、何故です? ゼル団長殿。貴方は国内に居て良いと言うのに」
「あの大波の中、帰れると思うか? それに援助したとなれば多少の恩は売れる」
「我が国の大総統ならば、その程度の恩で動くとは思えませんがね」
「動いて貰う必要はねェさ。ただ、これからの呼びつけを断るための恩だ」
「……嫌われましたね、どうも」
「当然だ」
ゼルは不機嫌そうに吐き捨てて、腰元へと手を伸ばす。
彼は剣を引き抜き、燦々と輝く太陽へ白銀の刃を照らし出した。
そして、その刃に映るのは、一筋の赤黒く変色した血液。
「……チッ」
ゼルの脳裏を駆けるのは、眼前の青ではない。
自らの首筋に刃が突き付けられているというのに微動だにしなかった男の姿だった。
ーーー……異質。
余りに、異質。
スズカゼは彼の事を悪魔だと言った。
悪魔。嗚呼、的確だ。間違いない。
だと言うのに、あの男はこれ以上無く、残酷には見えなかった。
ごく一般的に言葉を吐く、ただの人間にしか見えなかったのだ。
だからこそ恐ろしい。だからこそ驚異的だ。
だからこそ、解らない。
「……バボック大総統は、どうしてここまで敵の接近を許した? やり様は幾らでもあっただろ」
「相手は使霊ですよ? 召喚者が近くまで……。……あぁ、なるほど」
「気付いたか」
「確かにアレだけの使霊を意地するには膨大な魔力が必要ですね。それを一人で維持するなど、到底、人間には不可能だ」
「と、なれば相応の人数が居る」
「それも数十人程度では足りませんね。……恐らく、数百人規模」
「そして距離的にも継続しなけりゃなんねぇんだから、間違いなく領地内部には入ってる、って事だ。……それを見逃すのは有り得ねぇ」
「確かに。……ですが、既にこちらも相応の迎撃態勢は整えている。少なくとも妖精程度。大した相手ではないでしょう」
「質より量って言葉、知ってるか?」
「……違いありませんね」
ネイクは腰元のケースを解錠し、両手にそれを握り込む。
黄土色の砂と相反し、鈍く光り輝く物質。
それこそがネイクの有する武器だった。
「……拳銃か」
「正式には双銃、ですが。二丁一対ですのでね」
「……何にせよ、それで戦えるなら結構だ。統率は?」
「こちらはヨーラ中佐が。そちらの指揮系統も回していただけると有り難いですね」
「任せる。……ただし、俺は単体で動くし、騎士団は危険が迫れば逃げるように命じて置くぞ」
「ご自由に。他国の兵士だからと言って使い潰すほど我々は腐っていませんので」
青色の波は、否。
青色の地平線は、既に数百メートル先まで迫っている。
回避は不可能。脱出も、避難も同様に。
ベルルーク国を守る為にはこの波全てを国外で殲滅しなければならないのだ。
「……チッ」
ゼルは小さく、迫り来る波の轟音に掻き消される程に小さく、舌打ちをした。
解っている。ベルルーク国民には何の罪もない。
だからこそ、腹立たしい。
俺は獣人を見捨て、平穏に浸かりきったこの国を守らなければならない。
未だこの国には罪無き民とスズカゼが居る。
だからこそ、守らなければならない。
獣人の命を屑として捨てる男が君臨する国を。
「畜生が」
【ベルルーク国】
《D地区・軍本部・大総統執務室》
「経過は?」
「Wis,ベルルーク国軍が防衛戦を展開。サウズ王国騎士団の協力も得て、相応の陣形を配置しております」
「結構」
豪華絢爛な椅子に座した男は、口元へと細長い一本の煙草を咥え込んだ。
嬉々とした表情で彼はそれを咥え込むが、眼前の部下の視線に、仕方なくそれを箱へと戻す。
禁煙中でしょう、と部下は言葉を付け加えた。
「……現在、ロクドウ大佐は遠征中です。こちらの主な戦力はオートバーン大尉、ネイク少佐、ヨーラ中佐でしょう」
「うん? イーグが入っていないようだが」
「本国の最大戦力を他国騎士団の前で晒すような事をするつもりですか?」
「……そうだね、うん。ただし時に備えて準備はさせておきなさい。この状況、少しばかり異常だ」
「少し、ですか。国境線に人一人いない状況でこれが起こったというのに」
「……あぁ、少し、だよ」
国境監視部隊の報告によると、あの妖精が出現したのは国境外での事だったらしい。
自然発生が有り得るはずもなく、妖精は一斉にベルルーク国へ向かって来る。
即ち間違いなく人為的なことであり、何者かの作為だろう。
妖精の波が去った後、国境監視部隊の面々は様々な方向を偵察したが、人影は全くなかったそうだ。
隠蔽魔法も意識して散乱発砲などもしたが、それも効果を成さなかったらしい。
「……ふむ。では、偵察部隊を国防に回しなさい」
「お言葉ですが。これは第一襲撃であり、決して本隊でないと考えられます。追撃の本隊が来た場合、偵察部隊がないと奇襲をくらう事に……」
「残して置いても無駄。そういう事さ」
「は? で、ですが、しかし」
「命令だ。やれ」
「りょ、了解!!」
兵士は慌ただしく、駆け足で退室していった。
彼の後ろ姿を眺めながら、バボックはにやりと口端を歪め、そして呟く。
「……随分と面白い、警告だ」
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